きっとみんな、覚えているから

CHOPI

きっとみんな、覚えているから

闇夜に浮かぶ白く大きな丸い月。

風に吹かれ、儚く散ってゆく淡紅色の花びらは、

月光に照らされてその神秘さを増している。

「今年が最後、かぁ……」

どこからか声がした。はて、どこだろう?

頭の上、見上げた桜の木の枝の上に、一人のヒトが座っていた。

全身真っ白な服に身を包んでいて、頭の片隅で『天使みたいだな』って思った。

「そこ、危なくない?」

僕が声をかけると、そのヒトは一瞬目を丸くして、それから少し笑った。

「そうでもないよ。キミもここに来てごらんよ」

「いや、僕木登りの自信無いからここでいいかな」

「あら、残念」

事も無げにそのヒトは言った。

そのまま気にせず僕に話しかけてくる。

「ねぇ、今ヒマ?」

「ヒマでは無いけど……なんで?」

「もし時間があるなら、ボクの話少しでも聞いてくれたら嬉しいなって」

「他に話す相手、いなかったの?」

「もしかしたら、ボクの声が聞こえていた子はいたかもしれないけど。

 反応くれたのはキミが最初で最後だな」

……それもそうかもしれない、と少しだけそのヒトを不憫に思った。

ここを通る子どもたちはもう、

そういう『世界』が少しずつ見えなくなり始める年代だ。

「いいよ、時間あるし」

僕がそう返すとそのヒトは笑みを深めながら話し始めた。


「ボクね、たくさんの子どもたちをここで迎えて、見送ってきた」

この時期、みんな忙しそうだったなぁ、と、そのヒトは笑う。

「ついこの間『寂しいです』『頑張ってください』って泣いてた子たちが、

 『おめでとう』『これからよろしくね』ってたくさん笑うんだよ。

 人が変わっても、その風景は一切変わらなかったなぁ」

あぁ、確かに、と思う。

このヒトは何度、その風景をここで見てきたんだろう。

「花が散って青葉が芽生えて。

 暑さが通り越したら、やがて黄色や赤色の季節になって。

 そして銀世界を迎えて、少しずつ次の花の準備をして……」

もうずっと繰り返し長い時間、飽きもせずにね、とそのヒトはまた笑う。


「あのさ、ボクのこと、忘れないでほしいんだ」

唐突にそのヒトは言った。

「こんなこと、今まで一度も思ったことなかったんだけど。

 いざ最後、ってなると、なんだかしんみりしちゃってね。

 わがまま言ってごめんだけど、でもできたら、覚えていてほしい」

ずっと笑顔だったはずのそのヒトの目は少し潤んでて。

「大丈夫、忘れないよ」

とっさに出てしまった僕のその言葉に対して、

「ありがとう」

そう言ってそのヒトはそのまま闇に溶けていった。


毎年校門を鮮やかな淡紅色で染めていた桜をもう一度見たいと思って、

卒業式の日の夜、夜桜を見に中学の校門に来た。

昼までのにぎやかさがウソのように静まり返った校舎がそこにはあって、

切なさとか寂しさがごちゃ混ぜになっていた時、あのヒトの声が聞こえてきた。

僕らが三年間通った中学校は、僕らが卒業と同時に廃校が決定していて。

だからもう二度と、新しい声が響くことは無い。

卒業式の途中、中学生活最後の校長先生の長い話を話半分に聞いている時、

そのことに気が付いてしまった僕は、何となくセンチメンタルな気持ちになった。

あのヒトの正体は、そんな僕の心情が見せた白昼夢だったのかもしれない。


それから半年もしないうちに工事が始まり、

校舎もグランドもまっさらになってしまった土地だけがそこにはあった。

父さんと出かけた帰り道、偶然二人で通学路だった道を通った。

「あぁ、ここの桜の木も、切られちゃったんだなぁ」

かつての校門前の辺り、切り株だけ残っていた桜の木を見て、

父さんは少し寂しそうに呟いた。

「父さんもさ、この中学校の出身だろ。

 自分の入学式と卒業式、ここの桜の木の前で写真撮ったけなぁ。

 だからもう一度、ここの桜の木の前で写真が撮れた時は変な感じだったよ。

 お前の入学式と、この前のお前の卒業式で」

耳にタコができるほど聞いている、父さんも同じ中学出身の話。

だけど今は、不思議と新鮮な気持ちでその話を聞いていた。

同時にあの日見た、白昼夢を思い出す。

あのヒトは『ボクのこと、忘れないでほしいんだ』って言っていたっけ。

あのヒトにもう一度会えることがあったら、教えてあげたいと思った。

『今までキミが見送った人の分だけ、キミの姿がきっと残っているよ』って。

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