我が家の鴉天狗

蓮水千夜

我が家の鳥事情

 くるくると、燃え盛る火の上で踊るように焼かれた身体からだに香り立つような甘い液体が注がれ、それがまとわりつくように、白い身を焦がし新たな黄金色の鳥となって人々の口の中へ羽ばたいていく。


 そう、焼き鳥特集だった。


 朝の朝食時に、突如放送されていたそれを見て、思わず呟いてしまう。


「焼き鳥、食べたいな……」


 その瞬間、一緒に朝食をとっていた三人がわずかに肩を震わせた気がした。


「や、焼き鳥……」

 最初に声を上げたのは、肩まである朝日のように輝く白い髪を半分だけまとめた白羽シロウだった。


よい、本気で言ってるのか!? 焼いてるんだぞ! 鳥を!」

 肩を震わせ、何故かすごい剣幕で宵に迫ってくる。


「お、オレは知ってるんだからな! あいつらって、あれだろ? 学校とかにいる白い飛べないヤツだろ!?」


 それを人はにわとりと呼ぶ。


ちょっと、親近感湧いてんだよ! ダメだろ、あんなことしちゃあ!」

 そう言って、まだ続いている焼き鳥特集を指差す。


 興奮したからか、


「もう、食事中は羽出さないでって言ったでしょ? ご飯の上に羽根が落ちる」

「あっ、ごめん、つい。じゃなくて――!」


 シロウの言葉を遮るように、逢眞オウマが叫んだ。

「おれはっ! 焼き鳥、食べたい……! たとえ同じでも! だって、もう焼かれてるんだよ! 食べなきゃかわいそうじゃんっ!」


 まるで夕日のような赤い髪を揺らしながら、オウマも興奮したのかその背中から髪と同じように赤い羽を出現させた。


「だから、羽出さないでってば!」


 騒いでいると、ぽつりと静かな声が響いた。


「……うちは、鳥料理は出さない」

「ヤタ……」


 ヤタこと夜太郎ヤタロウは、確かに今まで一度も鳥料理を出したことはなかった。


「ヤタ、焼き鳥はどちらかと言うと家で出すと言うより、お店に食べにいくものだと思う」


 ヤタの漆黒の瞳が少し見開かれる。夜のように美しい一つにまとめた腰まである長い髪を揺らして、少し考える素振りを見せた。


「ねぇ、たまにはみんなで外食しない? 私、おいしいお店探しておくから。それに、焼き鳥屋さんには鶏肉以外もあるし!」

「……うちにそんな余裕は――」


「「外食っ!?」」

 ヤタが言い終える前に、シロウとオウマが声をそろえて乗り出した。


「ヤタ、お願い……」


 ヤタは三人から期待の眼差しを向けられ、長い間黙っていたが――、


「……今回だけだ」


 諦めたように、長い溜め息吐き出した。




◇◆◇◉◇◆◇




 シロウは働いている保育園から、オウマは通っている小学校から、そして宵は高校から。皆それぞれ今日だけは急いで家に帰り、外食をする準備を整えた。ヤタにはお前らこんなときばっかり早く帰ってきて、みたいな目で見られたが、三人とも外食が楽しみ過ぎて誰も気にしていなかった。



「見つけた焼き鳥屋さん、ここなんだけど」

 ヤタに、休み時間の間に調べたおすすめの焼き鳥屋の住所を見せる。


「少し遠いな……。飛んでいくか」

 ヤタは少し考えた後、その美しい漆黒の翼を広げた。


「いいの?」


 ――普段は絶対、飛んで行こうとか言わないのに。


 もしかして、久しぶりの外食にヤタも少し浮かれているのだろうか。


「見つからないように、術をかけていけば大丈夫だ」

 ヤタが手を伸ばすと、一瞬四人の周りが、青白く光る。


「やったー! 久しぶり飛んでいけるっ!」

「マジで久しぶりだなぁっ!」


 オウマが元気な声で叫びながら綺麗な赤い羽を出し、シロウも声を上げながらそれに続くように白い羽を広げた。


 三人がそれぞれ羽を広げている姿は圧巻だった。羽の色こそ違うものの、三人はいわゆる鴉天狗からすてんぐという存在である。何の因果か、三者三様の理由で霊力が高いらしい夜鴉やがらす神社の山に辿り着き、気づけば幼い頃両親を失った宵と家族のように暮らすことになった。


 他人から見れば、とても家族と呼べるものではないのかもしれない。


 でも、宵にとっては、この三人が唯一無二のかけがえのない、大切な家族だった。



 ヤタがそっと宵を抱きかかえ、空を飛ぶ。この何とも言えない感覚は、何度経験しても飽きそうにない。


 ヤタの首にしがみつきながら、まるで内緒話でもするようにそっと耳元で囁いた。


「ありがとう、ヤタ。私のお願い聞いてくれて」


 ヤタの頬に顔をそっと寄せるとわずかだが、ヤタの体が震えたような気がした。

 一見表情は変わらないが、ひょっとして照れているのだろうか。


 ――大好き。


 恥ずかしく言えない残りの言葉は、心の中でそっとつぶやくことにした。

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