あの時、助けていただいた聖なる鳥です。お礼に焼き鳥はいかがですか?

風親

第1話

 すらりとした背の高い着物を着た美人だった。

 ちょっと病的にも見える透き通った白い肌は、長い黒髪と対照的で眩しくて目を細めてしまった。

「麓の町に行く途中の者なのですが、道に迷ってしまい……」

 扉を叩く音を聞いて、開けにいくとその美人はそう切り出した。

「こんな吹雪なので泊めていただけないでしょうか?」

 なぜ、こんな山の中を女性が一人でとは思ったけれど、この時はまだそれほど不思議とは思わなかった。

 確かにさきほどから急な吹雪になっていて、迷子になるのも困ってしまうのも分かるし可哀相だとも思って中に入れてあげることにした。

 決して、綺麗な女性だから入れてあげたわけではない。多分、きっと。

「ありがとうございます。助かりました」

 俺の目の前に、庵を挟んで座ったその人は明かりの中で見るとなおさら綺麗に見えた。雪を髪や着物から払うそんな仕草さえ美しい。

 ただ、そんなに厚そうな着物ではないのに、あまり寒くはなさそうなのが印象的だった。

「お礼にご飯はいかがですか? この焼き鳥などは?」

 そう言って、彼女は懐から何やら包みを取り出した。

「いや、俺は……」

 ちらりと後ろの壁に立て掛けてある弓矢を見る。狩人なので鳥と鹿は食べ飽きているのでやんわりと遠慮しようとしたけれど、次の瞬間にはもう俺の庵で串に刺した肉を焼きはじめていた。

(なんだ。これは……)

 目の前で焼かれている肉から、とても香ばしい匂いがしてきている。今までに食べたどんな肉とも違う食欲をそそる匂いに思わず涎がでてしまう。

「はい。どうぞ」

 串を手に持ち彼女は、俺の口元に差し出した。近くでかぐ香りも、少し焦げ目のついた肉の様子もくらくらしそうなほどだった。

 もう我慢ができずに俺はかじりついた。

「う、うまい」

 今までに食べたどんな食べ物よりも美味しいと感激していた。

 飲み込んでしまってなくなってしまうのがこんなにももったいないことをしている気分になる食べ物は初めてだった。

「すごい美味しかったです」

 俺が率直に感想を伝えて感謝の言葉を述べると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。

「おかわりはいかがですか?」

「え? まだあるんですか? あるのでしたら是非」

 すぐに涎がでそうになってしまうくらいに懇願した。

「では……ちょっと、奥のお部屋をお借りします」

「え?」

 そう言って彼女は、立ち上がった。懐から取り出したのは布に巻かれていたけれど、どう見ても包丁のようだった。

「お願いします。しばらく部屋は覗かないでくださいね。約束ですよ」

 そう言って、彼女は障子を閉めた。

 何やら怖い声が聞こえた次の瞬間、俺は後ろを振り返り、障子を勢いよく開けていた。

「ふあああ、何ですか。開けないでと言ったじゃないですか」

 彼女は着物を脱ぎ、包丁をまるで切腹でもするかのように押し当てていた。

「怖い怖い」

 綺麗な白い肌から、うっすらと赤い血の線が浮かんでいるのを見て、俺の方が青ざめてしまう。

「お前、二日前に罠にかかっているところを助けた変な鳥だな」

「へ、変なとは失礼な。この国きっての聖なる鳥なのですよ。もっと崇め奉ってください」

 あっさりと白状していた。

 聖なる鳥なら罠になんてかからないで欲しいと思う。

「ご安心ください。私、すぐに再生しますから」

 そう言いながら、包丁を深く押し込もうとする。

「いや、なんか人の形から取り出した肉は食べたくない」

「そ、そんな。せっかく恩返しをと思ったのに」

 包丁を取り上げると、彼女――聖なる鳥さん――は悲しそうな顔をして俺を見上げていた。

「鳥の形なら食べてくれますか?」

「いや……、その格好のままいてくれる方がいいかな」

 着物を脱いで、胸もあらわになっている彼女の体を見下ろしながら素直にそう答える。

「え? 食べないのですか?」

「うん、ずっと一緒にいてくれれば嬉しい。肉は削らないでそのまま胸やお尻についてくれるともっと嬉しい」

「よく分かりませんが、ちょっと失礼だということは伝わります」

 彼女はちょっと怒ったような顔をしてみせたけれど、喜んでくれているようだった。

 俺たちは末永く一緒に暮らすことになった。

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あの時、助けていただいた聖なる鳥です。お礼に焼き鳥はいかがですか? 風親 @kazechika

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