第三話 魔法使いに聞いてみる

「……っ」


 目を開き、見えてくるのは見知らぬ天井。

 続いて周囲を見回すと、視界に入る見知らぬ部屋の風景。

 どうやら、どこかのベッドで眠っていたようである。


「…………」


 状況から考えるに、自分はあの盗賊達を倒した後意識を失ってしまったに違いない。

 と、アッシュは判断し、もう一つの事実も同時に理解する。


「やっぱり夢じゃない、か……」


 アッシュは今までこれほど長い夢は見たことがない。

 これほどリアルな夢も見たことがない。


 判断材料はいくらでもある。


「まぁ別にいいか……日本での生活に未練なんかない。それに最初はクソだと思っていたけど、今の俺のアバター……っていうのは不適切か」


 アッシュはそこで布団から片手を出し、それを顔のままに掲げる。


「この体、最初はクソステータスかと思ったけど、思ったより悪くない。というより、スキル《変換》を使ったあの技はチートに近い様に感じた」


 アッシュはまだスキル『変換』による技――ステータス改変を使ったのは一回だけである。しかし、ゲーマーとしての直感が告げているのだ。


「あれには無限の可能性を感じる」


 ステータスのパラメーター部分を弄る事は出来た。

 スキルを自由に追加することは出来た。


 では例えば、性別を変えたら?

 名前を変えたら?

 ジョブを人間でありえない……例えばスライムとかに変えたら?


「ふ、ふふふ……」


 ゲーマーとしての腕がなるとはこのことだ。

 と、アッシュが一人で明るく楽しい未来について、考え始めたその時――。


「ジトー」


 そんな視線を感じた。

 それもものすごく至近距離から。


「…………」


 アッシュはなんだかものすごく嫌な予感を抱き、ぎぎっと首を回すと。


 そこにはドン引きした表情で、アッシュを見る大きい魔法使い帽子を被った少女――アッシュが盗賊から助けた二人の少女。その内の一人がそこにいた。


(や、やばい。一人で喋りまくっての全部聞かれた!?)


 アッシュはゲーマー兼バイト戦士。

 更に言うならば、彼女いない歴=年齢。

 更に更に言うならば、女性とあまり話した事ない歴=年齢。

 そんな男である。


(ど、どうする……こんな時いったいどうすればいい! このままじゃ、独り言が多い気持ち悪い奴だと思われる! ま、まぁ事実なんだけど……さすがに女の子からそんな風に思われたら――)


「起きたと思ったら一人でベラベラと……」


 と、気だるげな様子で喋る少女。

 彼女は続けて言ってくる。


「気持ち悪い奴ですね……ひきます」


「うん……率直すぎるだろ! なんだよ、お前! もう少しオブラートに包めよ!」


 …………。

 ………………。

 ……………………。


 アッシュが少女につっこみをいれ、彼女と『オブラートに包む大切さ』について話して数分後。

 彼の女の子にキモイ云々といった心配事は、すっかり消え失せていた。

 なぜならば。


「なるほど、理解しました。お前は自分の考えをまとめる時、一人でボソボソする癖があると……やっぱり気持ち悪いですね」


 この様に、少女があまりにもずばずば言ってくるせいで、瞬時に耐性が出来てしまったからである。


(まぁ、高校の同級生だった女子みたいに、陰でグジグジ言ってくるより、大分いいか。ここまで正面から言われると、気分の悪さはまったく感じないな。なんていうか、ある意味正直で正々堂々っていうか、そんな感じがする)


 と、そこでアッシュは目の前の気だるげな少女と、大事なやり取りをしていなかった事に気が付く。


「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前はさと……アッシュだ。お前の名前は?」


「さとアッシュさんですか……変わった名前ですね。変態らしくていいと思います」


 と、アッシュの名前を間違えて言ってくる少女。

 絶対にわざとやっている。などと、アッシュはそう思っている間にも、彼女は続けて言ってくる。


「私の名前はティオです。どうぞ、奴隷がご主人様を呼ぶときの様に、気軽にティオ様と呼んでください」


「いやそれ、絶対に気軽じゃないだろ。すっごい重いだろ」


「では、女王様と――」


「余計に酷いよ!」


 すでにアッシュの中で、少女の印象は決まった。

それは話しやすく、ものすご正直だがかなり変わった少女というものだ。


「アッシュさん……私もそういえば、アッシュさんに言うのを忘れていた事があります」


 と、これまでベッドの横にしゃがんでいたティオ。

 彼女はその場で立ち上がると、深々と頭を下げながら言ってくるのだった。


「この度は、私と姉さんを助けてくれてありがとうございます……この御恩は絶対に返します……例えどんなことをしてでも」


 ティオは確かに変わっているが、きっととてもいい奴に違いない。

 そうでなければ、こんな素直にお礼を――。


「アッシュさん……今、エロイこと考えましたね?」


 と、ジト目とニヤニヤ笑いを両立させてくるティオ。

 前言撤回である。

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