第5話


目が覚めたら、二日酔いの気分。……お酒飲んだことないけど。


くらくらとゆらめく脳内にちかちかときらめく小さな光の火花。どうにも止まらない酔いに体のだるさが続き、うんざりとした気持ちで沈んでいく。


真っ白のお布団はいつものお部屋のものだった。


欝々とした気持ちはあるモノの、どこかすっきりしたような気分でもあるという、なんともいえない不思議な感覚に嫌悪する。


突っ伏して倒れていると、すうと襖が開かれた。


「まだ眠っているなんて、だらしのない」


声のほうを見ればガルーが腕を組んで仁王立ちしていた。


「レディーの部屋にノックもせずに入るなんて失礼だよ~」


力なく非難すると、彼はフン、と鼻で笑った。

彼は許しもなくずかずかとこちらにくると、ころんと目の前にみかんをころがして、自分も近くに座る。


「喰え。何も食していないだろう」

「わー、やさしー」


棒読みでそういえば、少しばかりイラッとしたのか、彼はみかんにかぶりつき、皮だけを綺麗にむいたかと思えば、一房を掴んで人の口の中に勢いよく突っ込んだ。


「おげッ」


喉を衝かれて咽る。

すっぱいような甘いような味が口の中に広がり、喉がひりひりと追い打ちをかけられた。優しいんだが酷いんだか

恨めしそうに彼を見れば、どうだ、と言わんばかりの顔をしていた。


「わざわざ下町までいいものを買いに行ってやったんだ。全部喰え」


残りを手の中に落として、監視するようにじいと見つめてくる。

不器用な優しさに少しだけキュンと胸がときめいた。

それでもさっきのは少々赦し難いところがあるが……。


瑞々しい果実は美しい色合いと誘惑的な香りで早く食べろと誘ってくる。


一口改めて口に入れれば、もっともっとと脳が欲しがった。体に必要なものは本能的に欲するというが、あの話は本当かもしれない。


「おいしー」

「そうだろう」


少しだけ優しい顔で見つめてくるガルーにときめく。

最初会った時は少しぶっきらぼうで、クールな性格の持ち主かと思っていた。しかしこうして果物を持ってきてくれたり、そらみろといわんばかりのドヤ顔していたり


「ガルーって結構カワイイ性格してるね」

「あ?」


眉間に皺がこれでもかと言わんばかりに寄って、あ、よけいなことを言ったと慌てる。

弁解していると、誰かが部屋への入室許可を取ってきた。


「ど、どうぞ」


渡りに船と許可すると、美しい女性が二人部屋に入ってきた。


「あ、…………ソノさんの娘さん」

「芍薬と」

「牡丹よ」


ついうっかり名前をド忘れすると二人はポーズを付けながら名前を教えてくれた。

前回は和ゴスロリだったが、今回は大和撫子の落ち着いた服装になっている。

この人たちにも酷い目に合わされたが、ノリノリで動いたり笑ったり結構愉快な性格してるなとしみじみ思う。

両親はどちらも冷静沈着なタイプなのに、反面教師というやつなのだろうか


「えっと、何か御用ですか」

「というか貴女、もう正午だっていうのにまだ寝間着なの?」

「お母様がよく赦してくれているわね、時間に厳しいお人なのに」


二人はそういうとガルーの首根っこを掴んで歩き出した。


「じゃあ、玄関で待ってるから、早く着替えてきてね」

「え」


相手が権力者だからか、それとも唐突なことだったからか、ガルーはおとなしく引き摺られていく。玄関で待っている、とはなんだろう……そう思いながらも布団から出て、急いで支度を始めた。




玄関に着くと、二人の龍が首を長くして待っていた。


「ワンピースいいなあ、身軽で。柄も洋式で可愛いし」

「袖なしも着てみたいわよね、靴も歩きやすそう」


二人はひらひらとゆれるワンピースを見てしみじみと言った。お金ならあるだろうし好きなものを着ればいいのに、と思ったが。その口ぶりから『着たいが、着ることが許されていない』と言わんばかりだったので、ただ苦笑いで流した。


「あの、どこかへいくんですか」

「ええ、龍の霊脈へ」


そういって座っていた二人は立ち上がり、空へと飛んだ。

私達はその背にのって大地を見下ろせば、モンペを着て畑で作業をしているソノの姿が見えた。本当になんでもしているななんて思いながら、おーいと声をかけたが、風にかき消され高く舞い上がった。



どんどん高く高く高く高く上がっていく


「あの、風が強くて……死にそうなんですけど……ッ」


酸素が薄く、風も冷たく痛い。背後に座っていたガルーが守るように覆ってくれているが、それでもこれ以上は耐えられそうにないと直感する。


震えながらなんとか力を振り絞ると、二人は同時に「あ」と声をあげ、淡い光が体を包むとあんなに寒かったのに嘘のように消えた。


「ゴメンなさい、神通力使うの忘れてた」

「人間は弱いってこと、お母様といると忘れちゃうのよね」


龍の恩恵を受けているソノはこの程度なら大丈夫なのだと、二人は言った。

ガルーは平気だったのかと聞くと、寒いもんは寒い、と聞きたい答えではない返答が返って来たから、さほど辛くはなかったのだろう。


人間が少ないだけあって、この世界は生きづらい。


さらに高く上り、雲を抜けた先に小さな島が見えた。


「らッ」


ピュタ。と口にしそうになったとき、急に高度を上げたせいで舌を噛んだ。

痛みに震えている間にその島に降り立つ。


どれもこれも大きな樹木が多い茂り、どこから湧いているか分からない滝が轟轟と流れている、大きな岩に生えた苔が長い年月を物語る。森の奥は光が届かないほど暗く、深く先が見えない。


二人の龍は人の姿になると、先ほどの態度とは違う事に気が付く。

いつもは桃色が交わった髪色なのに、今は漆黒一色だ。


すぅっと大きく息を吸い


「おじいちゃまあーッ」

「おばあちゃまあーッ」


と叫んだ。

あまりの大きな声に耳が破裂するかと思った。そうならなかったのはガルーが耳を塞いでいたのを真似したからだ。無意識にマネしてよかった……というか教えてよ!!!


ごごごごと地鳴りがしたかと思うと、森の奥から何かが飛び出してきた。


「ほぎゃあああ」


あまりの恐ろしさに悲鳴を上げて後ろに転げそうになったが、ガルーに支えられふんばる。

目を上げれば大きな龍がこちらを見下ろしている。

あの時見た空を覆う程の龍よりは小さいが、それでも双子よりは断然大きい。


「おじいちゃま、おばあちゃま、お久しぶりでございます」


二人は同時に深々と頭を下げると、龍がこちらに顔を近寄せた。

喰われるのかと一瞬身構えたが、二つの龍が人の姿に代わり、とても厳しそうな老夫婦がそこに現れる。


「久しいな、芍薬、牡丹」

「あら、白百合はどうしたのです」

「妹は少し体調を崩していて」

「そう、残念ね」


まだ言葉が続いていたが、それを切るように遮った。

老人は腕を組んで、ふうとため息を吐く。


「正統なる龍同士の因子では子が難しいとはわかっていても、こうも体が弱くては純血である意味がないな」

「稲姫も力も体力も強い方ではないし、仕方がないことですわ」


「……」

ちらり、と二人を見ればただただ目を伏して二人の言葉を待っている。

その様子はソノが帝にする行為に似ている。家族とはいえ序列がはっきりしているのだろう。

ソノがここにいないのは、「そういう」理由なのかもしれない。


「で、お前さんが『胤継ぎ』だったか」

「う」


急に話を振られて、言葉に詰まらせる。

ぎらぎらと光る老人の目が獲物を見定めるソレで身が縮こまる思いがして居心地が悪い。

連れてこられた理由は、この人たちに呼ばれたからなんだろうな。

なんて迷惑な話だ。


「ふん、胤継ぎが来ると分かっていたら、人間の女なぞ側妃に認めなかったというのに」

「むしろ天が呆れて贈り物をしてくれたのかもしれませんよ」


老女はこちらにゆっくりとやってくると、にっこりと微笑んで此方を見下す。

人間の姿でも見上げるほどあるソノ高さに委縮していると、彼女は身を屈めてこちらを凝視した。


「胤継ぎは何人産めるのかしら、少なくとも男児は三人は欲しいですわね。荒丸だけでなく、他の子の男児も頼めるかしら。龍の女子が少なくて困っているのよ」


うわ、クソクズじゃん。


という言葉が喉まででそうになったとき、大きな一陣の風が大地を震わせた。


「おわぅ」


「父上、母上」

「詩丸ではないか」


その姿が龍から人に代わると、すこし灰色がかった髪色の男性が現れた。くたびれ感じの頼りない笑みを浮かべながら現れたその人は二人に頭を軽く垂れると、ばつの悪そうな顔で笑う。


「黄の国の悪霊が最近になってざわついておりましたゆえ、地上にて何かあったのではないかと見に来たのですが……なるほど」


ちらりとこちらを見て微笑む。


「詩丸伯父さま、お久しぶりでございます」

「黄の国の防衛監視ご苦労様でございます」


「おう、元気だったかね」


二人の肩をばしばしと叩くが、二人は不動のまま機械のように定型文を返した。


「このまま荒丸のところへいくんだが、せっかくだし、一緒に行こうじゃないか」


二人にそういって、老夫婦の方を振り返る。


「せっかく来たところですが、お暇させていただきます。帝様に黄の国の事を報告しなければいけないので」

「そうだな」

「荒丸さんにもよろしくつたえてちょうだい」



はい、と彼はいうと大きな龍になって飛び出す、そのままぐるりと一周すると私達を背に乗せて天高く昇った。

先ほどの老夫婦よりも大きいその龍の背中は堅く、鱗もつやつやとしている。


あっという間に龍の霊脈が遠く、豆よりも小さくなった時、二人は同時に立ち上がり、龍の頭のほうへ駆け出し飛びついた。


「おじさま~」

「助かった~」


さっきとは打って変わって違う態度に目をぱちくりしていると、ガルーが肩を叩いて首を横に振った。

庶民には分からない皇族の闇を見た気がする。


「もー。息がつまるったら……!」

「男児男児男児ってうるさーい!」


愚痴る二人に頭を叩かれているのにハハハと笑って受け入れるおじさんは随分と優しいらしい。


「あのー、黄の国って?」

「んー、死後の世界への中間みたいな?」

「穢れが悪意となって形を成しているのを私たちは『悪霊』って呼んでるの」


穢れは世界各所にあり、悪霊が生者に害をなす為、監視守が絶対着く。

この国ではそれが帝の兄である詩丸が請け負っているらしい。


「帝さまのほうが弟なんだ」


嫡男制度じゃないんだな、と思っていると彼は苦笑いを漏らした。


「荒丸のほうが何もかも俺よりも上でなあ、神の時代にもっとも近いと言われているほどだ。頭もいいし度胸もある、あいつのほうが皆に推されるのも無理はない」


白い雲を突き抜けると、青い空が広がる。

霊脈よりは低いが、地上よりは遠い。


「大東宮に到着だ」


立派な建物が所狭しと立ち並び、整備された路すら芸術性を帯びていて美しい。

天狗のような何かが二人こちらにくると、頭を垂れた。


「龍の君とお見受けいたしますが、失礼ながら本日宮へのご用件はなんでしょう」

「帝に謁見したい」

「お取次ぎをいたします。あちらでお待ちください」


天狗の一人は去り、もう一人は広いスペースへと誘導してくれた。


一連の流れをテレビを見る感覚で流していたが、突如ハッとなる。

なんで私までここにきているのか


「あ、あの、私ここにいていいの?」

「え?」


双子が首をかしげた。


「貴女も側妃になるんでしょう?」

「お父様と一夜を共にしたって聞いたけど」

「へえ、あいつ人間嫌いだって言ってたけど、嫁をもらって変わったのかな」


「し、したけど、してないから!!」


日本語ってややこしいな。

慌てて否定していると、赤い門が開かれ、そこからぞろぞろと首を垂れた妖が現れた。


「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」

「それでは伯父様、またお会いいたしましょう」


急にスイッチが入ったのかのように切り替わると、二人は伯父に頭を下げて彼の後姿が見えなくなるまで停止していた。


「……」

「……あの」


ぱっと二人は頭を上げると、ガルーのほうをみた。


「よく考えたら、私達の宮にはあんた入れないわね」

「八咫烏呼びましょうか?」


「ありがたいのですが、珠母様よりこいッ……この方の護衛を任されております」


いまこいつって言おうとしたよね。


二人はそうか、お狐将軍の命か、と悩み。

ぶつぶつなにか言い合うと、手を叩いた。


「そうよね、側妃になると思うけど、儀を済ましてないし」

「白百合や稲姫様にあわせてあげようと思ったけど、また今度でいっか」


二人は龍の姿になると、乗ってといい空を飛んだ。


この国の最高権威の背中をこうもほいほい乗っていいものなのだろうか、今更そんな事を考えながらも、飛べないんだから仕方ないと思い開き直ることにした。




桜樫華に着いた。


モンペ姿も似合っているソノが泥だらけの手を叩いて払いながらこちらに寄ってくる。

龍の二人は人の姿になると、子犬のようにソノの飛びつく。


「おかーさまー」

「きいてよー」


「あらまあ、二人とも今日は幼子のように甘えたさんね。ということは霊脈へ行ってきたのね」


うん、と二人は同時に頷く。

いつものことなのだろう、だが慣れることは無い通常の行為。


やっぱり権力者って大変なんだな、とおもっているとソノと目が合う。


「どうでした」

「え、っと。もう、何がなにやらっていう……」

「ユズノさんもお疲れさまでした、さ、温泉で疲れでも流してきてくださいな」

「おかーさま」


二人はもじもじと恥ずかしそうにしながらソノを見る。


「今日、泊まっていってよろしいですか?」

「……」


ソノはきょとんとしたあと、にっこりと微笑んだ。


「いいですよ。みんなでごはんたべましょうね」


ワーイと二人は飛び跳ねてハイタッチをしてルンルンとスキップしながら旅館に向かう。

指をパチンと鳴らしたかと思うと、二人の髪色が同時に桃色が現れた。

あれは地毛ではなく、変えていたものなんだなと今更気づく。


「……龍の霊脈で見たのは、あの二人の祖父母だけですか」

「え? うん。あ、いや、おじさん? って人が来たけど」

「詩丸様が後からいらっしゃいました、黄の国が騒がしいと」


ガルーがそう続いて説明すれば、ソノは小さく「彼が……」とつぶやいた後、何かを思案するような顔を見せた後、戻りましょうかと言って歩き出した。


「それにしても龍にも故郷みたいなところがあるんですね」

「故郷、とは違いますね。霊脈はご隠居達が住まう離れみたいなものだと聞いています」


それで先ほど「他に誰かいたか」と聞いたのか。


「ユズノさん、知っていますか。黄の国への道はどこにでもあるそうですよ」

「へえ」

「でも、どこにあるのか誰も知らないそうです。まあ知る方法はあるそうですが」

「知る方法?」

「はい」


ソノはにっこりとわらった。



「死ねばいいんです」


突然言われて驚いて思わず立ち止まる。


「魂は全て黄の国へ還りますから。でももし生きてそこにいきたいのなら」

「いや全然行きたくないデス」

「龍に聞くと分かるそうですよ。その伯父様もそこからいらしたそうですから」

「いやだから全然行きたく……」


「胤継ぎは黄の国からやってきて、役目を終えるとまた還るという言い伝えがあるそうですよ」


前を歩くソノの顔は見えない。

どんな表情をしているのか分からない為、ブラックジョークなのか、本気で言っているのか、たんなる世間話程度なのか分からないが


「そこに帰る手かがりがある、ってこと?」


もしそうなら帰りたい。

胤継ぎの話がもっとあるならもっと探す必要がある。


「……さあ、今日はお疲れでしょう」



彼女は旅館の前で頭を垂れた。



「ごゆっくりと疲れを癒してくださいませ」



大事な大事なお客様。

そういって彼女は優しく微笑んだ。

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