第203話 優しい拒絶

 辺りを見回すと、だだっ広い大広間で立っているのは私達だけとなっていた。よし!あとは動けない内に縄で縛ってしまえば終了!

 思っていた以上に作戦が上手くいき、誰もが一瞬気を緩めてしまったのだろう。


 ふぅっと小さく息を吐いたその時、麻痺で倒れたと思っていた魔道士が、私に向かって火魔法を放ってきた。咄嗟の事に体が動かず、スローモーションで見ているかのように、火で作られた矢が私に向かってゆっくりと飛んでくるのを、ただ見ている事しか出来なかった。


 即死じゃなければ傷湯で助かるだろうけど、相当痛いんだろうなぁ・・・。

 そんな考えが頭を過ぎり、思わず私はすぐに訪れるであろう痛みを堪えるためにギュッと目を瞑る。


「桜様!!!」


 覚悟を決めた私の前に、リリーが私の名前を叫びながらその身を盾にしようと飛び出してくる。


 嘘でしょ。嫌だ。私を庇わないで。私なら加護で大丈夫だから。

 どうしようどうしようどうしよう。このままじゃリリーが死んでしまう。

 お願いだから、誰かリリーを助けて!!!


「任せろ!」 「任せて!」


 私が声にならない声で叫んだその時、私の大好きな子達の力強い声が聞こえた。と思った次の瞬間、フワッと体が浮き、私はふわふわの茶色の毛の中にダイブしていた。

 慌ててリリーの姿を探すと、呆然とした表情のままリュウの背中に乗って、いつの間にか私の隣に移動していた。怪我一つない姿に思わず安堵し、ぎゅっと力が入っていた体が僅かに緩む。


 火矢は私が居た所に突き刺さっていた。あのままだったら確実にリリーに刺さっていただろうと思うとゾッとする。当たり所が悪ければ最悪即死だ。


「コタロウ、リュウ・・・助けてくれて本当に本当にありがとう・・・。」

「桜の頼みを聞くのは当然だ!」

「えへへ、どういたしまして~。」


 助けてくれたコタロウとリュウにお礼を言いつつ抱きつくと、バクバクと暴れていた心臓の音が少しだけ落ち着いてくる。けれどさっきまでの緊張で、まだ足には力が入らない。

 火矢を放った魔道士は既にエクセリオンが取り押さえているものの、他に居ないとも限らない。全員を縄で縛り上げるまでは安心出来ないのに、いう事をきかない足が恨めしい。


「桜さんはリリーさんと休んでいて下さい。捕縛は僕らでだけで大丈夫ですよ。」

「うん・・・ありがとうリアム君。」

「すみません・・・。」


 私はリリーとそのまま座り込み、皆が次々と捕縛していく様子を無言のまま暫く眺めながら、私の油断でリリーを危険に晒してしまった事への後悔と、私のために命を投げ出そうとしたリリーへの憤がふつふつと沸いてきた。

 今回はコタロウとリュウのおかげで事なきを得たけれど、次もそうとは限らない。


「ねぇリリー。助けたいと思ってくれた気持ちは嬉しいけど、もう二度と私を庇わないでほしいの。」

「それは聞けません。」

「えっ!?」

「もしまた同じ事があったとしても、私は同じ事をすると断言します。」


 あまりにも躊躇いのない完全拒絶。それも次があれば同じ事をするとまで断言され、思わず呆気にとられてしまい、暫くリリーの顔をポカンと見つめてしまった。

 固まったままの私に、リリーはニコリと微笑む。とても自然で綺麗な笑顔だった。


「桜様、私は今が人生で一番楽しくて幸せなのです。城勤めだった頃は暗部に所属し、桜様に話せない様な後ろ暗い仕事をずっとしていました。それを当たり前だと思っていましたし、何の疑問もありませんでした。」


 リリーたちが温泉街に来てから、敢えて皆の過去について私からは聞かないようにしていた。クレマンが暗部の長で、リリーやカイはその部下だったと言う事は知っている。でもそれはリリー達にとって楽しい記憶ではないだろうし、温泉街で新たに暮らしていくのに必要ないと思ったから。


 リリーはお城で出会った時もいつも笑顔だったけど、それは笑顔という仮面を張り付けていただけだったんだろう。その事に気付いたのは、リリーが温泉街に来て暫くしてからだった。


 温泉街で過ごす日が重なるごとに、リリーの表情が柔らかくなり、笑顔がどんどん美しくなっていった。思わず見とれてしまうしまう程に。その変化がとても嬉しかった。


「私が今こうして幸せに暮らせているのは、桜様が温泉街を作り、そこへ私達を住まわせて下さったおかげなのです。感謝しかありません。それに僭越ながら・・・私は桜様を妹の様に思っております。ですので、先ほどの桜様の願いだけは絶対に聞けません。これは私だけではなく温泉街の住人の総意とお受け取り下さい。」


 涙が出た。一度溢れ出すともう止まらない。


 私は早くに両親を亡くし、頼れる親戚もなく、家族と言えるのは愛犬のコタロウとリュウだけ。そのコタロウとリュウが亡くなってからは、ずっと1人孤独だった。

 この世界に来てからもそう。招かれずに来た私はただの異物。胸のどこかにずっと孤独がついて回っていた。


 でも温泉街の皆は私がずっと願っていた家族みたいに温かく、毎日が本当に楽しかった。だからリリーも同じ気持ちで、しかも妹みたいだって言ってくれた事が、何よりも嬉しかった。だって私もお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなって思っていたから。


「うぅぅ・・・。」


 涙が止まらない私の頭を、リリーが優しく撫でてくれる。コタロウとリュウは心配そうに頭をすり寄せてくる。その優しさと温もりに、いっそう気持ちが溢れて止まらない。


 決めた。リリーが、コタロウとリュウが、そして皆が私を守るというのなら、皆の事は何が何でも私が全力で守る!何があっても絶対に死なせない!


 泣きながらで声に出来ない決意を胸に刻みながら、少しの間リリーとコタロウとリュウに癒やされるのだった。





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