第7話 本当によくある勇者召喚⑥


※※※


 森を抜け、魔獣の遠吠えが聞こえなくなり、地面が揺れる足音も聞こえない。 

 そして何よりドラゴンの姿が見えなくなったことで、俺はようやく一息つくことができた。

 今は丘を下り、荒れ果てた大地で唯一生えている……というか、すでに枯れているけど何とか残っているやせ細った木にもたれ掛かっている。

 食べ物はポケットに詰め込んだぶどうのみで数粒ほど。ズボンにインしたシャツの内側に入れていたぶどうは、走っている途中で外に出てしまいすべて森の中で落としてしまった。

 案内によると人里まではあと五ミロほどある。

 魔獣の存在を確認したところ、周辺にはいないようでとりあえず安心だ。

「しっかし、あの森はマジでなんだったんだ? 最後にはドラゴンが出てくるし、マジで俺を殺すつもりだったんだろうなぁ」

 封印された死の森、的な場所だったりして。

 ……まあ、今となってはどうでもいいことだ。俺はすでに森を脱出しているのだから!

 呼吸も整い立ち上がると、俺は残り五ミロの道のりを歩き出した。

 ぶどうを食べて一気に走り抜けることも考えたが、これは俺の生命線にもなるので残しておく。

腐ってしまうと勿体もったいないので、頃合いを見て食べるつもりではいるけどね。


 歩き始めて一時間くらい経過した時、それはようやく見えてきた。

 人里と鑑定していたので小さな集落か、森のそばなのだからあっても村くらいだろうと思っていたのだが……おぉぅ、マジですか。

「……で、でっかい外壁! しかも大砲がある!」

 思いっきり要よう塞さいみたいな都市が出てきたんですけどおおおおぉぉっ!?

 …………よし、ひととおり驚いたあとにやることは、とりあえず近くに行ってみよう、だな。

 外に佇たたずんでいるのも危険だろうし、まさか入るなと追い返されることはないだろう。

「……でも、俺の身分を証明するものなんてないんだよなぁ」

 こういう場合、ほとんどが身分を示さないと中に入れないパターンだった気がする。

 もしなければ必要な金額を支払うんだけど、俺はそのお金すら持っていない。

 こんなことなら森の中で何か換金できそうなものを取ってくるんだったと、今さらながらに後悔してしまう。

 だって、こんな大きな都市が近くにあるなんて思わなかったんだもんなぁ。

 近づくにつれて外壁はどんどん大きくなっていく。その高さはどれくらいだろうか、五階建てのビルくらいはあるかもしれない。

 外壁の下には当然ながら門のようなものがあり、その前にはやりを手にした兵士っぽい人が左右に一人ずつ立っている。よく見ると外壁の上にも兵士が立っているな。

「……何か、下の兵士に叫んでないか?」

 上の兵士から俺の姿が見えたのかもしれない。

 いきなり姿を見せて『何者だ!』ってなるよりはいいけど……なんだろう、とっても驚いているというか、緊張感が漂っているように見えるのは気のせいだろうか。

 このまま進んでもいいのか迷ったが、他に行く当てもないので意を決し進むことにした。

「おい、本当に来たぞ!」

「き、貴様、何者だ!」

 ……えぇ~? 結局『何者だ!』って言われちゃったよぉ。

 しかし、何者だと言われてもどう答えるべきだろう。素直に答えて信じてもらえるのだろうか、むしろ怪しまれるんじゃないのか?

 うーん、ここは無難に——

「えっと、真広まひろ桃李とうりといいます」

 名乗るだけにしてみたのだが、それでも穂先はこちらを向いたままで下ろしてはもらえない。むしろ、警戒されたのかその視線はさらに鋭くなり俺のことをにらんでいる。

「どこから来た!」

「どこからって、この先にあった森を抜けて——」

「も、森を抜けてだと!? 貴様、ふざけているのか!」

「ふざけるも何も、本当のことなんですが?」

 グッと槍を握る手に力が入るのがわかった。

 ……おいおい、なんで森を抜けてきたってだけでこうも警戒されるんだよ。まさか、本当に封印された死の森だったなんて言わないよな!

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