第8話 天井の目

「そうなってくると、完全に、オカルトじゃなくミステリの領域になりそうですけど」

「うむ。ま、これには続きがあって、第一発見者には犯行が不可能ってことが証明された上で、オカルトになるんだ」

「凄く小説的ですね」

「そのはある。噂として広まるにつれて、色々脚色されただろうから。長くなるから、続きはまた追々話すとしよう。僕から始めておいて言うのも何だけれども、ここに来た本題を忘れないようにしないとな」

「脚色と言われて、不安になってきました。ここが間違いなく、一晩過ごすと命を落とす――恐れが高い――とされるコテージなのかどうか」

「名称が一致しているし、場所も想定されるテリトリーの一角だから、間違いないと思う。ああ、丸森君には言ってなかったが、問題の部屋には“目”があるそうだ」

「め?」

 即座には何を言っているのか分からなかった。丸森が首を左右に傾げるのへ、多岡が補足する。

「目だよ目。呪いの目とか言われてて、そいつに凝視されると命を落とす。その目が問題の部屋にあるんだと」

「目玉って意味ですか。そんな物、どこにあります?」

 暗くなった部屋の中を、明かりを頼りにぐるっと見回す丸森。

「人物画やポスターはないし、置物だって見当たらないですよ」

「上、見てみ」

 人差し指で真上を示す多岡。そこには当然、天井があるのみ。

「見ろと言われても、あんまり灯りが届きませんが」

「じゃ、昼間見たときのことを思い出すんだ。節穴がいくつかあったの、覚えてないか」

「あ、それなら覚えてます。雨漏りの点検をしたのだから、穴が気になるのは当たり前っていうか。え、じゃあ、節穴が呪いの目ですか?」

 それはないでしょというニュアンスを言外に込めた、丸森の声。それは恐らく多岡にも伝わっただろうに、彼は動じることなく大きく頷いた。

「そう解釈すれば、つながる。だから今夜は、我々のどちらか一人は、あの節穴に向き合う位置で、寝てみようと思い付いたんだが、どうだろう?」

「向き合うとはつまり……節穴を見上げる位置に顔が来るように、横になるってことですか」

「そうそう。できれば仰向けで」

「寝相は悪い方ではありませんが、一晩中微動だにしないという訳にはいきませんよ。多分、僕の場合は身体の左側を下にして、横を向くと思います」

 今朝、自宅のベッドで目が覚めたときの姿勢を思い起こしながら、丸森は言った。言外に、節穴と向き合って眠るのは御免蒙りたいという希望を滲ませて。

「寝相に関しては、僕も似たり寄ったりだろうな。疲れ切っていたら全然動かないで、寝たときの姿勢のまま朝目覚めることも稀にあるが、たいていは横を向く。てことでだ、どちらが節穴と向き合うかを決めるために、ゲームでもしてみないか」

「スマホでも使いますか。より高得点を取った方が勝ちで」

「いやいや、それではつまらんよ」

 たしなめるような口ぶりになった多岡。丸森は携帯端末に延ばし掛けた手を引っ込め、先輩からの意見を待つ。

「電子ゲームに限らず、実力や作戦が勝敗にある程度反映されるのは、まともな勝負なら面白いかもしれない。だが、我々は今、何をしにここへ来ている? オカルト現象の調査だろ」

「はあ、それはそうですが」

 結び付きが見えなくて、小首を傾げる丸森だった。多岡は伸ばした人差し指で、上を指し示しながら言った。

「運を天に任せるべきじゃないかと思うんだ。オカルトにはロジックを持ち込まず、運命に決め手もらおう」

「うーん、お話は分かりました。くじ引きみたいなもので決めるってことですね?」

「まあな。ただ、一発勝負というのは、シンプルすぎてさすがに面白みを欠く。丸森君は確か、トランプを持って来てたよな?」

「ええ。暇つぶしになるかと思って、一組だけ」

 リュックを置いた場所まで少し距離があるので、すぐには取りに行かない。今はゲームの内容を聞くのが先だ。

「一組で充分だ。ゲームの名前は……即興で付けるからそのまんまになるが、“運命ゲーム”とでも呼ぼう。ジョーカー一枚を加えた五十三枚を使って、床一面に裏向きに広げたトランプを一枚ずつ、交互にめくっていく。各マークのキング、つまり13とジョーカーで五枚になるが、その五枚をより多く取った方が敗者で、節穴と向き合って寝る」

「なるほど、一発勝負ではありませんね」

「いや、まだつまらないだろ。そこで、カードをめくるときに三回だけ、宣言する権利を有するものとする。今まさにめくろうとしているカードがキングもしくはジョーカーだと感じたときに、『ダウト』とコール。そしてめくり、そのカードが本当にキングかジョーカーだったら、相手に取らせることができる。コールが外れていても特にペナルティはなしだ。こういう具合でどうかな」

「ああ、少しはゲームらしくなりましたね。いいでしょう、やりましょう」

 丸森はすっくと立ち上がると、自身のリュックへ歩み寄り、すぐそばで片膝をつくと、外ポケットから紙ケースに入ったトランプを取り出した。

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