第三話 魔法使いに聞いてみる②

「なんだか悪いな、泊めてもらった上に飯までごちそうになって」


「いえ……助けてもらったお礼ですから、まだまだ足りないくらいです」


 と、言ってくるのは、テーブルを挟んでアッシュと反対に座るティオである。


 さて、どうしてこんな状況になっているかという理由だが、それは簡単だ。

 ティオと会話をしていると、アッシュの腹が再び咆哮を上げたからである。


 そこからの流れは至極単純。

 ティオが「仕方ないですね……」と、気だるげな表情で一言。その後、要領よくちゃちゃっと料理を作ってくれたわけである。


 しかも、料理の味はとてもいいと来ている。

 ティオはいい嫁になるに違いない。


(それにしても、女の子の手料理って初めて食べたな……なんだか照れくさいというか、緊張するというか……しかも)


「ジトー……」


 と、何が楽しいのかティオはずっと、アッシュが食事しているところを見てくるのだ。

 彼女のその行為が余計に彼を緊張させる。


「…………」


「…………」


 続く無言。

 先ほどはこの沈黙を打ち破るために、頑張って言葉を発したわけだが結局これである。


 沈黙が気まずいというわけではない。

 というのも、この短期間にティオについてわかったことがあるからだ。


 それはティオが基本無口だと言う事。

 話しかけたりすると喋るが、基本はこうして黙って見つめてくる。

 故に会話が続かない気まずさは無いのだが。


(ずっと見つめられてると緊張するんだよな……料理も美味しいのはわかるんだけど、途中から味わからなくなってきたし)


 よし、何かしゃべろう。

 女の子と喋るのも緊張するが、じっと食事風景を見つめられているよりは緊張しない。

 アッシュはそう判断し、ティオへと言う。


「あのさ、ティオ。いくつか聞きたい事があるんだけど、いいかな?」


「私がここに居るのに、姉さんが居ない理由ですか? あれは学校に行っています。私は優秀なので、学校に行く必要性を感じないので……まぁ、いわゆるサボりというやつです」


 と、聞く前から話し出すティオ。

 アッシュが聞きたい事とは違う内容だが、彼女の姉に関しても大切な事には違いない。

 よって、彼がそのまま聞きに徹していると、彼女は続けて言ってくる。


「ちなみに、あれの名前はエリスです。年齢は私の一個上の十六……趣味は隠れてエロ本を収集すること。好きな事は人から虐められることですかね……貶すと喜びますよ、アッシュさんも試してみては?」


「い、いや……よしておくよ」


 ヘビーな事を聞いてしまった。

 あの強気そうな少女――エロス……ではなく、エリスはエロ本が好きなドМのようだ。

 人の内面はそう簡単に判断できないものだ。


「と、ところでさティオって――」


「フリーですよ。処女です……率直に言って、私はアッシュさんに好感を持っているので、アッシュさんならいいかな、とも思っています」


 と、無表情で言ってくるティオ。


(まぁ冗談だろうけど、ティオってかなり変わってるみたいだな。なんというか、ずれているというか……まぁ友達とバカ話してるみたいで、楽しいからいいけど)


 アッシュがそんな事を考え、「あははは……」と苦笑いしていると。


「それでアッシュさん……本当に聞きたい事はなんですか?」


 と、ようやく話の主導権を渡す気になってくれたに違いないティオ。

 ここはその好意に甘えさせてもらうとしよう。


「じゃあいくつか聞かせてもらうけど、最初に一つ――この世界でこれはなんて呼ばれてるの?」


 と、アッシュが開いて見せたのはメニューウィンドウである。

 この世界はゲームに似ているが、ゲームではない。そうである以上『メニューウィンドウ』などと、ゲームライクな呼び方はしないのが当然だ。


 今後、メニューウィンドウのこの世界での正式名を聞いておかなければ、この世界でのコミュニケーションに支障が出る。

 アッシュはそう考え、先の質問をしたのだが。


「これ?」


 と、怪訝な様子のティオ。

 彼女はひょこりと首を傾げて言ってくる。


「これとはどれですか?」


「え、いや……今俺の目の前にメニューウィンドウの事だけど」


「?」


「ひょっとして、見えてない?」


「よくわかりませんが……アッシュさんの目の前に何かあるんですか? 私に見えないけど、アッシュさんに見える何かが」


「本当に見えて、ない? じゃ、じゃあレベル!? ティオのレベルはいくつなんだ?」


 ティオにステータスウィンドウは見えていない。

 ならば、次の質問の答えによって確信できる事がある。

 アッシュがそんな事を考え、ティオの答をまっていると。


「レベル……私のレベル、ですか? 程度とかそういう話ですか?」


「っ!」


 決まりだ。

 ティオはメニューウィンドウどころか、レベルの事すら認識していない。


 つまり、この世界はゲームにそっくりだが、ゲーム的要素がないのだ。

 魔法もあるのだから、きっと剣技とかもあるに違いない。

 けれど、それはいわゆるゲーム的スキルではなく、魔法であり剣技なのだ。


 アッシュは改めて認識したのだった。

 この世界は現実――かなりファンタジックだが、本質は地球と何一つ変わらない世界。


(この世界でメニューウィンドウを開けたり、ゲーム的要素が使えるのは俺だけってことか)


 アッシュはこれまで、いわゆる異世界転移におけるチート能力は、スキル《変換》を使用したメニューウィンドウ操作だと考えていた。

 だが、それは大きな間違いだったのだ。


(メニューウィンドウを出せる事自体も充分チートだったんだ。荷物をメニューウィンドウに突っ込んだり、相手の強さをレベルという指数で見たり……メニューウィンドウを持っている俺だけしか出来ない)


 最初は最悪だと思ったが、アッシュは今ではこう考えていた。

 なかなかいい世界に転移したものだ。

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