第4話 不安定な生命線

(だいぶ長く放置されているぞ、これは。屋根から植物が背を伸ばしているくらいだもんな。五十センチくらいあるあれ、笹か何かか?)

 三度シャッターを切って、そのまま保存する。容量に余裕がある内は、撮れるだけ撮っておこう。

(あれ? 赤い花が生えてると思ったら、別の植物じゃないな。笹ってあんな花を咲かすとは思えないけど。イメージだけで言えば、ぺんぺん草って感じだけど、絶対違うな)

 ぺんぺん草で検索してみたが、明らかに別だった。画像検索までする余裕はなく、他の場所も見て回らなくては。

(死人が出ていると聞いてたから、もっとボロボロになってるんじゃないかと思い描いていたけれども、大外れだ。土や苔で全体に埃っぽく、饐えたような匂いが時折漂うものの、全体的に綺麗じゃないか。うん、ガラスも割れていないようだし。これは案外、快適に寝泊まりできたりして)

 そこまで考え、いや、違うと思い直す。

(伝説が真実だとしたら、自分か先輩かのどちらか片方、もしくは両方に悪い影響が出るんだ。しかも最悪の場合、死に至る……さすがにそれはないと信じているが)

 急に不安になり、再び携帯端末を取り出して、ネットの接続状況を見てみた。つながりさえすれば、緊急事態に陥った際も救助を求めることができる……。

「あう?」

 つながらなくなっている。思わず無意味な言葉を発してしまった。

「さっき検索できたのに」

 場所の微妙な違いとかあるのかなと、携帯端末を手にしたまま、今来たルートを逆に辿ってみる。が、正確には覚えていないせいもあって、だいたいこの辺で検索したよなという場所まで戻ってみても、うんともすんとも反応しない。

「多岡さーん。ちょっと聞きたいことが」

 端末を手にしたまま、コテージの玄関を目指す。短い階段を登って、玄関先に立つとドアを開けた。中からは、窓やカーテンを開けているような音が聞こえてくる。上がり込もうとして、臭いと埃が気になった。ハンカチを取り出し、口と鼻孔に軽くあてがう。

「あの、多岡さん。電波の状況が不安定みたいで、そちらの方では入りますか」

 個室がいくつか並ぶ廊下を通りつつ、呼び掛けを続けたものの、くぐもった声では届かないらしく、結局は一番奥の四号室まで来てしまった。言い伝えの部屋は、この四号室だという説が有力だが、確定はしていない。

 開け放たれた戸口の前に立つと、多岡がようやく気が付いた様子で動きを止めた。「どうかしたか?」と素で聞いてくる。

「どうもこうも、ずっと呼んでいたんですけど、聞こえなかったですか」

「ああ。このところ耳が悪くなっててな。何かに強く集中していたら、聞こえないみたいなんだ」

「それなら言っておいて欲しかったです。ちょっと心配したんですもん。それに多岡さんはハンカチかマスクしなくて、平気なんですか」

「ん? ああ、これか。全然気にならないってことはないけれども、慣れた方がいいと思った」

「いや、一応注意した方がいいんじゃないですか? 伝説の原因は、もしかしたら病原菌か何かだって可能性もあるんですから」

「もし病原菌なら、ハンカチ程度では防げない気もするが、まあいい。丸森君が心配だというのなら、マスクを持って来ているから、あとで着けるとしよう」

「いや、今すぐにお願いします」

 丸森は自ら動いてマスクを取ってこようかとも思ったが、多岡が荷物をどこに置いたか分からないし、リュックのどこにマスクを入れてあるのかも聞かなければならない。

「分かった分かった。行くよ」

 四号室を出ていった多岡。それを見送りつつ、丸森はふと、この四号室のちょうど上辺りが、あの赤い花の咲く笹っぽいのが生えてるんじゃないかなと思った。

 天井を見上げてみたが、さすがにそれだけでは分からない。天井板のいくつかに節暮れのあとがあって、その内の一つだけ穴が空いている。

(雨漏りは……してないみたいだな)

 天井を含めた室内はうっすらと汚れた感じはするものの、染みのようなものは見当たらない。数年前までは誰かが手入れしていたんじゃないかと想像されたが、その辺りの記録が見付かっていないので、確認のしようもなかった。

「おーい、丸森君」

 小走りで戻って来た多岡は、片手に握っていたマスクを突き出した。

「君の分もあるから、よかったら使うか」

「あ、すみません。ありがたく。何だかんだ言って用意がいいじゃないですか、多岡さん。どうして使わないでいたんです?」

「一刻も早く調べたかったから、真っ先に四号室を目指したんだ。それでこの部屋に入ってから、マスクのことを思い出してな。取りに行くのが面倒だったってだけさ」

 顔を見ながらの会話なら耳の聞こえに影響はないらしく、やり取りはスムーズに進む。

「それよりか丸森君。君、何の用事で入って来たんだ? まさか埃のことを心配してじゃあるまい。万が一そうだとしても、電話してくれればいい話だし」

「あっ、忘れるところでした。その電話ですよ。電波の具合、あんまりよくないみたいです。多岡さんの端末でも同じかどうか、見てもらおうと思って」

「そうなのか」

 多岡は自身の端末をズボンの左サイドのポケットから取り出し、画面を見た。しかめ面になり、某かの操作を行うが。

「ほんとだ。だめみたいだな」

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