第5話:採点というお仕事

***


 ある土曜日の午後。数国二教科の校内模試が行われた。

 模試が終わってぞろぞろと帰る生徒達。

 中にはそのまま自習室に入っていく生徒もいる。なかなか勉強熱心だな。


 おっ、黒髪清楚の友香ともかちゃんも自習室に入ろうとしてる。うんうん、相変わらず熱心だ。

 俺が通う青大が第一志望だって言ってたけど、是非とも合格してほしい。


 ──ん? 横に小豆あずきもいるな。

 まさか……ヤツも自習して帰るとか?


「どうだった模試」

「ん……アンタに関係ないでしょ」

「いやいや。俺はここの職員だ。関係なくはないだろ」

「職員だろうが食パンだろうがあたしには関係ないし」


 そりゃ食パンは模試には関係ないだろが。


「ところで自習する気になったのか?」

「ならない。私は帰る」

「ちょっとは努力しろよ」

「偉そうに言うなバーカ」


 は? なんでいちいちバカって言われなきゃならないんだよ。


「バカはお前だアーホ」

「アホはアンタだマヌーケ」


 なんだそれ。ガキかよ。

 まあ俺も似たようなもんで、人のことは言えないけど。


「マヌーケってなんだよ? 魔法の呪文か?」

「とにかく自習室なんて行かないから。アンタがいるならなおさらね!」


 ありゃ。帰っていってしまった。

 ムカつくやつだ。


「銀ちゃん先生と小豆ちゃん、仲がいいですね」

「え? 仲が……いい?」

「はい」


 友香ちゃんがニコニコ笑ってる……


 あれのどこが仲がいいんだ?

 友香ちゃんは相変わらず、なんでもいいふうに取るなぁ。でもこの笑顔を見たら、何も言わないでおこうって気になる。


「友香ちゃんは自習するのかな?」

「はい」

「じゃあ質問あったら気軽に声かけてね」

「はい、ありがとうございます」


 うんうん。相変わらず素直でいい子だ。



***


 翌日。


「じゃあ佐渡君。この答案用紙の採点をお願いね。解答はこれだから」


 奄美さんに頼まれて、講師準備室で昨日の模試の採点をしてる。


 おいコイツ、もっと綺麗な字で書けよ。読みにくくてかなわん。採点する側の身になれ。

 なんだこの子。わからない問題にいちいち『わかりません』って書かなくていいんだよ。丁寧な子だな……


 今まで解答する側の視点しかなかったけど、立場が逆になると色々と見えてきて面白いな。


 ──ん? 香川かがわ 小豆あずき。ヤツか。


 くそ生意気なギャルに似合わず、小さくて丸っこい可愛い字を書くじゃないか。

 解答は……どれどれ?


 一問目、はい、間違い~

 二問目、これも間違い~


 ざまぁみろ。偉そうにしてるくせに努力しないからだよ。


 三問目はマルだな。でも四問目はまたバツ。


 ──小豆の答案を採点し終わったけど、35点か。

 平均60点くらいのテストだから、こりゃ酷いな。


 ちょっと気の毒になってきた。


 ……いや違う。人にバカバカ言うくせに、自分がバカだろ。あはは。


 ああこのミスなんか、数学苦手なヤツが陥りがちな勘違いにズッポリハマってやがる。

 理解が中途半端だと、こうなっちゃうんだよなぁ。


 質問に来いって言っても来ないからだよ。

 もし今度来ても『お前には教えない』って言ってやろうか。やる気のないヤツに教える気はないって。


 でも……ふと気づいた。

 コイツの答案は、ブランクがない。

 わからないなりに、全部書き込んである。


 数学の答案用紙には、空白部分に計算式とかメモがたくさん書いてあるし、消しゴムで消した跡もある。

 点を取りたいという意欲が伝わってくる解答用紙だ。


 やる気がないってことだけど、答えるのを放棄してるわけじゃないんだ……


 ──ああ、くそっ!

 嫌なもん見ちゃったな。


 こんな答案用紙を見せられたら……あんなくそ生意気なギャルなのに、放っておけなくなるじゃんか。


 ああ、くそっ!

 めんどくせえ。


***


「あれ? 佐渡君まだやってるの? まだまだかかりそう? 私はもう帰るよ」

「あ、いえ。採点は全部終わりました。これです」

「あ、ホントね。丁寧にしてあるわ。ご苦労様。──で、なにやってるの?」


 俺がカタカタ打ってたパソコンのモニターを奄美さんが覗き込む。


「あっ、いえ、コレは……」


 やばい。頼まれた仕事じゃないことを勤務時間中にやってたことがバレる。


「なんでもありません。俺ももう帰ります」

「ふぅーん……なるほどねぇ……」


 あ……奄美さんがパラパラと答案用紙をめくってる。で、一枚の答案用紙に目を止めた。

 やめて! 頭のいい奄美さんならバレそう。


「やっぱり。それ、香川さんが間違えたところの解説資料ね」

「あ……はい。すみません、勝手なことして。もう帰りますから」

「でもそれ、もう少しで出来上がりそうじゃない」

「ええ、まあ」

「いいよいいよ。最後まで作ってあげなよ。私から塾長に、『佐渡君は私が依頼した仕事で残業します』って言っとくから」

「え……? あ、はい。ありがとうございます!」


 なにそれ?

 奄美さんいい人すぎて、涙が出そうなんすけど?


「おーい、みどり~ 早く帰ろうぜ~」


 廊下から聞こえたのは八丈先輩の声だ。


「じゃあね、また明日!」


 奄美さんは美しい顔に爽やかな笑顔を乗っけて、颯爽と帰っていった。


 それからしばらく作業してたら、突然部屋の入り口でガタっと音がしてビビった。


 あれ? 友香ちゃんだ。


「どうした? 帰ったんじゃなかったの?」

「あ……自習室に忘れ物して取りにきたのです。講義準備室の電気が点いてたのでつい……ごめんなさい」

「いやいや、別にいいよ。こっちも扉を開けっぱなしだったし」

「遅くまでご苦労様ですっ! さようなら」


 頭をペコっと下げて行っちゃった。

 ホント友香ちゃん、いい子だなぁ。

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