第76話 皆の夏休み その二


 俺は、早速塾のバイトを始めた。恰好が気になったが、普通にスラックスにシャツと夏用のジャケットで出向いた。


 今日担当するクラスの先生を紹介された後、色々塾の施設や講義の仕方、生徒への接し方などを教えて貰った。


 最初は後ろで、進め方や話し方等を聞きながら気になる所はノートにメモするなどした。終わった後質問すればいい。今日は二枠担当する予定だ。


 一枠目が終わって講師控室に戻った時だった。


 えっ、柏原さんなんでここに?彼女と目が合った。何も言わずに割り当てられた机に着いてさっきメモった質問をまとめていると


「水森君、偶然ね。あなたもここで」

 不味いな。京子さん、柏原さんがここでバイトしている事知っていたのかな。


「はい、今日からです」

「そうなんだ。宜しくね」

 

この会話を聞いていたのか、塾長が

「あれ、柏原さん水森君の事知っているの?」

「はい、同じ学部なので」

「それは都合がいい。水森君、次の補助柏原さんの授業に入ってみる?」

「えっ、それは…」

「そうだわ、私の担当枠で見て貰えば、後で分からない所聞くのも言い易いでしょう」

「じゃあ、そういう事で。宜しくね柏原さん」

「はい」

 

 塾長はそのまま自分の席に戻ってしまった。

「水森君、宜しくね」


 ふふっ、何という天啓なんだろう。まさに恋の神様が私と水森君を引き合わせてくれた。これは嬉しい予定外。ちょっと水森君へのアクションプランを変更ね。


 俺はさっき付いた先生に自分が疑問に思った事を教えて貰った後、直ぐに柏原さんの授業に付いた。本当は一枠後なんだけど。


 彼女は生徒からの質問に非常に分かり易く教えている。慣れているというより天性なのかもしれない。いくつかの疑問点をノートにメモした所で授業が終わった。


 授業が終わった後、質問をまとめて柏原さんに聞こうとすると

「水森君、休憩室で話そうか」

 立場上拒否権が無い俺は仕方なく付いて行った。


 彼女は講師控室にいる時とは違った態度で

「水森君、まさに巡り合わせね。入学前のラーメン屋といい、あなたとは縁があるみたい。嬉しいわ」


 コーヒーを飲みながら嬉しそうに話す彼女に

「そうですか。良かったですね」

「つれないなあ、もう少し言い方ないの。俺も嬉しいですよとか。俺達幸運ですねとか、将来もこうだと良いですねとか」

 この人頭の中がお花畑か?


「それよりさっきの授業の質問があります」

「もう話し切って!いいわ、どこの辺り?」


 俺は柏原さんに事を教え疑問になった事を貰うと直ぐに塾を後にした。

 

 参ったな。運が悪いというか。しかし京子さんに紹介して貰った塾を一日目でやめる訳にもいかないし…。


 ブルル。ブルル。


ポケットに入れてあるスマホが震えた。紗耶香からだ。

『はい』

『明人。私。今話せる?』

『大丈夫だよ。塾のバイト今終わったから』


『えっ、今日はこの後もあるんじゃなかったっけ?』

『うん、予定が変わって。それより紗耶香何か用事があるんじゃ?』

『ううん、無いもないけど明人の声が聞きたかった。もしこの後何も予定無いなら会わない?』

『いいよ。そっちに行こうか?』

『うん、待っている』



 紗耶香のマンションは一階のドアを開けて貰わないと入れない。スマホで連絡しようと思ったら、紗耶香が一階のフロアで待っていた。


「明人、待っていた」

「えっ、でも」

「だって塾からここまでの時間大体分かるから待っても十分位だよ。それより早く」


 一階の玄関のドアを開けて貰い、エレベータに乗って彼女の部屋に行く。

「明人、アイスティ飲む?明人が来るから作ったんだ」

「うん、貰うよ」

 

 紗耶香と居ると心が和む。京子さんとは違う。やっぱりあの人とは…。

「どうしたの。難しい顔しているよ」

「いや、何でもない。それより塾で柏原さんに合った」

「えっ、どうして?」

「彼女が先にバイトしていたみたいで。今日偶然に会ったんだ」


 紗耶香の顔が急に暗くなった。

「明人、私もそこの塾でバイトしようかな?明人が心配」

「紗耶香、柏原さんとは高校時代の知合い程度だよ。気にする必要はない」

「でも、高校時代、あの人が生徒会長やっていた時だって明人に色目使っていたし。私不安だよ」


「大丈夫。俺柏原さんに興味無いから」

「それなら良いんだけど。ねえ、夕飯食べて行ける?」

「いいよ」

「やったあ。じゃあ二人で買い物行こう。何食べたい。明人が食べたい物作ってあげる」

「紗耶香が作ってくれた物」

「ぶっ、ぶっ、ぶっー。それじゃあ、解答になりません」

 そう言って思い切り俺に抱き着いて来た。


 嬉しい。明人と一緒に居ると本当に心が和む。ずっとこうして居たい。でも

「じゃあ、スーパーに着くまでに考えて」

「了解」


 結局、塩と胡椒で味付けした鶏もも肉をフライパンで焼いた皿、ルッコラにトマトを挟んだサラダ、パンチェッタのオイル炒めにクレソンを添えた皿。それにご飯とお味噌汁。

「美味しいよ」

「ふふっ、嬉しいな。本当は毎日こうして居たいんだけど…。でもずっと良い事ばかりだと良くない事も起きるから、我慢する」


「そうだな。それより授業はどう?」

「うーん、やっと慣れて来た所、遠藤幸子さんって子と仲良くなった。授業結構一緒に聞いている」

「そうか、それは良かったな。俺は…。紗耶香が嫌な事も聞くって言ってくれたから言うけど。柏原さんと高橋さんが授業で良く顔を合わせる」

「えっ!。そんな」

 私を酷い目に合わせたあの女が明人の側にいるなんて許せない!


「仕方ない。同じ理学部で一年次は基礎科目がほとんどだから嫌でも一緒になる事が多い。でも帰りに会ったりとか絶対していないから」

「うん、分かっている。でも、でもあの女が明人と一緒に授業受けるなんて許せない!どうにかならないの?」

「ごめん」


「明人が謝る事は無いよ。ねえ、それより…今日泊まっていけない?」

「着替えないし…いいよそうしようか」

「本当嬉しい。じゃあ、ご飯食べて早くお風呂入ろ。そして、ねっ」

「そうだな」

 今日はスマホの電源を切っておこう。


―――――

 

 ふむ、柏原さんは幸運?

 

次回をお楽しみに

 

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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