第10話 懐疑派としての解釈

 具体的な数値はさっぱり分からないが、現役を定年で退いた世代が、かつての意気軒昂な頃を思い出して、再び山登りなどにチャレンジするというのはよく耳にする話だ。

 多岡は我が意を得たりという風に、首を縦に大きく振った。

「そういった世代は、現在の自分が以前の自分と同じ体力や瞬発力を持っていると錯覚しがちだというのは、偏見ではないと思う。人間、誰しもそう思い込む可能性はある。そして無理をした挙げ句、どうにかコテージに辿り着いたものの、一晩過ごす内に具合が悪くなり、そのまま天に召される、なんて事態になる可能性も結構あるんじゃないだろうか」

「それが四割の秘密……」

「分からんよ。百パーセント混じりっけなしの怪異現象だと認定するには、今しゃべったくらいの分析は跳ね返してくれなきゃお話にならない。だから逆に言えば、今夜の内に僕か君かのどちらか一人でもこの部屋で亡くなれば、死亡率五割だ。四割を超えてくるから、怪異の証明に一歩近付くことになるな。ははは」

 軽快な笑い声を立てると、暗い空間によく響いた。

 先輩のころころ変わる言葉に、丸森はかぶりを振った。

「もうよく分からなくなってきました。僕はぶるってますけど、こう見えても懐疑派ではあるので、できれば嘘であってほしいんです。でもちょっぴり、真実であってほしい気もしてます」

「僕も似たようなスタンスだ。信じるタイプならそもそもこうやって伝説を試そうなんて不遜な行為、するはずがないし、普通は誰だって死にたくはない」

「言っておきますけど、多岡さん。いたずらとかはやめてくださいよ。真夜中に幽霊めいた発光現象、ラップ現象を起こすとか」

「誰がするか。単に寝泊まりするだけの旅行とかならまだしも、今回は真面目な検証でもあるんだ」

「ですよね……。あの、思うんですけど、一晩過ごすって言うのは、一睡もしなかった場合も含まれるんでしょうかね」

「うん?」

「神経が高ぶって、眠れる自信がなくなってきたんです。徹夜しても、一晩過ごしたことには変わりがないのかどうか」

「ふむ。そこまで細かな“使用上の注意”は聞かないな。一晩過ごすという表現を素直に受け取れば、起きていようが寝ていようが、部屋に居ればいいとなるから徹夜でも該当するんだろう」

「だったら僕、起きていようかな。怪異を目撃できる可能性だって、わずかながらあるでしょうし」

「わざわざ頑張って起きていなくても、動画撮影するつもりだが」

「そうでしたね。テストしておきましょうか。ライトのこともありますし、不具合が起きていないか」

 携帯端末をスタンドに設置し、よい角度を決めてから録画を試す。十数秒で撮影を止めて、再生してみると問題なく映っていた。

「撮りっぱなしにするには、容量の都合で画素は粗めになるが仕方ない」

「野生動物なんかに使うセンサー付きのカメラなんて、手が出ませんからねえ」

「そもそも霊的な存在が出現したとして、センサーが反応するのかどうか心許ないしな。ははは」

 場の雰囲気には似つかわしくない、明るくて軽い笑い声を立てた多岡。丸森は吊られて小さく笑った。しかし内心、微かながら不安を抱きもした。死人が出ているような場所で、あまり楽しげに笑うのはいかがなものかと。

 その後、玄関ドアを開けて雨が完全に上がったのを確認してから、二人は問題の部屋でそれぞれ寝床に入った。

「よかったな、雨が上がって。おあつらえ向きだ」

「はい? ああ、そうですね。うるさくて眠れないなんて目には遭わずに済みそうです」

「それだけじゃないぞ」

 面白がる風な口ぶりで多岡が続ける。先輩の言いたいことが何なのか、丸森にはぴんと来なかった。

「仮に外部の者がこのコテージに入ってきて、伝説になるようなことを行ってるんだとしたら、確実に足跡が残る」

「あー、言われてみれば、なるほど」

 推理小説で言うところの足跡密室か。

「この状況下で怪異が起きたら、ほぼほぼ間違いなく、超常現象ってやつだ」

「そうなります……ね」

「明日の朝が楽しみだ」

 会話を終える合図のつもりか、仰向けになった多岡。天井の“目”と向き合うためもあろうが、ここに来て疲労が出ているようでもある。

 丸森は逆に俯せになる。枕がないと、仰向けになるのは苦手な口なのだ。

「それではおやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 翌朝。

 丸森は鳥の鳴き声を聞いて目が覚めた、ような気がした。寝床で身体を起こし、状況把握にしばらく努める。ああ、噂のコテージに来てたんだっけと、まだぼーっとしている頭で、それだけは理解した。

(多岡さんはまだ寝ているな。熟睡って感じ。こっちは夕べはしばらくどきどきして、なかなか寝付けない、眠れないなーと思っていたのに、いつの間にか“落ち”てたなあ。さすがに睡眠時間が足りないのか、目を開けるのがしんどいけど)

 そういえばどのくらい寝ていたんだろう、今何時だろうという思いがよぎる。窓の外は、雨が上がったとは言え、まだ曇りが続いているらしく、白々とはしているものの、太陽の光が降り注ぐとまではなっていない。


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