第6話


轟轟と燃え盛る牧場の中で


逃げることも、生きることも、考える事すら放棄した人間たちは、ただただ光の無い瞳で燃え盛る業火が迫り来るのを、そっと待つように座り込んでいた。

こんな危機的状況にも拘らず、お前たちはなぜ逃げないのかと責めることはできない。こいつらは生まれた時から生存本能と危機的回避能力が弱いのだ。


「あやかし」が、「人」をたべやすいように、その為に創られた存在


人が食すために豚や牛を殺めるように、妖も人を食すために育てては殺める。


平和的に創られた人間牧場。腹を満たす。ただそれだけに生まれて死ぬ食料


ここで火に焼かれて死ぬのと、生きたまま喰われるのは……


どちらが奴らにとって幸せだったのだろう。




「この豚の角煮美味しーッ」


にっこりと頬張りながら味を絶賛すると、ソノは「お粗末様です」と微笑んだ。

遠い昔のおばあちゃんが作ってくれた豚の角煮よりはるかに美味しい。


「あ、今日はおひるごはんいりません」

「下町にいくのですね」

「そうです」


此処での暮らしに少し慣れてきたころ、咲楽によく遊びに行くとお友達が増えた。

座敷童の夕顔ちゃんだ。


色白で黒髪艶やかで市松人形のように小さいのだ。


「何をするの」


食事を終えた双子が首を傾げた。

今日はゆったりすると決めたのか、食事後もゆったりとしている。


「座敷童の夕顔ちゃんに刺繍のやり方を教わりにいくの。まあ、まだ見てるだけなんだけどね」

「へえ、刺繍なんてつまらないだけなのに変わってるー」


二人は日常的にやっているのか、それをつまらないものという評価をしているようだ。

ソノはおかわりのお茶をくみながらそんな二人を嗜め、それに、と続けた。


「お勉強のようにやるからつまらないのであって、案外誰かと一緒にやると楽しいかもしれませんよ。一緒にいってきてはどう?」

「えー」


二人は外に出てまでやりたくないとぶうぶう文句垂れていたけれど、ここにいても相手できませんよと言われ、ため息を吐いてこちらを見た。

この流れはもしかしなくとも私のほうに着いて来るという……ことだよね


「ついていっていい?」

「た、たぶん」


食後もゆったりとすごし、玄関へと向かう。


「どうせなら私八咫烏に乗ってみたいわ」

「そうね、あんまり乗る機会ないものね」

「へえ、乗ることないんだ。それならせっかくだし鳥居までいこっか」


行くとなったらノリノリになったのか、やや駆け足で楽しそうにじゃれながら扉までいく二人。

扉を開けようと手を伸ばした瞬間、がららと扉が開かれる。


推定(まだ見分けついていない)牡丹がきょっとんと驚いていると、扉の前の人物が低い声で挨拶をした。


「失礼、お邪魔してしまいましたか」


厚底靴を履いている牡丹よりも少し背が低いその男性は、小柄ながらも筋肉隆々なのが遠目からも見て分かる。愛想はないが、怖いという印象は受けられず、真面目な軍人タイプと言う言葉が似合いそうな人だった。


「いえ……。人がここにくるのは初めてで少し驚いてしまいましたわ」


驚きのあまり、お嬢様モードに入っている牡丹。もしかしたら素がお上品な方なのかもしれない。

芍薬も牡丹の横に立つと、にこりと微笑んだ。


「どうぞ中へ。女将にご用事でしょうか」

「はい、こんな早朝にご迷惑かとも思いましたが、早い方がいいだろうと」


「あら、一之進殿。いかがなされました」



従業員を呼ぼうとしていたが、それよりも早くソノが現れ「一之進」と呼んだ人物の元に駆け付けた。彼は頭を軽く下げ、ソノに手土産を渡し挨拶をする。

二人は古くからの知り合いなのか、懐かしそうに談笑を交わすと本題に入った。


「小鉄という少年の情報ありがとうございました。主様も感謝の言葉を述べていました、またよろしくと」

「悪い子ではなさそうでしたけどね。外出許可書は貰っていないだろうと思っていましたが、些事ですがお伝えしておいてよかったです」


外出許可書?

って何? と斜め後ろで双子に絡まれない様に存在を薄くしていたガルーに訊ねると、彼は小さい声で答えた。


「それぞれの町から出るときは、領主に許可書がいるんだ」

「え、そうなんだ。いままでやったことないけど」

「遊び行く程度ならいい、長期不在予定の場合のみだ」

「ああね」


住民票みたいなものなのね。たぶんだけど。


此方の話が聞こえていたのか、男がこちらをちらりと見ながら言った。


「昔、人が妖怪に食われるという事件が日常のようにあったのですよ」

「え、こわ……」

「それゆえに、理由がわからぬまま急に人が行方不明になれば、妖との間の確執が生まれるかもしれません。むやみに争いが生まれぬよう、人間の町はとくに厳しく管理するのです」


自分の意思でどこかに行くのと、町から突然いなくなるのでは重さが違う。と


「そ、そうなんですね」


丁寧なのだが、堅苦しい空気がなんか苦手だ。

昔の校長先生を思い出す。


「お疲れでしょう。よろしければお茶でも」

「いえ、このあとも仕事がありますのでお気持ちだけで」


では、と歩いていく彼の背を私たちは見送った

双子はソノの周りにまとわりつきながら彼を遠目で伺う。


「なんかおっかたーいって感じだね」

「お母様知り合いなの?」

「ええ、将軍様の補佐官様よ」

「うわ、偉い人だったの? 髪の色戻せばよかった」


髪を触りながら焦る二人にソノは笑った。


「大丈夫、あの人はそういうことは気にしない人だから」


そういっていただいた手荷物を持って歩いていった。

本当に忙しそうな人だ。


「へー」

「まあいいや、いこう」


ソノが居無くなった途端、話に興味を失せた二人に急かされ、八咫烏のいる鳥居までルンルンで向かうと先ほど出会った一之進が腕を組んで鳥居を見上げていた。


「どうしました?」


芍薬が声をかけると、彼は振り返り鳥居に目を向けた。


「八咫烏に乗ってきたのですが、こちらの八咫烏と少しばかり酒を飲んできますと書置きがありまして」

「本当だ、誰もいない」

(烏って字かけるんだ)


いつもはかあかあと五月蠅いぐらいなのに、鳥居にいるのは小さな雀だけで黒い色が一つもない。


「あ、それなら」


二人が一気に龍の姿に代わる


「送っていきますよ。お急ぎでしょうし、ひとっとびでいけますからご遠慮せず」

「……」

突如姿が変わった二人をみて彼は驚いた顔をしていた。


「驚いたな、龍を初めて見ましたが……こんなにも美しいものだったんですね」


ということばに二人の動きが固まった。

こんなにドストレートに褒められたのは初めてなのだろう、逆に困惑しているのが手に取るようにわかる。褒められ慣れているような気が勝手にしていたのでちょっと意外だ。


「しかし、龍とはいえ淑女に男が跨るのは礼儀に反するので結構です」


「……だってさ」

「俺は気にしない」


できるだけ楽に生きたいというガルーにわかると同意する。


「いやでも」

「お気持ちだけで結構です。ああほら」


ばさばさと聞こえると思ったら烏が戻ってきた。


ちょっとお酒飲んだのかふらついている。本当に自由だなココの烏さんたち……。

何言ってるか理解はできないがご機嫌に歌まで歌っている。


「もどってきたので、大丈夫です」

「それならよかったですわ」


二人は龍から人の姿に戻った。

彼はじいっと二人を見ると、申し訳ないと頭を下げる。


「自己紹介を忘れるところでしたね。俺は一之進。人将軍の補佐官をしております」

「私は芍薬で、妹の牡丹です」

「あちらは胤継ぎのユズノと護衛のガルーですわ」


どうもと頭を下げると、噂のと小さく呟く。どうやらこの世界で胤継ぎの名は知れ渡っているらしい。何とも嫌な有名人になってしまったものだ。


しかし子どもを産むってだけでそんなすごい国中に広がるほど噂になるという、胤継ぎという存在は私が思っている以上に何かすごいのか。それとも龍がそれほど子孫を残すのが難しいかのどちらか……だけども、こうして龍帝の子どもが目の前にいる光景を見てると、私はもういらなくない? とも思う。


彼は烏に乗り、頭を下げると帰っていった。


その背を見送りながら、双子はぽつりと言う。


「人間って、一番つまんない種族ね」

「壁がすごいわよね。お母様もそうだけど」


二人はくるりとこちらをみた。


「ひっ」


突然二人に襲い掛かられたかと思うと、そっくりの顔が目の前でにんまりとわらっていた。


「みんなユズノみたいにわかりやすかったらいいのにー」

「ねー。顔に出ておもしろーい」

「ええええぇえ」


私からしたら二人のほうが分からない。

烏に話を付けたガルーがやってきて、乗るぞと言った瞬間二人はそっちにとびついていた。





「下町久しぶりだー」


二人は腕をのびーっとのばしながら町を見渡す。


「いつぶりかしら」

「んー……三年?」


全然変わらないといいながらルンルンで歩く二人、後ろを見れば酔っ払い烏が寝ころんでダウンしている。

この烏も送迎だけであんなにもスピードを出すよう指示されると思っていなかっただろうに。南無。


そして貰い事故で、私も乗り物酔いがヤバい。


「ちょっと、ユズノ。どこなの夕顔ちゃんの家」

「ねえ早く案内してよ」

「チョッチマッテクダシ……オエ」


吐く。


猛スピードの上に、空中回転まで追加で体験するはめになるとは

横で呻いている烏もツラレおろろをしている、ごめんね。


「しょうがねえな」


頭上から聞こえる声。

身体がふわっと持ち上がったと思ったら、ガルーがお姫様だっこしていた。


意外! 


「あ、ありがと」

「お前のためじゃない」


ふん、と鼻を鳴らす。

うふふ、ツンデレさんだな~なんておもっていると


「あ、大丈夫そうね。駄目なら待とうと思ってたのに」

「ガルーに何かさせようと思ってたのにね」


心なしか耳としっぽが下がっているように見えるガルー

本当に私のためじゃなかった。


恋愛脳にすらなれないのは胤継ぎのせい? それとも私の恋愛運が皆無なせい?

しばらく歩いていくと、大きなお屋敷が見えた。


大きな柿の木があるそこはたった一人しか住んでいない。


扉を叩き、声をかけると「はあい」と元気な声が奥から聞こえ、と手と手と可愛らしい足音を響かせて玄関を開けた。

ぱちくりちいさくまあるい、黒曜石のように芯のある綺麗な瞳。シラユキのように白い肌にチークを塗ったような綺麗な桃色のほっぺ。大きな花柄が目立つ着物をきちんと着こなし、この家の主夕顔が現れる。


「こんにちは、えっとこちらソノさんの娘さんたち」

「まあ! お姫様じゃあないですか、なにも面白いとこではないですが、どうぞお上がりくださいまし」


彼女はにっこりと微笑んで、いらっしゃいませと言って招き入れてくれた。

二人はおじゃましますと頭を下げて、いつの間にか持っていた手土産を彼女に渡していた。さすがソノさん……抜け目ない。


「では刺繍をはじめますが、お姫様方もお好きな布や糸でぜひやってくださいまし」

「ありがとう」

「でも見ていたい気分だから、見させていただくわね」


照れます~なんていいながら夕顔は刺繍を始めた。

最初のほうは無心で見ていた二人だったが、やはり飽きてきたのか眠たそうな顔でだらけはじめる。そんな二人を見て夕顔はぽつりと歌うように語りだす。


「むっかしむかしにあったそうな、ほんとのほんとにあったそな」

「?」


桜の花がひらひら流れるその場所で、綺麗な池があった


白い綺麗な蛇が水を飲んでいたら、空から星が落ちてきたんだとさ


蛇が驚いて池に落っこちて溺れていると、星が手を伸ばし蛇を救った


星が人の形をして、蛇に口づけを落とすと、蛇も人の姿になって


桜の花がひらひら流れるその場所で、二人は寄り添いあった


むっかしむかしにあったそうな、ほんとのほんとにあったそうな


「二人の間に生まれた子が龍となり、この地を治めたっていう昔話ですよ」

「へえ~」

「ふふ、その話が本当なら」

「私達の始祖は蛇と星ね」


二人はクスクス笑いながらご満悦の様だ。

対して柱にもたれていたガルーは腕を組んだまま爆睡しているようだった。


「せっかく聞いたから、その図でも縫いましょうか」

「そうね」


そう言って二人は刺繍セットに手を伸ばし、うきうきと刺繍を始めた。

夕顔が二人と同じものをこちらに渡してきて微笑んだ。


「今日はユズノちゃんもやりましょう」

「やったー」


指を何度も針で突き刺してしまったが、何かを集中してやるというのもたまには悪くない。そうやって時間を忘れて熱中していると烏の鳴き声が外で聞こえてきた。


はっと顔を上げると日はすっかり沈みかけていた。


「ああもうこんな時間ですか」


夕顔はそういって立ち上がり、庭へ続く戸を開けると、待ちくたびれた顔をした八咫烏がこちらを見て待っていた。


「そろそろ帰らなきゃ」


双子もそっと刺繍を置いて立ちあがる。


「長々とお邪魔してごめんなさいね」

「ユズノ、私達宮に帰るからお母様に宜しく」


庭に出ると即座に龍の姿に代わり飛んでいった。


その風圧に負けてひっくりかえる烏。


「ガルー起きて~」

「ん? 終わったのか」

「護衛なのに爆睡してていいの」

「平和でいいな」

「そうだね?」


気の抜けたやりとりをしていると、夕顔が履物を持ってきてくれた。


「お二人履物をお忘れになったみたいなので、お持ち帰りになってくださいまし、旅館のほうが安心でしょう」

「ありがとう~」


烏にまたがると、世界が浮き上がる。


夕顔ちゃんがにっこりと手を振っているのがわかる。

ばいばいといいながら別れを告げ、咲楽の町を去った。




静かになった屋敷の中で、夕顔は戸を閉めて振り返る。


二人の姫様が残した刺繍を手に取った。

まだまだ途中だったが桃色が散られている。それでも基本ができておりとてもきれいなものだったが、それに対しユズノの刺繍はやり方をところどころ間違えており、何をつくろうとしているのはまだまだ分からない。

だが其れもまた微笑ましい。


「むっかしむかしにあったそな」


ほんとのほんとにあったそな


蛇と星の出会いは運命


でもそれはであってはいけないものだったそうな


大地に生きるものと星に生きるもの永遠に一緒にはいられない


「生まれたばかりの龍はひとりぼっち、愛を知らない。愛を知らないそうだ」


愛を知った龍は、きっと寂しかろう。

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