遊びに行く少年王
リウィアはこれからタルキウスに見てもらわなければならない書類の山を両手に抱えて宮殿の廊下を歩いていた。
何気なく横に視線を向けて庭園を見る。
王国でも一流の庭師が手入れして作り上げた庭園は、正に自然を利用した芸術作品そのものであり、見る者の心を和ませる。
と、その時。リウィアはふと足を止める。
木々の間を見慣れた少年が駆け抜けるのが見えたのだ。
「あれは、タルキウス様?」
執務室で書類の山と格闘をしているはずなのに、一体どこへ行くのだろうとリウィアは不思議そうに首を傾げる。
そして何か嫌な予感がしたので、両手に抱えている書類の山を近くの部屋の中に置いて後を追い掛けた。
「タルキウス様、こんなところで何をしてるんですか?」
リウィアが後ろから声を掛けると、タルキウスはビクッと肩を震わせて驚いた。
「な、なな、何で、ここにリウィアが!?」
振り返ったタルキウスの顔は、目を見開いて頬を真っ赤にしている。
まるで悪戯の現場を目撃された子供のように。
その姿を思わず可愛いと思うリウィアは、タルキウスの身に付けている装束に違和感を覚える。
灰色のトゥニカを一枚着ているだけのシンプルな服装。これでは一般市民だ。
「何でと言われても、タルキウス様をお見掛けしたので。それよりタルキウス様、そのお姿はもしや……」
怒られると思ったのか、タルキウスは身体を縮こまらせる。その様は猛獣に怯える小動物だ。
「うぅ……。し、視察! そう! これから民の暮らしぶりを見に視察に行こうとしてたんだよ! 誰かに見つかると騒ぎになっちゃって、視察どころじゃないでしょ! だからこっそりと行こうとしたんだよ!」
言い訳を思い付いたタルキウスは勢いに身を任せて声を荒げる。
そんなタルキウスの心中が手に取るように分かったリウィアは思わずクスリと笑う。
「ふふ。では、私もお供致します。本当は息抜きがしたいんですよね?」
「ち、違うよ! これは視察だよ! し・さ・つ!!」
「はいはい。分かりました。では視察に行きましょうか」
「うん!」
タルキウスは満面の笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆
タルキウスはリウィアを両手で抱き上げると地を駆ける。
宮殿の周りは小高い塀に囲まれているが、そんなものはお構いなしに軽々と飛び越えてみせた。しかも、衛兵に気付かれる事なく一瞬で。
宮殿から出たタルキウスとリウィアは横に並んで手を繋ぎ、ローマの町へと繰り出した。
その様は姉と弟のようである。
まず二人が向かったのは様々な露店が並ぶ市場だった。
「あ~腹減ったなぁ。リウィア、何か食べようよ」
「もう、タルキウス様ったら。お昼を食べたばかりではありませんか」
「だって腹減ったんだもん」
市場に入ると、肉の焼ける香ばしい匂いが、食いしん坊の胃袋を嗅覚から刺激した。
それは牛肉と豚肉で作られた、太く短いソーセージを焼く匂いだった。
タルキウスは二つソーセージを買い、片方をリウィアに渡すと、口を大きく開けて一口でソーセージを食べてしまった。
「お! 坊主、良い食べっぷり、オマケにもう一本やるよ!」
ソーセージ売りのおじさんは陽気に笑いながらソーセージの刺さった串をタルキウスに渡す。
「本当に!? おじさん、ありがとう!」
こんな無邪気に笑う少年が、絶対君主で知られる黄金王だと誰が思うだろうか。
玉座も王冠も手放したタルキウスは、元気いっぱいの子供そのものだった。
その後は蜂蜜を塗ったパンをリウィアと一緒に食べた。
「んん~! このパン、焼き立てで美味しいな!」
また一口で食べてしまったタルキウスにリウィアは溜息を吐く。
「ちゃんとよく噛んで食べて下さいよ。早食いはお身体に悪いんですからね」
「分かってるって。しっかり噛んでるから大丈夫だよ!」
「なら良いんですが。ってタルキウス様、頬っぺたに蜜が付いてますよ」
リウィアはハンカチを取り出してタルキウスの頬を拭う。
「あ! リウィア、次はあの鶏肉を食べようよ!」
「え? まだ食べるんですか? あまり食べ過ぎると夕食が食べられなくなりますよ」
「大丈夫大丈夫、このくらいどうって事ないからさ!」
普通ならこれで大丈夫じゃないという展開になるのだろうが、タルキウスの場合は違う事をリウィアはよく弁えていた。
タルキウスの胃袋を以ってすれば、このくらいはペロリといってしまうだろう。
鶏肉屋で焼き立ての鶏肉をタルキウスが食べようとすると、鶏肉屋のおじさんが真剣な眼差しでタルキウスに声を掛ける。
「それ食ったら、あまり遅くならないうちに帰りなよ。近頃、物騒なんだからな」
「物騒? 何で?」
「何でって知らねえのか? 近頃、このローマじゃあお前さんくらいの少年がここ数日で行方不明になってるんだよ。噂じゃ奴隷商人の奴隷狩りにあったか。どこかの貴族が弄ぶために攫ったって噂だ」
「え?」
そんな報告は受けていないぞ。心の中でそう思うタルキウスは、同時にある事を思った。自分の町であるローマを好き勝手に荒らす輩がいるなら、この手で成敗してやろう、と。
「ねえ、その話、詳しく聞かせてよ」
「べ、別に構わねえけどよ。どうしてまた?」
子供が行方不明事件に興味を持った事を不思議がる。
それも無理は無いが、タルキウスの妙に真剣な眼差しを見て何も聞かずに話し出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます