異世界で焼き鳥を広めたらハーピィの女王に死ぬほど恨まれたので全力で逃げます

餅頭

短編 異世界で焼き鳥を広めたらハーピィの女王に死ぬほど恨まれたので全力で逃げます


「ま、待ってくれ! 出来心だったんだ!」


「それ、うちの子達の前で言える? 死刑」


「待っ……ぐぁぁあああああッッ!!!」



 ハーピィの女王──ハルピーナは俺の命乞いに一切の聞く耳を持たず、容赦のない暴風を叩きつけてくる。


 それは触れるだけでズタズタに切り裂かれる凶悪な風のミキサーであり、さらにハルピーナの鋭利な羽根が舞っているのも合わさって、なんかこう、マジでヤバい感じの風だった。


 当然そんなものを食らったら死ぬので、俺は必死にハルピーナから逃げる。



「逃すと思う? 人間」



 が、速い。ハーピィさんマジで速い。


 入り組んだ森の木々に足を取られる俺は、空中を滑るように接近するハルピーナを引き離すことが出来ない。


 それどころか、彼女との距離はどんどん縮まって────



「ガッ────!!」


「確保」



 呆気なく捕まった。


 ハルピーナは背を向けて走る俺の後頭部に蹴りを一撃。


 昏倒する俺の背に脚の爪を食い込ませて押さえ付けると、彼女は勝ち誇った笑みを浮かべた……多分。顔見えんし。



「何か言い残すことはある? 遺言」


「ありますあります超あります! なので3日くらいかけてじっくりとお話を──」


「待てない。却下」


「あだだだだだッ!!? 折れる!! 折れちゃうからぁぁあああ!!!」



 どうしてこんなことになったのか。


 結論から言うと、俺がこの世界に『焼き鳥』を広めたのが全ての原因だ。


 俺──佐藤タケルは異世界から転移してきた人間だ。


 転移してきた理由とか、お供のクソ生意気な天使とか、その辺をじっくり話している余裕はないので割愛する。

 とりあえず、誰よりも早く俺を見捨てて逃げたあの銀髪天使は絶対にシメる。絶対にだ。


 話を戻そう。


 俺は半年ほど前、無性に焼き鳥を食べたくなった。

 だが悲しいかな。俺が転移したこの世界には、まだ焼き鳥という料理が存在しなかった。というか、串料理自体あんまりなかった。


 それでも諦めきれない俺は、自分で鶏っぽい肉と串を用意し、なんちゃって焼き鳥を作って食べた。

 味付けは塩のみだったが、これが予想以上に美味かった。あれで冷えたビールもあれば完璧だったな。


 感動した俺は街の料理店に焼き鳥のレシピを提供。

 店のメニューに追加してもらい、いつでも手軽に食べられるようにした。


 そしてこの焼き鳥は同じ店の常連客にウケて、口コミで街の住民に広まり、行商人によって他の街にも広まり────


 俺が住んでいる地域では空前の焼き鳥ブームが巻き起こったのだ。


 

「時間稼ぎ? 私を舐めないで。愚物」


「アガァッ!!? 待って!? 変な音してる!! 人体から鳴っちゃいけないタイプの音がしてるからぁ!!」



 俺は、人間の食欲というものを侮っていた。


 初めのレシピでは塩のみだった焼き鳥の味付けは、この世界の調味料や専用のタレの開発によって、瞬く間にバリエーションが増加した。


 更には使用する肉も、肉だけでなく内臓や皮など、食材のあらゆる部位を余すことなく使われるようになった。


 やがて、『他の肉でもイケるくね?』と誰かが言いだし、古今東西あらゆる肉が焼き鳥の仲間入りをして…………


 そしてついに、どっかのバカがこんな言葉を口にした。



『ハーピィって鳥っぽいですし、焼き鳥にしたら意外と美味しいかもしれませんね!』



 あとはもう、お分かりだろう。




「この世は弱肉強食。食べられる覚悟は出来てるよね? 人肉ヒトニク


「いやああああ!!! 助けてぇえええ!!! 誰かぁああああ!!!」




 この一件がハーピィの女王の耳に届き、その逆鱗に触れた結果、俺はこうして彼女に命を狙われる羽目になった。


 それでも幸いなのは、ハーピィ達に未だ犠牲者が出ていなかったことだろう。


 これでもし、たとえ一人でも焼き鳥にして食われたハーピィがいたなんて日には、俺は有無を言わさずハルピーナにミンチにされて人肉ハンバーグとして喰われていただろう。


 そうされていない時点で、まだ交渉の余地はある。

 俺はそこに、活路を見出した。



「と、取引をしよう。ハルピーナ」


「は? 何呼び捨てにしてるの。不敬」


「あだだだだッッ!! は、ハルピーナ様!! 俺にはこの不本意な噂をどうにかする名案がありますぅ!!」


「信じられない。人間の食欲と愚かさは筋金入り。常識」



 そう。


 今さら俺が『ハーピィを焼き鳥にしちゃダメ』と言ったところで、聞く耳を持たないやつは絶対に現れる。


 美味いもののためならどんな危険も冒す。

 そんな底知れぬ貪欲さこそが、人族の発展の原動力なのだ。


 故に、今回の噂を消して無かったことにするのは不可能……だからこそ。



「新しい料理を広めて、みんながそっちに熱中するようにします! そうすればわざわざハーピィを襲おうとする人は減るはずいででででで!!!」


「それ……本当?」


「ほ、本当! 本当だから力緩めて!! 話す前に死んじゃうからぁあああ!!」



 ────別の食欲で塗り潰す。


 俺が適当に作った焼き鳥ですら、これほどのブームになったのだ。

 であれば、また別の料理を作って広めることで、このブームを上書き出来るかもしれない。


 そもそも、ハーピィとはそう簡単に仕留められるような相手ではない。


 危険を冒さずとも食べられる美味しい料理が増えれば、わざわざハーピィを焼き鳥にして食おうだなんて考える人間は居なくなる……と思う。


 そんなプランを、俺はハーピィの女王に話した。



「ここで俺を殺しても、やつらの食欲の暴走は止まらない……なら、ここは俺の案を試してみる方が良いと思います」


「……一理ある。採用」


「た、助かった……」



 ハルピーナの威圧感が弱まったのを確認し、俺はホッと胸を撫で下ろす。


 危なかった。これでダメならマジで詰んでたぞ、俺。



「失敗は許さない。絶対」


「も、もちろん。新しく広める料理は既に決まってます。俺に任せてください」


「どんな料理? 興味」



 ふわふわと宙に浮かぶハルピーナが、俺の目をじっと覗き込む。


 猛禽類らしいその鋭い視線に冷や汗を垂らしながら、俺は次に広める料理の名前を口にした。



「その料理の名前は────トンカツです」



 こうして、『ハーピィ焼き鳥事件』は一人の犠牲者も出さずに、あっさりとその幕を下ろした。


 俺が新しく広めたトンカツ料理によって、焼き鳥のみに集中していた人々の食欲を分散することに成功し、ハーピィを狙う人間が居なくなったのだ。


 焼き鳥のレパートリーも十分増えたようだし、これでもうハーピィを焼き鳥にしようなんて考えるやつが現れることはないだろう。


 ハルピーナにも俺の働きを認めてもらったことで、俺が彼女に命に狙われることは無くなった。


 そして、俺は今────












「貴様が佐藤タケルだな!? その命、オレ様が貰い受ける!!」


「あああああああ!!!! クソったれがぁぁあああああ!!!」



 オークの王に命を狙われていた。



「むう、ちょこまかと!! そう逃げられては上手く首を斬れんではないか!!」


「斬られてたまるかッッ!! 死ぬだろうが!!」



 焼き鳥の対抗馬としてトンカツを広めた。

 そこまでは良かったのだが……


 いやまあ、言わなくても分かるよね?



『オークって豚っぽいですし、トンカツにしたら意外と美味しいかもですね!』



 なんてことをどっかのアホがまた口走り、それがオークの王の逆鱗に触れて、俺はこうして追われる羽目になった。


 なんというデジャヴ。

 つーかあいつには学者能力がないのか? マジで許さねぇあとで絶対ぶん殴る。



「あのっ!! 俺に提案がありますぅ!! 聞いてください!!」


「ほう? なんだ、言ってみろ」


「そ、それはですね。トンカツに変わる新しい料理を────」



 結局、俺はこの後も似たような流れを何度も繰り返し、新しい料理を増やしても変な所に飛び火しなくなるまで、俺の命は狙われ続けるのだった。



 …………焼き鳥こわい。

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