第6話 本当によくある勇者召喚➄

※※※


 ——そして翌朝、俺は作戦を実行することにした。

 早いと思う者もいるかもしれないが、良いタイミングなんて俺にわかるはずもない。

 善は急げという言葉もあるくらいなのだから、動けるならすぐに行動あるのみだ。

 俺は念のためにもう一度鑑定を行う。

「鑑定、人里」

 ……やはり、示される方向は変わらない。

「鑑定、魔獣」

 ……おぉ、これも変わらず森の中全域に案内がたくさんあるよ。

 俺はポケットにぶどうを詰め込み、シャツをズボンにインすると内側にもぶどうを入れていく。

 汗にれて食べるのを躊躇ためらうかもしれないが、一大事なので気にしないことにしよう。

 なるべく多くのぶどうを詰められるだけ詰めると、俺はその場でぶどうを大量に食べる。

 一粒……五粒……一〇粒……お腹が膨れるまで食べた俺はステータスを開いた。

「……うぷっ! ……ふぅ、速さの能力値は……おぉっ! 100までいってるじゃん!」

 100ってことは、一九粒食べたことになるのか。

 普段の俺ならまだ食べられそうだが、不思議とこのぶどうはすぐにお腹が膨れてしまう。

 食べられる制限があるのかと考えたが、今は一秒でも時間が惜しい。俺は目的地の方角に足を向けると——周囲を気にすることなく一気に駆け出した。

 シャツが出ないように押さえながらではあったが、いつもの何倍もの速さで走っている自分に驚きと共に感動を覚えていた。

「うっひょー! これが俺かよ! これが——異世界かよ!」

 ただ走っているだけなのだが、それだけでこんなに楽しいとは思わなかった。

 人里に出て装備を整えることができれば魔獣とも戦えるだろう。そうなればレベルも上がって、もっとこの世界を堪能することができるはずだ。

 ラノベの中でしか繰り広げられていなかったことが、今は目の前まで近づいてきている。

「俺は——自由だああああああああぁぁどわあっ!?」

 あ、あっぶねええええぇぇっ!

 テンションが上がりすぎて魔獣の存在を忘れていたぞ!

 突然振り下ろされた拳こぶしを避けられたのは奇跡だからね! かすりでもしたら即死確定だからな!

 俺は振り返ることをせず、ただひたすら前を向いて走り続けた。

 魔獣が姿を現したらさらに加速して、一気に通り過ぎていく。

 時折時計に目をやり、制限時間だとわかれば走りながらぶどうを食べる。

 最初に食べた分が消えるまではより速くなるのだが、100になった分がなくなると途端に遅くなるので慌てて食べ進める。

 そんな感じで走り続けて三〇分が経とうとした時だった——

「あれは、森が、途切れている!」

 呼吸が苦しくなり、そろそろ限界が近づいてきた時に見つけた森の切れ目は、最後の力を振り絞る原動力になってくれた。

 これがなければ、最後に待ち受けていた魔獣の餌食になっていたかもしれない。

 ぶどうを食べられるだけ食べて一気に加速した俺は森を抜けた途端——巨大なドラゴンにブレスを浴びせ掛けられたのだ。

「どわああああああああっ!!」

 ブレスは俺が森を抜けた直後、その後方を横切っていった。

 一粒でも食べそびれていれば、少しでも気を抜いて足を止めていたら、俺は一瞬で灰になっていたかもしれない。

 またしても振り返ることなく、全力疾走で森を抜けたあとの丘を駆け下りていく。

 感動していたよ、ブレスを浴びせ掛けられるまでは。

 叫びたかったよ、ブレスを浴びせ掛けられるまでは!

 泣きたかったよ、ブレスを浴びせ掛けられるまでは!!

「俺の感動を! 返せバカやろおおおおおおぉぉっ!」

 そんな叫び声しか、今の俺には出すことができなかった。

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