第4話
彼はどうしても働きたいという熱意しか持っていないので、イノさんは心配でしょうがないらしい。
次の日の朝、わざわざ八百屋の前まで迎えに来てくれた八咫烏のお世話になって私は桜樫華にもどることになった。
「自分も、自分もお願いします!!」
「えええ~」
彼が近寄るだけで八咫烏は威嚇するように羽を広げる、そんな烏を見て指さした
「たぶん、いやだって言ってると思う」
そんなあといいながら崩れる彼だったが、倒れるだけかと思いきや陸上選手のスタート並みに綺麗なフォームを作り八咫烏の足にしがみついた。
かあかあと怒りながら足を振り回す烏だったが離れない粘り強さを見せる彼
なるほど、こうやってここまでやって来たのか。
ちょっとすごいとみなおしていると、イノがやれやれといいながらお店に入っていったかと思うと何かをもって出てきた。
小さな巾着、それを烏に投げると、三本のうちの一本でそれを受け取り、にぎにぎと確認したらスッと落ち着いた。小鉄と一緒にきょっとん、としているとおイノは苦笑いを浮かべながら理由を説明する。
「お駄賃だよ、誰だって無料奉仕はいやだろう」
「「ああ」」
なるほど、それで嫌がったのか、ということは私のぶんはソノさんが出してくれたのだろう。その発想はなかった。
「人間ってのは抜けてんねえ」
イノさんはそう言いながら、烏の足にしがみついたままの小鉄を掴んで背中まで放り投げた。
かあ、と烏が一鳴き。
私と彼を背中に乗せて空へ飛び立った。
そんな彼らを見送るイノシシ一家。
青い空の中飛んでいく烏を見上げながらイノはつぶやく。
八咫烏だって仕事で何かをのせて飛んでいるというのに、それが当たり前でそういう生物だと思っていたっていうのがなんとも失礼な話だ。
「人間は、妖よりも支配欲が強く、隷従を好む生物だ……っていってたけど、そうかもしれないねえ」
「だれがいってたのー?」
イノは苦笑いを浮かべた。
―――――
「女将さん」
名前を呼ばれて振り返れば、おたふく顔のお富さん
手には山盛りの手紙。
「各方面から手紙が来ておりますが、どこにおいておきましょう」
「執務室の机の横の籠に適当に入れておいてください」
「女将さん」
若い従業員がすぐに来てくれと言うので見に行けば、八咫烏が庭先に舞い降りてきた。
かあ、と不満げな声をあげるとぶるるると体を震わせ、背中に乗っていた二人を吹き飛ばす。
柚子乃がちょうどこちらに飛んできたので抱きとめる。
「おかえりなさい、どうでした?」
「あ、ソノさん、実は」
何かを伝えようとした瞬間、目の前に何かが飛び出した。
「東右町から来ました、小鉄です! 自分をここで働かせてください」
「……」
お願いしますと頭を下げる少年。
人間がこんなところまで五体満足でいるのは珍しい。
「えーっと、手紙出してたんだって」
「手紙……?」
「はい、ここで働かせてほしくて!」
ああ、と小さい声を漏らすと彼はずいっと一歩前に出て土下座した。
「お願いします、働かせてください、働きたいんです、ここで雇ってください」
「駄目です」
「そこをなんとか、働かせてください」
「いやです」
「働かせてください、お願いです、何でもします、何でもしますので!」
働きたい、働かせてくれ、とずっと繰り返す彼に、少し困惑した表情を見せる従業員たち、いまだかつて「人間」が一人でここまで来ることもなかったし、ましてやここで働きたいだなんていうものは今の今まで一人もいなかった。そんなこんなで仕事をする手を止めて何事かと見て居る様だ。
まあ、彼らはここ数年で人間に好意的ではある。
それでも
「あなたを雇う必要を感じません」
「そんなっ」
「まあお聞きなさい」
発情期の猫のようににゃあにゃあと喚くその口をそっと静止して、指をみっつ立てた。
「一つ、従業員の数は事足りている、二つ、人間がここで働くには危険が大きい、三つ、貴方を働かせる利点を感じない」
以上です、と理由を率直に言いながら微笑むと、真っ青な顔をしている二人。彼はともかく、なぜ柚子乃さんまで真っ青なのだろう
「ああ、柚子乃さんはお客様ですし、大丈夫ですからね、もう安全が約束されていますから」
「そ、そうですか」
彼は立ち上がると、拳をにぎりしめ叫んだ。
「それでも働きたいんです、故郷になにもできずに帰るわけにはいかないんだ」
「……」
頑なに働きたいという彼、その熱意は本物だし、どんな仕事もやるというのも本当だろう。だがその感情や熱意は彼が「底抜けにまっすぐ」だからこそ、ならばやはり彼はここに居ない方がいいだろう。
「では、貴方を雇う事により利点と、どうしてここで働きたいのかを言ってください」
「!」
好意的に受け取った彼の目がキラキラと朝日のように輝く。
若いのね、なんて思いながら微笑むと、彼は言葉を紡いだ。
「自分はどんな仕事もします! 嫌とは言いません、やりきります! 桜樫華は有名で、やりがいがある場所だと思ってます! 自分もこんなところでずっと働きたいと」
「はい、もういいです」
手を叩いて制止する。
「やっぱり、というか、若いですね」
「え?」
「私は『具体的な案』を聞いたのであって、貴方の『熱意』が聞きたいわけじゃないんですよ?」
そういえば、ハッとしたように彼は言い直す。
「えっと、力仕事ができます!」
「妖よりも?」
「ざ、雑用も全部やります」
「数は足りているので間に合っていますね」
「えっと、えっと」
もう言葉が尽きたのか、目をぐるぐると回しながら考えている。
可哀想ではあるが、彼にここは向いていない。
「故郷に帰るのが嫌なら、ここでないところで働いてはどうでしょう」
「え?」
「有名だから、という理由でここを選んだということは『ここでないとダメ』という話ではないでしょう?」
ただ聞いたことがあるから、というだけなら誰だって来る。
でもここじゃないといやだというわけではないなら、こちらも無理をしてまで雇ってやる必要はない。
幸い彼は「故郷を出て働きたいだけ」なのだから
「下町の咲楽の町で働くところを探しなさいな。駄目なら近隣の村でもいって、そこでずっと頑張っていれば、いつかあなたの名は故郷に伝わりますよ」
「そ、そうでしょうか」
「ええ、人間の町の子が自分の意思で働きに出るなんて、こんなすごいことは無いのですから」
絶望に落ち込んでいた彼の顔がぱああと明るくなっていく。
なんて心が見える子なんだろう、口が利けなくなっても会話ができそうなほど表情が分かりやすい。まるで朝顔のような子だなあなんておもっていると、彼に手を握られ、抱きしめられた。
「ありがとうございます! 自分がんばります!」
そういって全力で走り抜けていった彼の背中を見送る。
「なんとまあ風の様な子ですね」
今時珍しいまっすぐな子だ、きっと愛情をたっぷり注がれて育ったのだろう。そう思うと少しだけ笑みがこぼれた。
「あの、ソノさん?」
「変わった子もいたものですね、ああ、そうでした。柚子乃さんに紹介したい人が居るんですよ」
「紹介したい人?」
取り巻きの中からかき分けるようにしてこちらに現れたぶっきらぼうな顔の青年。
「あ!」
と柚子乃は声を上げた。
「珠母様からご紹介いただき、あなたを守ってくださることになりました」
「俺はガルー。好きに呼べ……面倒は嫌いだ」
ぶっきらぼうにそういうと、彼はそっぽをむいた。
こわがりな彼女が怯えていないといいけれど、と思ってそちらを向けば目がキラキラと輝いている。
まるで先ほどの小鉄のようなその瞳から、あ、人の話を聞かない領域に行ってしまっているなと悟る。
「まあ、立ち話もなんですし、中に……」
上空に黒い影が現れ、ふと顔を上げると大きな鱗が目についた。
ばちばちとそれが唸ると、落雷が近くに落ちる。
悲鳴を上げて転げる従業員。
「あらまあ、今日は予約の無いお客様が多いですねえ」
ガルーはよろけてコケそうになった柚子乃を抱きかかえて支えた。
突如現れた黒雲にみんな目を奪われる、そのうちに煙がさあっと散った後、誰かがこちらに歩いてくる。
私は静かに頭を垂れた。
「いらっしゃいませ、旦那様」
龍の帝 荒丸。
歴代の龍帝の中でも最も最強と呼ばれた神祖に近いとされる男。
ただ力が強いせいで子宝に恵まれず、最近になりやっと生まれた子はみな女児という
強い者の定めだと周りは言い、仕方がないと宣いながら諦めきれず
純血の龍の血筋ではない、人間の女を娶らせた。
「……」
目の前に広がる煙から現れた烏色の長髪の男、確か龍の帝。
ガルーに抱きしめられたまま、唖然とした顔で見つめてしまう。
あの時一瞬だけみた鱗の大きさから、本体はきっともっと大きいのだろう。
ぞっとするほど恐ろしく、美しかった……。
「今のって」
「ああ、あのお方のせいだろう」
ソノさんは慣れているのか、首を垂れたまま動かず、そんな彼女の目の前まで帝がやってきた。
「……何か変わったことはあるか」
「これといって変わりなく」
ちらり、とこちらに目を向けるとその鋭い目をさらに細めた。といっても見ているのは私ではなくガルーの方らしい。
「かの国の者か」
「あら、差別ですか」
「違う」
ソノは彼が不躾な言葉を言わないよう釘を刺すように先手を取る。
しかし視線から何か感じ取ったのか、機嫌が悪くなったガルーに掴まれていた肩がぎりり、と握られ、思わず「いひゃい!」と情けない声を上げる。
正気に戻った彼によって、自分を支えていた手がなくなり、力なく倒れた。
「あらあら、大丈夫ですか」
といってこちらに駆け寄ろうとしたソノの手を掴み、そのまま懐にしまい込む帝
周りがざわつき、見ているこっちも赤面してしまった。
韓国ドラマあるあるなトキメキポイントだ!
「……男の匂いがする」
「正しくは、男の子ですが」
「どこの男だ」
地が響くのような低い音、獣が喉で唸るような音が聞こえてきた。あまりにも物騒な気配にまわりの従業員数名が逃げ出す。
ソノはため息を吐くと、帝のほっぺをおもいっきりひっぱった。
わずかに残っていた従業員が小さく悲鳴を上げた。
イケメンの口から見える八重歯がきれいだなー。なんて……トキメキポイントどこいった?
恐れ知らずのソノは周りの反応など気にしていないようだ。
「旦那様は失礼な人です、私が不貞を働く女だと言いたいんですか?」
「……」
「謝ってください」
「……」
「謝って」
ぱっと手を離すと、ソノさんはそっぽを向いた。
「謝ってくれなきゃ、二度と目を合わせません」
「すまなかった」
即答!?
言葉が終わる前に謝った。
少し不機嫌そうな顔をしつつも、彼はソノから手を離し、ふん、と鼻を鳴らし歩き出した。そんな彼についていくようにソノも歩き出し、慣れた様に手を叩く。
「さあさ、みんな仕事に戻って。お二人はついてきて」
「は、はい」
スカートについた砂を払いながら立ち上がり、歩いていく。
さっきのソノさんのあしらい方可愛かったなー……
「ところで、ガルーさん?」
「黙れ」
「まだ何も言ってない!?」
真似しようとしたのがバレタのかな……?
…
見たこともないような広いお座敷、手入れの行き届いている畳の匂い、手を挙げても届きようのないほど高い天井、高座に御座すはこの国の頂点
向き合う様に座っているが、目に見える以上に心の距離を感じるのはなぜだろう。
お前と別に仲良くなる気はない、と言わんばかりの態度でいる彼に居心地の悪い思いしか抱けない。
ツンツンしている彼になれているようで、ソノはそっとお茶を差し出すと小さく首を傾げた。
「旦那様、本日はどのようなご用命で?」
「野暮用だ」
ふん、と帝は鼻を鳴らした後、此方に目を向けた。
鋭いまなざしが向けられたというだけで、思わず背筋が伸びるがすぐ恐縮してしまう。
「大野木柚子乃」
「は、はい」
「歳は16、この国のどこの出身でもない、純血の人間である、ということに間違いはないか」
「はい」
懐から取り出した書類を見ながら、一つ一つ確認していく。
私は今面接でもうけているのか!? と混乱しつつある脳内を唯一正気に戻してくれるのがソノの存在だった。
淡々と問う彼の横で、静かに黙々とお茶菓子を食べている。
羊羹を一口運んでおいしそうに咀嚼しては、帝に差し出したはずのお茶を飲み、ほっと一息ついている。
なぜ、いま、このタイミング!?
「では最後に、お前はオトメか」
「はい……?」
女であると分かりきったことを、いちいちこうも確認するのか、と不思議に思っていると、お茶を飲んでいたソノが付け加えた。
「男性経験はないか、という問いです」
「!?」
ゆであがったタコのように真っ赤になると、ソノは帝のほうを向いて冷静に「おぼこいみたいですね」と言った。
帝はめんどくさいという顔をして頭をわしわしと掻いた。
どういうことか分からずにきょとんとしていると、他人事のソノが帝の代わりに言葉を続ける。
「今夜は旦那様と同衾してくださいね」
「ぞうきん?」
「どうなったらそう聞き間違えんだよ」
後ろで控えていたガルーがぼそっと突っ込む。
だって、そう聞こえたんだもん。
「同衾とは、男女が一緒に寝る事です」
「え?!?!?!」
驚きすぎて飛び跳ねてしまい、バランスを崩して後ろに倒れこむ。
「パンツ見えちゃう見えちゃう!」
「何やってんだお前」
ヘンなものを見る目で見られる。
急いでスカートを押さえながら起き上がると、ソノさんがいつの前に目の前にいた。
「ほわ!?」
あまりの速さに驚く。
「性行為をしろってことじゃありませんからご安心を」
「で、でも、家族以外の男の人と二人っきりで寝るなんて無理!」
「そうですよねーわかります」
「棒読み?! そもそもなんでそんなことしなきゃいけないんですか!?」
「あれ言っていませんでしたかね」
ソノは目の前でちょこんと背筋を伸ばして座り、にこりと微笑んだ
「旦那様から精を分けて頂かないと、貴女正気を保てませんよ」
「怖いッ」
そういえば精を分けてもらわないといけないという話は聞いた気がするが
正気を保てなくなるなんて言うのは初耳だ。
「なんでそんな」
「胤継ぎは子を残すための母体、その身体は龍を前にすると、本能的に気分がすこぶる昂るそうです。んー、わかりやすく言うと、動物で言うところの『発情期』状態ですね」
発情期……そういわれれば、帝に触れた時のあの何とも言い難い感覚は「あれ」に近かった気がする。
「!」
そうだったのかと、思ったら今更なんだか恥ずかしい感情が沸き上がり、顔から湯気が出る。自覚したらもっと一緒に寝るなんて嫌だ!
「いやーっヤダヤダ恥ずかしいっ」
「龍に精を分けて頂かないと、どうしようもない劣情に襲われて、とてもしんどいとおもいますよ」
「え」
「あ、劣情と言うのは」
「わーわーわー!」
それは分かるから、と口を押えて言えば、わかったわかったと言わんばかりに肩をポンポンと叩かれる。
後ろであくびの声が聞こえてきた、他人事だからって暇そうにしないでほしい。
ちら、と帝を見ればこちらも退屈そうに両腕を組んで目を閉じている。
「ほら、あっちも興味なさそうですから、手を出したりしません。せいぜい手をつなぐくらいかと、ほうら健全」
「ちょっと私の事馬鹿にしてませんか……絶対どっか触れてないといけないの?」
「じゃないと、力を分けてもらえませんし」
異性と一緒に寝るなんて小学校の少年自然の家以来じゃなかろうか。あれ、でもあれも男女別だったからやっぱり実質初めてなのでは!?
どうせなら好きな人と一緒に夜の星を見ながら寝たかったなあ……。
……恋人いたことないけど
「なんか落ち込んできた」
「さて、じゃあ私はお料理作ってきますね」
「え、いっちゃうの?」
この無駄に広い場所で、沈黙の世界を一人で耐えろと?
すがる思いで服を掴むと、彼女は微笑んだ。
「これから長い付き合いになるんだし、お互い仲良くお話してはいかがでしょう」
ね? と帝とガルーに声をかけると、それぞれ目を逸らした。
社交性ゼロの集まりなんですけど!?
唯一の希望は振り向くことなく部屋を出て行ってしまった。こういった時どうしたらいいのかさっぱりわからない。
相手に至ってはだんまりを決め込んでいる。
地獄だ……。
ソノが来るまで耐えるしかない……そう覚悟を決めるのだった。
――――
気が付いたら夜とか、怖くない?
「……え?」
紙灯篭が淡く光、和室の部屋を怪しげに照らす。
目の前にあるのは綺麗に整えられたお布団。
一緒に寝るなんていってたが、手をつなぐ程度といっていたからてっきり二人用有ると思っていたのに、おひとり様専用……?
「……え?」
閉まっている襖を見ても誰もいない。
「え」
服装も寝間着に代わっているし、前後の記憶がない、怖いんだけど。
いや、待てよ、確かごはんをたべたら急に眠気がして……え、もしかして一服盛られた?
「いやいやいやいやそんなまさか」
「お前の国ではそうも独り言を言うものなのか」
「おぎゃあああああ!?」
後ろを振り向けばこちらも寝間着姿の帝様だ。
思わず叫ぶとものすごく嫌そうな顔で睨まれた。ごめんて。
「なななななんで」
「喧しい」
す、と布団の前まで進むと、無言で指で示す
「横になれ」
「いやああああ」
「うるせえ」
襖が開いたとおもったらガルーが現れた。片手には入れたてホカホカらしき湯呑が
「助けてー!」
「寝るだけなのに何言ってんだお前」
「嫁入り前の娘が好きでもない男と一緒に寝てられないよ!!!」
「何を言っているお前」
わーん、どっちからも何言ってんだって言われたー! おかしいのは絶対向こうなのにい
ため息を吐いた帝に背中を掴まれると、そのまま布団に投げ込まれた。
「うぎゃ」
帝がこちらを覗き込むように腰をまげる、その時に彼の長い髪が顔を撫でた。
あ
背筋を駆け上る、ぞくぞくとする感覚が沸き起こる。
髪の毛に触れただけなのに、一気に早まる鼓動。
「だ、だめ」
嫌なのに、駄目なのに、体が疼いてくる……帝が布団に手をついた。
ああ、どうしよう、でも体が逆らえない。本能に赴くままに……。そう思っていたのに、次の瞬間予想もしていなかったことが起きた。
「ぶえ!?」
視界がごろんごろんと回る。と、同時に動くことができなくなる身体。
混乱しつつも首を必死に動かして、やっと今の状況を理解する。
「な、なにこれえ……?」
頭だけ出て、体が全部布団で巻かれている。仕上げと言わんばかりに人を足蹴にして紐で結んでいる始末だ。
粗大ごみになった気分。
というかなんで簀巻きにされてるんだ、川に投げられるのか私。
ガクブルと震えていると帝が人の上に座りながら頭を掴んできた。せめて優しく手を置いてほしかった
「お前のような小娘を抱くほど飢えてはいない」
「だからって……簀巻きにしなくとも」
帝は少しだけ何か考えるような素振りを見せた後、こほん、と空咳をしてこちらをみないまま質問を投げてきた。
「娘たちがお前にちょっかいをかけたそうだな」
「めっちゃ怖かったやつ……?」
初めてあったのがあれだったからまだこの世界がちょっとだけ怖い。
じゃれているだけだったとしても、あれは命の危機を感じるものがあった。
「悪かった」
帝として、ではなく、一人の父として、という感じのぶっきらぼうだけど責任をもって子の悪戯を謝る親の姿。
そういえばあの二人も父の嫁になんてーみたいなニュアンスで攻撃してきたから、家族仲がいいのだろうか
偉い立場になればなるほど家族観の愛情が薄れるとか偏見を持っていたけど、この人たちを見ていると違うのかもしれないな、なんて再認識する。
ただ、ちょっとだけ何かに違和感を持つのは何だろう。
答えにたどり着く前に、頭にじんわりと暖かい感覚が広がってくる。
「これから私の気を送る。かなりつらいと思う故、気絶していていいぞ」
むしろしていろと言わんばかりのニュアンスで言ったかと思うと、次の瞬間体に電気が走るような感覚が襲った。
「いっいいいいいぃぃッ痛いッ」
「我慢しろ」
「むむむむむり、ひいぃ」
「俺戻るぞ」
冷静に冷たいガルー。
お茶を飲みながらこの状況を傍観していたようだ。
護衛だから近くにいるのだろうが、助けようという素振りも興味も一切ない様で、なんのためにいるのか全く分からない
今助けてほしいのに!
「助けて~ッ」
「健闘を祈る」
ぴしゃ、と無慈悲に襖が閉まる。
私の扱い酷くない~?
びりびりと体中を駆け回る痛みが痒さをもたらしてきたと思ったら、もぞもぞとなんともいえない感覚がじわじわと押し寄せる。
「駄目、駄目! やめて!」
「……」
「ガン無視と既読無視は最低行為だよ!」
ぞわぞわと目覚めてはいけない感覚に目覚めそうになる、口からこぼれる涎が止まらない。やばいって、やばいって、これじゃ、もう耐えられない、駄目だって、越えちゃいけない一線があるんだって!
ああ、ああ、駄目だ、やばい、このままじゃ……このままじゃ
このままじゃ私、
ドℳになっちゃう!!
「だめ、だめ、だ……うううああ、あ、あ、あ―――――ッ」
その日私は尊厳的な意味で大事なものを喪った。
「大丈夫ですよ、おねしょなんて誰でも通る道です」
「ぐすん……」
ぴえん。
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