第2話 出鼻を挫く

「客人を連れて来ると言っていたからね」

 部屋の片隅から、副部長が急に会話に入って来た。小説執筆の方が一段落ついたらしく、眼鏡を外してまぶたを揉んでいた。

「客人とは……?」

「部長の知り合いの知り合いで、オカルト研の二年生だったか一年生だったかな。非日常的な恐怖体験をしたので、本当に現実ではあり得ないことなのか、我々に話を聞いて欲しいと言って来たみたいだよ」

「その人を連れて来るんですね。オカルトと推理小説って、親和性があるのかないのか」

「坂木君、比べる括りがちょっと変だよ。推理小説と称するなら、対するはホラーとでも言うべきだろう」

「ああ、すみません。最初、推理小説のところはミステリって言おうと思ったんですけど、ミステリだと超常現象も含める人がいますから、やっぱり推理小説だなって」

「あれこれ逡巡し、考えてしゃべってるのね。感心感心」

 長峰先輩が褒めてくれた。実際のところ、本心から言っているのかどうかは分からないけど。

「我々に相談を持ち掛けるってことは、合理的に解き明かしてほしいという願望の表れだろ。オカルト研所属だからと言って、信じ切っている人とは限るまい」

「だとすれば、オカルト研の他の人、信じ切っている人との仲が険悪にならないか、心配です」

「よそのことを心配しても仕方がなかろうに」

「その“依頼人”が孤立するようなら、うちで引き取ってあげたいわ」

 副部長とのやり取りを再開して、またすぐ長峰先輩が加わった。

「推理研に入ってもらうってことですか? やめましょうよ。人数が十三人になるのは嫌なんですよ、僕」

 僕は芝居がかって怖気を振るってみせた。こんなこと言うと僕こそがオカルトを信じているじゃないかって思われるかもしれないけれども、そういうのではない。験を担ぐタイプって言えば伝わるだろうか。朝、テレビで占いがラッキーカラーを言っていたら守るし、夜、爪は切らない。霊柩車が通り掛かれば親指を隠す。占いやおみくじ、昔からの習慣なんかはなるべく素直に受け入れる。だって、もしも本当に不幸なことや事故が起きて、「こんな目に遭うのは、僕があのときあれを破ったせいか」なんて思い、味わいたくないじゃないか。ただの偶然と分かっていても、嫌なものは嫌なんだ。

「またそういうこと言う。仮に十三人目の部員が誕生することに決まったら、急いで十四人目を見付けてきなさい。いいわね」

「そんなに顔広くないですよ~」

 我ながら情けない声を上げたその直後、部室のドアがこんこんと叩かれた。うちの大学に限ったことじゃないだろうけど、部室に入るに際しては部員であってもノックするのがマナーだ。

 副部長の「はい、どうぞ。開いてます」と応答すると、ドアを開けて入って来たのは馴染みの面々ばかり。オカルト研の人を連れて来るという高松たかまつ部長も含まれているのだが、どういうことなんだろう?

「少しばかり、予定が変わった」

 部長が早口でいきなり言った。部室で待っていた僕ら三人が注目する中、部長は定位置の奥の椅子に座り、他の部員、えっと四人も銘々が空いている席に収まる。総勢十二人いる部員の内、八名が集まったことになる。

「全員揃っていないが、伝えておく。例のオカルト研の二年生、大西おおにしというんだが、来られなくなった。事故に遭ったらしいんだ」

「事故……」

 もしや、オカルト研の怖い先輩に力尽くで引き留められて、傷害事件が事故扱いに、とか? いやいや、そんなことはないよねえ。さっきまでの思考のせいで、突飛もない場面を思い描いてしまった。

「事故って、交通事故か何か?」

 長峰先輩が尋ねるのへ、部長は首を横に振った。

「下宿アパートの階段を転がり落ちた。首を痛めて結構掛かる見込みらしい」

「まさかとは思いますけど、事件ではないんですよね?」

 僕は僕の嫌な想像を打ち消すために聞いた。だけど、返答は「分からん」だった。

「今し方聞いたばかりで、詳細は不明なんだよ。そもそも、事故が起きたのは今朝早くで、まだたいして時間は経っていない。確定したことは何も出ていないんじゃないか」

「大西さん本人は何か言ってないんですか。自分の不注意で足を滑らせたとか、逆に、誰かに突き飛ばされたとか」

「その辺のことも何も聞いてない。どうした、坂木君? 何を気にしてるんだ。呪いとか思ってるんじゃないだろうな」

 高松部長は側頭部を撫でる仕種をしながら、にやりと笑った。髪が長かった頃の癖がまだ抜けないみたいで、このときばかりは部長を愛らしく思えてしまう。それはさておき、質問には答えなくては。

「逆ですよ。事件といったのは、オカルト研の他の人達が」

 と自説を披露して説明する。終わった途端、部長が呆れ顔も露わに、

「君はミステリの世界に過剰な憧れを抱いているな」

 と評してきた。

「昔から学校の部活は、できる限り推理小説関連のクラブに入っていたが、一度たりとも事件が起きたことなぞなかった。坂木君もそうだろう?」

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