水着エプロンと焼き鳥と義姉

綾乃姫音真

水着エプロンと焼き鳥と義姉

 部活を終えて帰宅。リビングに入った瞬間襲ってきたお酒の臭いに真っ直ぐ自室に向かえばよかったと後悔したが遅い。六歳上の義姉とバッチリ目が合ってしまった。きっちりとお洒落していて、恐らくデート帰りなんだろうなぁと。ワンピース姿なのに椅子の上で胡座かいてるから裾が大変なことになってるし、結っていただろう長い髪が中途半端に解けているのを彼氏が見たら何て言うんだろうと気になった。顔立ちもいいし――アルコールで赤いけど――背も高くて手脚もスラッと長いと妹から見ても美人だと思うのに酒癖の悪さから飲みに行ってくれる友達が年々減っている残念具合。私は気をつけよう。血が繋がってないし、大丈夫なはず。


「お帰り花乃かの。丁度いいわね焼き鳥作って」


 そう言ってビールの缶をご機嫌に振ってくるお姉。その正面のテーブルにはビールの空き缶が既に二本。他にも七輪と炭。串に刺した鶏肉と塩コショウ、タレ、醤油に七味、カラシまで並んでいた。調味料入れてるカゴごと持ってきてるし……まったく。ため息一つ。どうやらこれから焼こうとしたタイミングで帰ってきてしまったらしい。


「……わかった」


 お姉がこの時間から飲んでるってことは、誰かに愚痴りたいことがあるんだろうなぁ……今日はとことん付き合わされそう。


「あ、花乃って競泳水着持ってるわよね?」


「一応、水泳部だから持ってるよ? 今日だって一日中着て泳いでたし」


 うわー嫌な予感がするっ!


「ワンピース? セパレート? オールインワン?」


「ワンピースとオールインワン」


 前者が趣味で買った練習用で後者が我が水泳部の水着。両方とも黒に青のサイドラインが入ってるやつ。


「着てきて」


 ビシッと音がしそうなほど素早く指を向けてきて言い切ったお姉。その指が十三度くらい私からずれてる。完全に酔っ払ってるじゃん。


「……部のオールインワンは今日使って乾いてないから家の中とか無理。そしてワンピースはお姉の前で着るのやだ」


 絶対にセクハラされるし。


「着てきてよー花乃ちゃんの競泳水着姿見たいー」


 面倒くさ! だから一緒にお酒飲んでくれる友達減るんだよ!


「えー、家の中で水着とか変な感じしかしないもん」


「あたしも今日着たし、妹のあんたも着なさいよー」


 お家デートだっということですね。そして愚痴りたいことが出来てこうなってると……これ、仮に逃げても私が折れるまで言われ続けるやつじゃん。そもそも同じ家だし逃げ場ないし。


「……わかった」


 渋々部屋に引っ込む私。




――十五分後。


 リビングでお姉の対面に立って、七輪で串に刺した鶏肉を焼く私の姿があった。家のリビングで競泳水着という違和感が酷い。正直、今すぐにでも部屋に逃げたいけれど、そうすると私の部屋で酒盛りを始めるお姉の姿がありありと想像できてしまう。それならリビングの方がマシだと判断した。お姉さっさと酔いつぶれてくれないかな。


「花乃、おっぱい小さくなった?」


「なってないよ失礼な!」


 だから酔ったお姉の相手するの嫌なんだよ!


「Bカップから変わらずかぁ。いつかあたしみたいになるのかしら」


 お姉は大きいから良いよね。そして血が繋がってないからお姉みたいにはなれないの! 嫌味か!


「……」


 お姉の発言は無視してピンクのエプロンを身につける。


「花乃隠さないでー」


「炭が跳ねたら火傷しそうだから」


 もっともらしい言い訳を返す。


「いや、手脚剥き出しだからね。だったら火をおこす時に着けなさいな」


「どうしてそこだけ冷静になるかな? ほらほら嫌なことがあったんなら飲んで忘れて」


 言いながら冷蔵庫に向かう。


「あーあいつが競泳水着勧めてきたのって、あたしのこういう後ろ姿見たかったのね尻フェチだし」


 お姉の言葉と、その視線が背中からお尻、脚を往復するのを感じで羞恥に頬が熱くなる。私、この酔っ払いのこと殴っても許されるよね?


「お姉の彼氏のフェチなんて聞きたくないんだけど」


「さんきゅ。あたしだって言いたかないよ」


 お姉の前に缶ビールを置いた次の瞬間にはプシュッと音を立ててプルタブが開けられていた。そのまま呷ってグビグビと喉を鳴らす。家族としては注意するのが正しい気がするけれど今日は色々と酷いので放置。明日、二日酔いで苦しんでもらうことに決めたもんね。


「ほら焼けたよ」


 お姉が缶を置くタイミングに合わせて、手元のお皿にタレを付けて焼いたもも肉を置く。


「んぐ、はぁあ~~やっぱ肉焼くのはあんたに任せるに限るわ。好みど真ん中」


「そりゃ毎回のように焼かされればねぇ」


「今日なんて遊びに行ったら膝枕して欲しいって言うからしたげたのよ」


 お姉、脈絡って知ってる?


「そしたら?」


「あいつってば背中撫でてきたのよ!?」


「わっ、いきなり大声出さないでよ」


「撫でるなら脚にしなさいよ!」


 知らんがな。私は何を聞かされているのか。


「皮は塩とタレどっち?」


「タレとタレ」


「はいはい」


 普通に焼いたのと、少し焦がしたやつね。前にタレで同じように出したら怒られた。


「そんでね!」


「ちょっ、焼き鳥振り回すな!」


 飛んだタレが真っ直ぐ私の手に着弾した。熱くはなかったけれどさぁ……。


「はむ、んく、あむ、なのよ」


「食べ物を口に入れたまま喋るなって習わなかったのかな?」


「ごくっ、そんで水着着ろって言ってスク水出してくんの」


「はい皮焼けたよ」


 二本づつお皿に置くと、焦がした方から手にとるお姉。


「あたしはこの歳でスク水はキツイから競泳水着にしろって言ったの」


 えぇ、さっきは彼氏に勧められた言ってたじゃん。もう滅茶苦茶だよ。


「それで?」


 ん? 先を促しながら思った。つまりお姉の彼氏さんはスク水と競泳水着を持っているってこと? あーツッコミ入れたいけど我慢、我慢するの花乃!


「ローレグの競泳水着だったのよ。彼女に着せるならハイレグじゃないの!?」


 ダンっとテーブルを拳で叩きながら訴えるお姉。だから手を大きく動かす時は焼き鳥を放せと。前髪にタレが着いたんだけど……サラッとしたモノならまだ我慢できるけどさ、焼き鳥のタレって粘度高めなんだよ? 目の前を垂れ下がるタレをティッシュで拭ってお姉を睨んだところで気づく。


「…………」


 お姉のワンピースはタレの染みだらけでそれはもう酷いことになっていた。斑模様かってくらい。あれ染み抜きする羽目になるの私だよね?


「花乃、ちょっと横向いて」


「……はいはい」


 言いたいことを全部飲み込んで横を向く。お姉のレグ位置チェック入りまーす。心の中でそうネタにでもしないとこの酔っ払いの相手はやってられない。


「それハイレグカット?」


「な訳無いでしょ。中間のミディアムだけど。ロー寄りの」


 うちの水泳部、男女混合だよ? ハイレグとか無理無理。


「ハイレグはこれより上か……見るのあいつだけとはいえ恥ずいかも。そうね、次はそのくらいの用意しよ」


「いや、競泳水着を着たことを愚痴るんじゃないんかい! しかも次は自分から用意するって言ったよね!?」


 流石に我慢できずにツッコんでしまう。


「花乃、次は後ろ」


「この……」


 というか前はエプロンで水着隠れてるけど、後ろはほぼ丸見えじゃん。そりゃ、冷蔵庫行った時に視線を感じるはずだわ。


「花乃、胸は育たないのにお尻は大きくなってるのね」


「っ」


 反射的に両手でお尻を隠す。水着の薄い生地が心許なく感じられてしまう。身体ごと振り返るとニヤニヤとビールを呷るお姉と視線が絡んだ。

 よし決めた。今焼いてるもも肉は塩じゃなくて七味でいいよね。


「…………焼けたよ」


 七味味のもも肉を二本お皿に乗せてあげる。思考が回ってないのか、明らかに真っ赤なもも肉を一串。四切れ躊躇なく頬張るお姉。


「――っ!?!?」


その動きがピタッと止まった。アルコール以外のものが加わり顔の赤みが更に深くなる。よく見ると目尻には薄っすらと涙が浮かんで、プルプルと震えているかと思ったら慌てて新しい缶を開けて中身を呷った。その様子にやり過ぎたかなと若干心配になるけど、セクハラしてきたお姉が悪いと自分を納得させる。


「お姉、次は何食べる?」


 何事もなかったかのように次の希望を聞く私。


「ごほっ、ごほっ……おぇ」


 俯き、むせているお姉。本格的にダメそうな様子に思わず駆け寄り背中を撫でる私。ごめん、やりすぎた。そう謝ろうとしたところでガシッと撫でていた腕を掴まれた。


「……お姉? どうしたのかなぁ?」


「ほら、あたしばっか焼き鳥食べてたじゃない? そろそろ花乃も食べたらどうかと思って」


「ならまだ残ってるし自分で焼くから大丈夫だよ?」


 ここまで緊張感のある姉妹の会話は久々かもしれない。


「そう? なら遠慮なく頂くわ」


 そう言って残りの串から二切れを口に入れたお姉はそのまま串を置いた手も私を捕まえに来た。咄嗟に逃げようとするも、素早く背中に両手を回されて引き寄せられた。


「きゃっ」


 バランスを崩しお姉に向かって倒れかけ反射的に手を伸ばすと、お姉は酔っ払いのくせに素早く躱してきた。結果、椅子に座ったお姉に抱きとめられたような体勢になってしまう。自然と至近距離から見つめ合う形になり――お姉ってまつげ結構長かったんだ――。


「ん」


 なんて思った瞬間あろうことか唇を重ねてきた。


「んん――っ!?」


 酒臭っ!? そして押し込まれる七味味の鶏もも肉。想像していなかった事態と口内を襲ってきた辛味にジタバタ暴れるとあっさり解放してくれた。


「ふぅ、ごく、ごく」


「~~~~っ!!!!」


 お姉はそのままビールを呷るけれど、私はそれどころじゃない! 辛い、辛いっ辛い!! テーブルにある飲み物はビールだけ。まさか高校生の私が飲むわけにもいかず、慌てて水道に駆け寄り全開に。コップに入れる時間ももどかしいくらいで半分ほど入ったところで一気に呷った。


「はぁ、はぁ……ひどい目にあった」


 ちなみにテーブルに戻るとお姉は穏やかな寝息を立てていた。


「――明日お姉が二日酔いでたっぷりと苦しみますように」


 今までの人生で一番強く願ったかもしれない。 



 

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水着エプロンと焼き鳥と義姉 綾乃姫音真 @ayanohime

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