第一話 色々と試してみる②
「…………」
あれから数時間後。
現在、アッシュは猛烈な空腹に襲われていた。
「はは……夢なのにどうして、こんなに腹が減るんだ?」
そういえばこの世界に来る前は、ゲームを廃プレイしていたから、ご飯を抜きにしていた。
などと、アッシュはそんな事を考えて思わず笑ってしまう。
「この世界に来る前って……何言ってんだよ、俺」
それではまるで、この世界が異世界であると……夢ではないと認めてしまっているみたいである。
この世界はアッシュが見ている夢であり、この空腹も錯覚に違いないのだ。
「…………」
とはいえ、酷い空腹が続くのは夢でも不快なものである。
「何かしているうちに目が覚めるかもしれないし、とりあえず食料でも探してみるかな」
アッシュは食料を確保するため、夢から覚めるため。
ゆっくりと歩きだすのだった。
●●●
アッシュには誤算があった。
一つ目は言うに及ばず、結局夢から覚めなかったこと。
二つ目は食料がまるで見つからなかった事。
そして三つ目は――。
「動いたら喉が……最後に飲み物飲んだのはいつだ?」
この世界に来る前、ゲームをプレイし始めるさらに前だ――画面に向かう前に、一口だけペットボトルからコーラを飲んだ覚えがある。
つまり。
「十時間くらい前か、よく喉が渇かなかったな俺。というより、ゲームに夢中すぎて喉の渇きに気が付かなかった……そういった方が正しいか」
いずれにしろこのままではまずい。
現状、空腹はともかく喉の渇きが深刻だ。
「っ……」
しかし、水らしきものは周囲には存在していない。
そして、水を意識すればするほどに乾いていく喉。
「このままじゃ少しまずいか? いや……ゆ、夢なんだからマズいもクソもないか。仮にこのまま死んだとしても、きっと日本で目を覚ますだけだ」
それだけのこと。
「…………」
でも、もし。
もしも、これが夢ではなく。
本当に異世界転移してやってきた現実なら。
「ここで死んだら……死ぬ」
なんてことはないただの仮定。
けれど、アッシュがそれを口にした途端、どうしようもない恐怖が彼を襲ってくる。
「っ!」
そこからのアッシュは必死だった。
もはやなりふり構っていられない……優雅に食料を探していれば死ぬかもしれないのだから。
「はっ! はっ……!」
アッシュは走る。
全力で、息の続く限り走る。
走っても意味はない、それで食料が見つかったりはしない――むしろ、走れば余計に喉も乾くし腹も減る。見つかるものも見つからない……そうわかっていても足は止められない。
走って気を紛らわせている。
パニックに陥っている。
正常な判断ができていない。
アッシュは冷静な部分でそう判断は出来るが、その事を体に命令出来ない。
日本で普通に暮らしている限り、絶対に経験しない飢えによる死。
それを身近に感じてしまった事による恐――。
「っ……うわっ!?」
と、ふいに訪れる浮遊感。
自分は転んだのだ。
アッシュがそう気が付いたのは、体が完全に倒れてからだった。
「…………」
痛い。
膝からは確実に血が出ている。
アッシュはそんな事を考えながら、ようやくと言っていいほど理解する。
「これは夢じゃ……ない。これは――」
現実だ。
つまり、ここで死んだら死ぬ。
「っ……!」
アッシュの脳は再びパニックに陥りそうになる。
けれど、彼はそれを全力で抑え込む。
「落ち着け! この際どうして異世界に来たとかはどうでもいい。要するに喉の渇きと飢えをどうにかすれば、この危機は抜けられるんだ!」
周囲には水も食力もない。
通常なら詰みだ。
「考えろ! ここはゲームによく似た異世界だ! 日本ではありえない食料の手に入れ方がある……絶対にあるはずだ!」
ゲーマーとは考える生き物だ。
手札を確認し、その最高の使い方を模索する生き物。
であるならば、アッシュの現在の手札とは。
「スキル『変換』」
これでどうにかしなければならない。
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