バックレ

 翌日の午後8時45分、ちょうどラストオーダーを締め切ったくらいの時間に目黒さんが来た。

「...お、お邪魔します?」

「ん、いらっしゃいませ。個室で良いよね?こちらへどうぞ」

「...本当に大丈夫なの?...ここ凄く雰囲気良いし、私が席取っちゃったらその分売上減るんじゃ...」

 確かにこの店はカフェ好きやコーヒーマニアなどのニッチな層からかなりの支持を受けているのだが、昼に客足が集中していて夜は少いので全然問題ない。

「大丈夫だよ、夜はお客さん少ないし。それにこの店の店長、俺の従姉妹なんだけどさ、夜は出れないから好きにしろって言ってるし」

 なんて雑談しているうちに目黒さんの席についてたので俺は目黒さん用のドリンクを取りに厨房へと戻ったのだった。



 あれから目黒さんは定期的にうちの喫茶店を訪れるようになった。

 ちょうど業務時間が終わってから来ることが多いので、こちらとしてもいい話相手になるしまさにwin-winの関係である。

 ちなみに今日は珍しく目黒さんは6時から来ていた。

 そして、またまた珍しくお店もかなり混んでいる。

「オムライスお願いします~」

 なんていつも通り厨房に言っても返事がない。

 いつもなら俺の10倍くらいの声量で返事がある。

 ...嫌な予感がしてきた。

 確認の為に厨房へ行くとメインで料理を担当してくれていた吉田さんの姿がなかった。

 そして、ドアの前には吉田と書かれた名札がついている制服が投げ捨てられている。

 そしてその他の従業員の制服もテーブルに畳んで置いてあった。

 これはおそらくバイト全員が飛んだのだろう。

 ...最悪だ。

 おそらく原因は昨日の一件だろう。

 俺はバイトリーダーとして現場での様々な責任や店長に準ずる権力を託されている。

 それを使い昨日、一人のバイトの中でも人気があった女子をクビにしたのだ。

 理由は何度注意しても厨房でタバコを吸う事をやめなかったからだ。

 昨日の時点でかなりの反発があり嫌な予感はしていたがまさかこういう形で報復されるとは思わなかった。

 俺が呆然としていると背後から最近よく聞く声が聞こえてきた。

「...もしかして困ってる?」

 目黒さんだ。

「ぜ、全然!大丈夫だから目黒さんはゆっくりしてて」

「...店員さん一斉に出て行ってたし何かあったんだよね?」

 ...ここまで知られているのならばしらばっくれても無駄だろう。

 取り合えず俺は訳を説明することにした。

「昨日のバイトで雇ってた女子をクビにしたんだよね。そうしたら全員辞めちゃった」

 本当に我ながら恥ずかしい話である。

 きっと店長ならもっと上手くやれていただろう。

「...そっか。ならさ...私に手伝わせてくれないかな?」

 目黒さんはキリッとした面持ちで俺を手を握ってきた。

「えっ、でも流石にそれは悪いというか」

「...そんなに私頼りないかな...?勿論、今は君に頼ってばっかだけど、内田くんにも頼って欲しい...」

 目黒さんはより握る力を強めてきた。

「分かった。本当にありがとう」



 と言うことで目黒さんが厨房を担当してくれたのだが、彼女の料理の腕はかなりの物だった。

 テキパキとしていて初めて作る料理も多いだろうにレシピ通りにそして完璧に店の味を再現してくれている。

 お客さんが多いのでどうしても待たせてしまう形になったがそれでもクレームが出なかったのは料理が本当に美味しいからだろう。



 あれからも怒涛のオーダーは続きやっと最後のお客さんのお会計が終わった。

「...お、終わった。目黒さんは本当にありがとう」

「...つ、疲れたね...でも楽しかった。」

 目黒さんはくすっと微笑んでみせた。

 この笑顔は今までとは違う、作り物ではないような本物に感じられた。

「楽しかったって凄いね」

「...うん、私今は内田くんに頼りっぱなしだけどさ...人に求められたり頼られるの好きなんだよね」

「...そっか」

 それもおそらく両親からあまり構ってもらえなかった反動だろう。

 俺は直感的にそう思った。

「私、もう内田くんに迷惑かけられないし、バイト始めよっかな」

「なら、うちで働かない!?」

 目黒さんなら即戦力になれるし、何よりあの人たちのようにバックレる事はないだろう。

「...え?逆に良いの...?」

「うん、店長に許可取ってみないとだけど絶対にok出ると思うよ」

 と言うことで俺はバイトの勧誘に成功したのだった。

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