制裁
「ふふふ。ふははははは! やったわ! 遂に黄金王を捕まえたわよ!」
ユグニアは大口を開けて笑い声を上げる。
「……こんな鎖くらいで俺を縛れると思うなよ!」
「ふふ。その鎖はドラゴンだって縛れる特別製よ。いつかあなたを捕まえるために用意させておいたんだけど、まさか自分から来てくれるとはねえ」
心底嬉しそうにするユグニアは、その妖艶な美貌を笑みで歪ませる。
「くぅ」
「この日が来るのをずっと待っていたわよ。ずーっとね」
相当自分を恨んでいるのは間違いない。そう思うタルキウスだが、そこから彼女の素性を特定するのはまず不可能だった。
これまで特権に胡坐を掻いていた貴族からその特権を奪い取り、近隣諸国を征服して多くの国や部族を屈服させてきたのだ。恨まれている数なら誰にも負けない自信がタルキウスにはあった。
「先王の御世なら、可愛い男の子をいくら攫っても罪にはならなかったのに。あなたのおかげで大迷惑してるのよッ!」
「……奴隷商人の元締めか何かか? だったら奴隷は正規の手順で仕入れれば良いだろ」
エルトリアにおいて、というよりこの世界において奴隷制度は至極当然のものだった。
戦争捕虜や奴隷の子孫、罪人、借金の末に破産して市民権を失った者など経緯は様々だが、奴隷は人類社会に溢れており、社会を支える上で重要な位置を占めている。
タルキウスも奴隷制度そのものに疑問を抱きつつも、王としてその必要性を理解しているので、奴隷制度を廃止したりはしていない。
多少の制限や規則の強化は行なっているが、だからと言って恨まれる筋合いは無いだろうと反論しようとうとするも、
「私は、綺麗な肌と純粋無垢な瞳を持った少年が欲しいのよ!! でも、あなたを初めて見たあの日から、もう他の子じゃあ我慢できなくなった! 私はずっとあなたが欲しくて欲しくて堪らなかったのよ!!」
「は?」
「私も我慢しようと努力はしたのよ!! あなたによく似た子を攫わせて、愛でてみたわ! でも全然ダメ! あなたには遠く及ばない!」
「……」
「その強気な目に、白い肌、艶のある髪。やっぱり良いわ!」
ユグニアはテラスからホールへと続く階段を駆けてタルキウスの目の前まで近付く。
「お、奥様、危のうございます! どうかお下がりください!」
「お黙り! せっかく黄金王が手に入ったのよ。もっと近くで顔を見させなさい!」
「あ~やっぱり良いわ。食べちゃいたくなるほど可愛いわね」
彼女の言葉にタルキウスは背筋が凍る思いがした。
だが、彼女の次の発言がタルキウスの逆鱗に触れる事になる。
「あの聖女の小娘、リウィアって言ったかしら。あの小生意気な娘、いつもいつも黄金王を独り占めしてズルいわ!」
「おい! 今、何て言いやがった!?」
「あら! 怒った顔も最高ね! 何度でも言ってあげるわ。ちょっと魔法の才能があるからって聖女を気取ってるあの小娘がズルいって!」
その時だった。
タルキウスの身体から魔力が溢れ出た。それは辺りを呑み込まんとする勢いで、燃え上がる炎のようである。
「リウィアを馬鹿にする奴は絶対に許さねえぞ!!」
タルキウスを縛る鎖が魔力に呑み込まれて、まるで氷が溶けるかのように消えて消滅した。
「そ、そんな馬鹿な! あの鎖が、一瞬で!?」
「お前、無事に帰れると思うなよ」
タルキウスは烈火の如く怒った。
それは怒った顔にすら興奮を覚えていたユグニアですら恐怖を覚えるほど。
膨大な魔力は凄まじい旋風を生み出し、ユグニアと彼女の部下達の身体を捕らえて空中へと巻き上げる。
そしてタルキウスが右手を軽く振った瞬間、ホールを埋め尽くす勢いの膨大な魔力は引火したガスのように一瞬で燃え上がった。
◆◇◆◇◆
誘拐犯を全て捕らえて、誘拐されていた少年達も無事に解放したタルキウスは、上機嫌で宮殿へと帰宅した。
「ただいま~、リウィア!」
「お帰りなさ、って、何ですか、そのお姿は!?」
「え?」
タルキウスはリウィアに言われて改めて自分の身体を見る。
服のあちこちは炎で焼け焦げた跡があり、タルキウスの腕や頬には黒い煤が付いて真っ黒になっていた。
「こ、これは、その……えへへ。ちょっと調子に乗り過ぎちゃった!」
言い訳が思いつかなかったタルキウスの最終手段は笑って誤魔化すである。
しかし、悲しい事に通用しない事もタルキウスは経験則で知っていた。
「まったく! どうせまた無茶な事をしたんでしょ! 行き先も告げずに突然飛び出されてッ!」
「うぅ。そ、それよりさ、リウィア。俺、腹が減ったんだけど……」
「お風呂に入ってからです!」
「そ、そんな~」
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