第3話:銀ちゃん先生、質問いいですか?

「あの……銀ちゃん先生、質問いいですか?」

「え? 俺?」

「はい」


 銀ちゃん……先生?


「いいよ。でも八丈先生の列に並んでたよね。ホントはあっちで質問したかったんじゃないの? 順番飛ばされたの、俺が代わりに八丈先生に言ってあげようか?」

「ありがとうございます。でも違うんです。銀ちゃん先生に質問しようかと迷ってフラフラしてたから、後ろの子が先に行っちゃったんです」

「あ、そうなんだ……」

「はい。銀ちゃん先生が青谷あおたに大学だって聞こえてきて……私青大を目指してるんです」

「お、そうなんだ!」

「はい。まだまだ偏差値は全然届きませんけど。憧れの大学です」


 うわ、友香ちゃん。嬉しいこと言ってくれるじゃないの。友香ちゃん可愛い。友香ちゃんサイコー。


「それに銀ちゃん先生の方が優しそうで……質問しやすいな、なんて」

「あ、いやいや。そんなこと……あるぞ!」

「うふ。銀ちゃん先生って面白いですね。それに優しいし。さっきも、順番飛ばされたの代わりに言ってやるって言ってくれたし」

「そ、それほどでもないさ。さあ、わからないところはどこかな? あははっ!」


 照れ臭すぎて、笑いしか出ないよ。

 いやもうホント、友香ちゃんっていい子だなぁ。

 俺の説明を熱心に聞いてる。


「これはこうで、こうなるわけ」

「あっ、そっか! すっごくわかりやすいです! 銀ちゃん先生ありがとう」

「俺も中高と部活ばっかやってきて、高三の時は偏差値40くらいだったからね。わからない人のわからないパターンは、そこそこわかるかな、あはは」

「ありがとうございます。よくわかりました」

「どういたしまして。またいつでも質問に来てよ」

「はい。ありがとうございます」


 友香ちゃんはぺこりと頭を下げた。丁寧でいい子だな。


 あれっ?

 小豆がまだいる。部屋の隅で友香ちゃんを待ってたみたいだ。

 なかなか友達思いのいいヤツだな。


 ──って思って見てたら睨まれた。

 そんな怖い目で睨むなよ。


「どうだ、小豆あずきも何か質問あるか?」

「あ、いや……別にないからっ。だから声かけてくんなって。行こっ、友香!」


 友香ちゃんの手を引いて、俺から逃げるように自習室から出て行ってしまった。

 いいヤツってのは撤回だ撤回!


「なんだアイツ。ま、いっか」


 友香ちゃんが質問してくれた効果か、それから何人か質問に来てくれた。

 一生懸命対応してるうちに小豆のことは頭から抜けてしまった。



***


「佐渡君お疲れ様~」


 就業時間が終わって帰る時に、奄美さんが声をかけてくれた。


「初日にしてはよく頑張ってたね」

「いえいえ。最初は誰も来てくれないから、どうしようかと思いました」


 俺は奄美さんに言ったのに、なぜか横から八丈先輩が返事した。


「まあ、あんなもんじゃないのか? 講師じゃなくてチューターなんだし」


 ──は? それって嫌味?


 でもまあ、この人たちは教えるのが上手いから講師をやってるわけだし。

 俺は講師なんかできないから、そう言われるのも仕方ないけどな。


 だから悔しくなんかないぞ。

 悔しくなんかないんだからな。

 ──くそっ!


「そんなの関係ないよ。佐渡君の教え方はとてもわかりやすかった。ホントに頭のいい人は、難しいことをわかりやすく伝えられる人だからね。佐渡君は頭がいいのよ」

「いやいやっ、それは俺を買い被りすぎですよ」


 帝都大生に頭がいいなんて言われたら、恥ずかしすぎて穴に入りたい。


「ううん、そんなことないよ。だからこれから徐々に相談相手として人気出るんじゃない?」


 おおーっ、神様仏様奄美様。

 なんて優しいお人なんだ。


「まあ、そうなりゃいいな佐渡。せいぜいがんばれ」


 言われなくても仕事は一生懸命やるつもりだ。


「ところで佐渡君。香川さんのこと名前で呼んでやり取りしてたね。もう仲良くなったの? やるじゃん」

「あ、いや……別に。全然ですよ。たぶんウザがられてます」

「そっかな。もしかしたらもしかするかもよ」

「何がですか?」

「佐渡君があの子に勉強のやる気を出させるかも」


 んなバカな。


「そんなはずはないです」

「うん、そんなはずはないかもねぇー うふふ」


 まただ。またからかわられた。

 でも優しい笑顔だからまったく嫌味がない。

 さすが奄美さん。いい人だなぁ。


「じゃあお先にね」


 奄美さんと八丈先輩が連れ立って帰って行った。

 やっぱ恋人同士なんだなぁ。


 ふぅ、バイト初日は色々あって疲れたな。

 さっさと帰って風呂入って寝よ。



***


 大学に入学してから、一人暮らしを始めた。

 コンビニ弁当を買って部屋で食ってたらスマホが鳴った。


「おう銀次。バイト初日はどうだった?」

「まあぼちぼちですね」

「お前は教えるのが上手いからな。講師でもよかったんだぞ」

「そんなの買い被りすぎですよ。それに人前で話すのとかめっちゃ苦手だし」


 だから俺は講師なんてできないよ。


「まあそうだな。個別指導コースがあったらよかったんだがな」

「いいですよ。俺、縁の下の力持ちの方が好きだし」


 うん。それは本心だ。


「そうかそうか。そこもお前のいいとこだ。せいぜいしっかり頼むぞ」

「はーい」


 そんな会話をして電話を切った。


 この人、いつも俺を買い被りすぎなんだよなぁ。

 いや、おだてて人を乗せるのが上手いんだなきっと。


 まあとにかく。

 帝都大生と違って俺なんて大したこともできないけど。

 ぼちぼちやりますか。

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