第二話 世界最強になってみる

「うわぁ~……」


 現在、アッシュは女性の悲鳴が聞こえて来た付近――その林に身を潜めてそれを窺っていた。

それとはすなわち。


「あぁ? ここは俺達の土地なんだよ! 通りたかったら通行料払えや! っていうか? もうお前ら勝手に土地に入ってるわけだし? 貰うもんもらわねぇとなぁ」


「はぁ? バカじゃないのあんた達? 誰がここがあんた達の土地って決めたのよ! ここは誰の土地でもないんだからね!」


 前者はザ・盗賊といった格好をした者達。

 後者はザ・学生といった格好したとても気の強そうな少女。


 そんな複数人対一の言い合いというか、揉め事の現場である。


(ゲーム感覚で、悲鳴が聞こえたから来てみたけど……正直、失敗したかもしれない。俺は所詮平和な国に住まう日本人だし……あんな柄悪い奴ら、正直怖い)


 と、アッシュは内心でそんな事を考えつつ後者の少女に視線を移す。


 日本でいう学生服の上から、黒いローブを大分崩して来ている赤髪ポニーテールの少女。手に持っている大きな杖から見るに、どう考えても魔法使いに違いない。


 さて、ここで気になるのは、彼女が悲鳴を上げるような性格に見えない事だ。

 先ほどの言い合いから考えるに、彼女の気はとんでもなく強い。

 であるならば。


 そこまで考えたその時。

 アッシュは魔法使いの少女の背に、もう一人隠れている事に気が付く。


(あぁ……悲鳴をあげたのはあの子っぽいな)


 その少女はだいたい魔法使いの少女と、同じ格好をしていた。

 違うところを上げるならば――その少女はローブをきっちり着ており、ザ・魔法使いといった帽子を被っている。更に髪型もミディアムショートであり、表情もどことなくジトっとやる気なさげだ。


(今だってなんだか、すごいジトっとした瞳でこっちを見てきて――)


 …………。

 ………………。

 ……………………。


(あれ、俺がここにいるの……あの子にばれてない? 絶対にばれてるよな)


 先ほどの少しの沈黙の間も、少女は露骨にアッシュの方へと視線を向けてきていた――まるで『情けないですね……早く助けに出てきてください』とでも言いたげに。


(いや、無理だろ! 俺はただのバイト戦士だぞ? あんな柄の悪い奴らに勝てるわけがない! しかもあいつら、腰に剣とかナイフついてるし!)


 アッシュがここですべきことは、助けを求めてここから逃げる――否、戦略的撤退をすることである。

 ここでアッシュが悪戯に出て行けば、より場が混乱してしまう。そうなれば、逆上した男達が少女を傷つける可能性もあるのだ。


 判断は間違っていない。

 アッシュは早々にこの場から立ち去るべ――。


「イヤ、放して! 放しなさいよ、この変態!」


 と、聞こえて来た声。

 アッシュは咄嗟にそちらを振り返り、強気そう少女の表情が崩れるのを見てしまい。


「あーもう、こんなの見てられるか!」


 絶対にやめた方がいい。

 アッシュはそんな自らの冷静な判断を振り切り、林から飛び出すと。


「ま、待てーい! そ、その子たちから離れろ! 暴力はよくないぞお前ら!」


「あ? なんだお前?」


 と、先ほどまで少女の手を掴んでいた男はその手を放す。そして、彼はアッシュに続けて言ってくる。


「ぶるぶる震えてだせぇ名乗りあげてなんだ? なんだよ、おい?」


「え、嫌だから……暴力はですね――」


「あぁ!?」


 アッシュはその瞬間、思った。


 あ、これダメなやつだ。


 アッシュはバカみたいな正義感で飛び出してきた事を、全力で後悔するがもう遅い。

 男はアッシュの方へ近づいて来ると、腰から剣を引き抜いて言ってくる。


「てめぇ死ぬか? 俺はなぁ、おい。俺は女と遊んでるのを邪魔されるのがなぁ……何よりも嫌いなんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 振り下ろされる剣。

 それは数秒と経たず、アッシュの命を断ち切るに違いない。

 しかし。


「なん、だと!?」


 聞こえてくる男の声。

 アッシュはその声に反応し、いつの間にやら閉じていた瞳を開いてみると。


「え?」


 なんと、アッシュに振り下ろされた剣は、彼の肩でぴったりと静止していた――否、厳密にいうならば、男が全力で剣を押し込もうとするが、それができずプルプル震えている状態だ。


「そ、そうか……そうだ」


 アッシュの体はステ振りミスしたことにより、通常ではありえないほどに硬くなっているのだ。

 つまり。


 この体は誰にも壊せない。


 とはいえ、危機が去ったわけではない。

 いくら体が壊れなくても、殺す方法などいくらでも思いつく。


(例えば状態異常にさせられたら終わりだ)


 ならば、相手がその事に気がつく前に倒すしかない。

 当然恐怖はまだあり、今すぐにでも逃げ出したいのがアッシュの本音ではある。

 しかし。


 アッシュだって一応は男である。

 最初は助けに入る事をビビっていたが、こうなった以上はやるしかない。

 この状況で少女二人を見捨てれば、アッシュは確実に一生後悔する。


「倒してやる……まだ試してないけど、最強の矛を見せてやるよ」

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