第209話 木っ端みじん

「ふむ。これは中々頑丈に作られてるな。一度この陣に私の魔力を流し、上書きした上で破壊するのが良いか・・・。」


 私があれこれ考えている内に、何やらブツブツと呟いていた魔道王が、徐に魔法陣に触れる。すると膨大な魔力が魔法陣に流れ込み、その力に抵抗するかのようにバチバチと電気が迸る。魔道王は髪を静電気で逆立たせながら、新しい魔道具を見た時のように興奮した顔で魔力を流し続けている。


 あまりにも激しい光の明滅。バチバチと鳴る大音量。それらを楽しんでいる狂気じみた表情の魔道王。先ほどまでどうやって壊そうかと考えていた私の思考は完全に停止し、目の前の壮絶な光景に身じろぎ一つ出来ず、唯々見守る事しか出来なかった。


「ははっ、まだ抵抗するのか。だがあと少しで・・・。」


 魔道王が笑いながら先ほどより多めに魔力を流したその瞬間、魔法陣から目が開けていられないぐらいの光が溢れ出した。思わずその光から逃げるように目を瞑り顔を背けていると、激しくバチバチと鳴っていた音が次第に小さくなっていき、数秒後には静寂が訪れていた。


「桜様、終わりましたよ。」


 魔道王から魔法陣破壊終了の言葉を聞き、そっと目を開けると、そこには見る影もないほど黒く焼き切れて煤けた魔法陣があった。これならもうこの魔法陣では召喚は二度と出来ないだろう。あとは跡形もなく壊し、二度と魔法陣を作れないようにすれば良いかな。


「ありがとうございました、魔道王様ぁぁぁぁぁ~~~!?」


 お礼を伝えようと魔道王に向き直ると、魔法陣に触っていたその手は血みどろで、体も全体的に煤けている。その姿を見て悲鳴に近い声が出た私はおかしくないと思う。


「傷湯ーーーーー!!!!!」


 バッシャァァァァァン


 私が言葉にならないほど焦り叫んでいると、収納袋から取り出した傷湯を魔道王にぶっかけるクレマン。すると魔道王の体が淡く光り、みるみるうちに傷や焦げた肌が元の状態に戻っていった。


「おぉ!素晴らしい効果ですね!流石の私も少し痛かったので助かりました。」

「あれだけ血みどろ焼け焦げだらけだったのに、少しで済むわけないでしょう!?」

「まぁ、慣れ・・・ですね。ほら魔道具開発は爆発と隣り合わせじゃないですか。」

「いやいや、聞いた事ないですよそんな話・・・。」


 爆発するのが当たり前みたいに言ってるけど、グレイソンは一度も爆発させた事なんてないからね!?いや、ないよね・・・?ちょっと不安になってきた。帰ったらグレイソンに確認した方が良いかもしれない。


 ドガァァァァァァン


「ひぃっ!」


 ほんの少し考え事をしている間に、魔道王が何故か壁を破壊し、魔法の絨毯を取り出し、ルークを魔法の絨毯に放り投げ自分も飛び乗った。何でこの人、いつも外に出るのに窓やら壁やら壊してるのかな!?


「さあ!桜様もお早く!」

「えっ・・・何でまた窓から・・・」

「桜様、ここは魔道王様の言う事を聞いておいた方が良い気がします。」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~!?」


 ひしひしと嫌な予感を肌で感じ、クレマンが取り出した魔法の絨毯に続いて飛び乗ると、魔道王の後を追って壊れた壁から外へと飛び出した。

 すると私の目の前で、魔道王が収納袋から何やら取り出し飲み始めた。とても見覚えのあるその瓶と液体の色。うち温泉街の特産品の魔力湯ではないでしょうか?え?エテルネに販売してたっけ!?


「っていうか何で今魔力を補充してるの!?」

「え?この塔ごと魔法陣を木っ端みじんにするためですよ?この魔法陣を残したくはないのですよね?」

「あ、はい・・・・・・・・・え?えっ!?」


 私の呆けた返事を肯定と取った魔道王がニヤリと笑う。不穏とか不適という言葉がピッタリなその笑顔に、冷たい汗が背中を伝う。


「ちょっとまっ」


 ドンドンドンドンドン!!!ズドォォォォォン!!!ドッカァァァァァァァァン!!!ガッシャァァァァァァァン!!!!!


「あっははははははははははは!」


 制止の言葉が私の口から出きる前に、楽しそうに笑いながら魔道王が研究塔に向かって大量の魔法を打ち込んでいる。この光景はトラウマレベルです。


「ねえクレマン・・・。これ大丈夫かな・・・?国家間の問題とか・・・。」

何の問題もないかと。」

「・・・・・う、うん。」


 私が安易に返事をしてしまった事によって引き起こされた惨事なのだけど、今なお目の前で楽しそうに攻撃魔法を研究塔に向かって打っている魔道王の姿は、私の返事とか最早関係なくやってるのでは?とさえ思えてしまう。昨夜あんなに綺麗な光の魔法を空に打ち上げてくれた人と同一人物とは到底思えない。


 そうして待つこと数分。研究塔の原形は欠片も残っておらず、何かの塊さえ残らないほど木っ端みじんの研究塔の残骸が出来上がっていた。どんな魔法を何十発打てばこんな状態になるのやら・・・。目の前で見ていたけれど、私の脳が理解する事を拒否している。


「これでもうあの魔法陣が使われる事は二度とありませんよ!」

「あ、うん・・・どうもありがとう・・・ございます?」


 ドヤ顔の魔道王が、見えない尻尾を振りながら戻って来た。魔道王と同じ魔法の絨毯に乗っていたルークさんは、白目をむいて意識を手放している。至近距離であの攻撃を目の当たりにしたら、色んな意味で気を失うのは仕方がないと思う。


 数分後、強制的に覚醒させられたルークさんと私は、駆けつけたオルランド王子やフェデリコ達に囲まれ、目の前の惨状に対しての説明と魔道王を止められなかった事について懇々と説教をされるのだった。





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