第9話 伝説は偽りか偶然か

「ジョーカーは二枚付いているので、一枚だけ取り除いておきますよ」

 そうして五十三枚のカードを床にばらけさせていく。

「先攻後攻はどうやって決めましょう?」

「じゃんけんでよかろう」

 じゃんけんは多岡が勝ち、彼の線香でゲームの幕が切って落とされ――勝敗は五分余りで決した。

 キング及びジョーカーの内、多岡がキングを三枚手にした時点で負けが決まり、終了を迎えた。

「すみませんねー、でも言い出したのは多岡さんですから」

「ああ。ちょうどよかった。身体を張って事件してこそ意義があるってものだ。背中を押してくれてありがとうってところだな」

 ゲームをする前から腹をくくっていたのか、多岡は淡々と受け入れた。

 そんな様を見てから、丸森は集めたトランプを紙ケースに仕舞う。立ち上がってきびすを返し、カードをリュックに戻した。

 寝床の準備を始めた多岡を肩越しにそっと見てから、また視線を戻し、心の中でこう唱える。

(まじですみません、多岡さん。今の勝負、ちょっとずるをしてしまいました。だって、何の疑いも持たずに、僕が持って来た僕のトランプを使うんだから、そりゃあある程度、癖の付いたカードは覚えてますって。その気がなくても、ジョーカーやキングはどれか、裏向きの状態でだいたい分かります。こんな負けたら罰ゲームみたいな勝負事になれば、当然、ずるしたくなりますって、ほんと)

 多岡に背を向けたまま、丸森は密かに手を合わせて口の中で「すみません」と改めて謝っておいた。無論、こんなことしても単なる気休め、自己満足に過ぎないのだが、ひとまずの心の安寧を得て、丸森はほっとできた。

「丸森君」

「は、はい?」

 急に名を呼ばれ、びくりとする。丸森は恐る恐るといった体で振り向いた。

「念のため、君はどのように寝たいのかを聞いておこう。僕が先に勝手に配置を決めたら、僕の足のすぐそばに君の顔が来るなんてこともないとは限らない」

「い、いえ、特に希望はないですよ。多岡さんこそ、好きなように決めてください。僕はそれに合わせますから」

「そうかい? さっきの節穴の話にも結構怖がっていたようだから、天井の節穴とも呼べないような小さな穴まで気になるんじゃないかと心配したんだが」

「確かに、多岡さんの話で、僕のびくびく度に拍車が掛かった気はしますよ。でも、小さな穴まで気になるなんて、そこまでびびってはないです。むしろ不思議なのは、多岡さんの方ですよ」

「僕が? どこが」

「着いた当初は、今の僕並みに警戒して、怖がっていたように見えてました。それがいつの間にか余裕が垣間見えるというか。こんなこと言ったら元も子もないかもしれませんが、一晩過ごしても何も起きないだろうという確信を得たんじゃないかって思えるくらいです」

「うーむ、そう見えてしまったか」

 明るさが足りなくて判然としなかったが、多岡はにやりとしたようだ。この時点で雨足は弱まっており、声のボリュームを合わせないと変に大声に聞こえる。

「気分を盛り上げるために演技をしたり、怖さを煽ったつもりだったが、逆に不自然になったようだな」

「え、じゃあ、まじで確信が」

「確信と言えるほどじゃない。ただ、着いてすぐ、この建物の中を一人でざっと調べているときに、見付けたんだよ」

「見付けたって……?」

 怪異が起こらない証拠って何がある? 丸森は眉間にしわを寄せて考えたが、ぱっと思い浮かぶものはない。多岡からの答を待った。

「一ヶ月くらい前の新聞が落ちてた。つまり、ごく最近、誰か人がここを訪れた証だ。こんなへんぴな場所にあるコテージにわざわざ足を運ぶのは、噂を聞きつけて確かめに来た、我々のような人種だろう。当然、一ヶ月前の先客も一晩過ごしたはずだ。なのに死者が出たという報道は一切ない。この周辺の近年の出来事は検索で徹底的に調べたから、確かだ。呪いだの何だのは不発だったってことに外ならない」

「……でも、元々の伝説では百パーセント確実に死ぬとはなっていないんですよ。えっと、確か四割くらいでしたっけ。その枠の中にたまたま入らなかっただけなのかもしれない、とは言えませんか」

「そこなんだが……ものは考えようだと思えてきたんだよな」

 煙草でも吹かしているかのように、頭をやや上向きにし、多岡はふーっと息を吐いた。

「今日、コテージに来るまでの道程、きつかっただろ」

「はい。道がはっきり分かっていないから、多少迷ったというのはありますが、それを抜きにしてもかなりしんどかったです。中途半端に大きな石が多くて、足場が悪いせいですかね。やたらと疲れた感覚があります」

「そこだよ。我々のような若くてそれなりに体力がある者でも、相当きつかった。これを一般に広げて当てはめるとどうなるか。昔はコテージまでは普通のよくある登山コースだったのだから、そこそこ高齢な人達も訪れていたとは思わないか」

「そりゃまあ、充分にあり得ます。ひょっとしたら、退職世代辺りの方がパーセンテージとしては突出しているかもしれません」



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