第一話 色々と試してみる
現在、アッシュはメニューウィンドウの地図を使って確認した近場の街に向け、歩みを進めていた。
「ゲームそっくりという事だし、自分の位置さえわかれば街までは迷わず行けると思うけど……問題は他にあるんだよな」
一つはモンスターの存在だ。
当然、アッシュはモンスターと戦った事などない。
それどころか、人間と喧嘩したことすらない。
「……い、いや。そうだ! まだこれ、夢かもしれないわけだし! そんなに重く考える事ないだろ! モンスターに負けたら、ショックで目が覚めるかも――」
ガサっ。
「っ!?」
アッシュがふいに聞こえてきた音の方を振り向いたその時だった。
草むらの中から、そいつが飛び出してきたのは。
「こ、こいつは!」
にゅるんとしたゼリーの様なボディー。
青く透き通っているが、体内に一か所コアの様なものがあるその姿。
「す、スライム……だと!?」
アッシュが恐れていた事が本当になってしまったのだ。
だがしかし、まだ慌てる時間ではない。
「こ、これは現実じゃない、夢だ! 異世界転移ものの夢なら、あんなモンスターなんて楽に倒せるはずだ!」
アッシュは周囲に落ちていた太めの木の棒を拾い、スライムへと向け。
「来い!」
勢いよく言い放つのだった。
●●●
「ぐふぅ……」
現在、アッシュは地面の美味しさを味わっていた。
太陽の暖かさを吸収し、大自然の臭いを宿したそれは素晴らしかった。
ではなく。
「スライム、勝てはしたけど……なんだよ、これ。どうしてこんなに苦戦するんだよ」
スライムといえば低級モンスターもいいところ。
ゲームならば、初心者でも一分以内に確実に倒せるしろものだ。
にもかかわらず、アッシュはスライムを倒すのに十分近くかかった。
「息が上がっているのは俺自身の体力がないからだとして、スライムにダメージを与えられなかった理由は一つしか考えられない……ステータスが反映されているんだ」
口に出してみると当たり前のことだ。
しかし、アッシュはどこかでこう思っていたのである――これは夢だ。だから、ステータスがどんなに酷くても、いざとなれば自分は無双できると。
だが。
「そんなに甘くないってわけか、どれだけリアルな夢なんだよ」
アッシュのステータスはいわゆるタンク型。
アタッカー職業である剣聖だが、攻撃面を完全無視したネタビルドである。
スキル取得分の振り分けも全て消費して、防御系ステに振り分けた――余ったポイントでどうでもいいスキルを取得したが。
「……バカ野郎」
アッシュは改めてがっくりした。
「どうして変なステ振りしてるんだよ! レベル100なのに攻撃力1って……あのゲームだったら、スタート時のキャラクターの1/10だぞ!?」
しかも、レベル100故にこれ以上の成長はない。
発狂するレベルで終っている。
「……これ、本当に夢だよな」
夢に決まっている。
ゲームをやって異世界転移とか、ある意味夢のような事態が起こるはずがない。
しかも、こんな最悪な形でそれが実現するはずがない。
「そうだ、こんなのおかしい……他の異世界転移ものの主人公って、だいたい異世界転移したら無双してるし、俺だけ、こんな……だから夢だ」
夢に決まっている。
そうに違いない。
アッシュは木によりかかりながら、何度も同じことを呟く。
何度も何度も。
「……現実なんかじゃ、ない」
けれど、アッシュのお腹はまるで彼の言葉を否定するように、空腹を訴えてくるのであった。
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