第172話 我慢・・・
「随分と大きいが、この魔道具はどんな風に使うのだろうか?」
私とクレマンのやり取りは全く耳に入ってなかったであろう魔道王が、冷蔵庫を開けたり閉めたりしながら尋ねてくる。
「これは魔力を流すと箱の中が冷えるので、低温で食べ物を保存することが出来ます。低温を維持する事により、通常より食べ物が腐りにくくなるので、品質や鮮度を保つことが出来る魔道具なんです!」
簡潔に分かりやすく説明できるように事前に考えておいた文言だけど、ちゃんと伝わったかな。こういう説明、リアム君なら得意なんだろうけど、私は日本に居た時から苦手にしてるんだよね。
「なるほど。上の扉も同じなのだろうか?」
「上の扉は」
その質問に私が答える前に、冷蔵庫に設置してある魔石に魔力を流し、扉を開けて確かめ始める魔道王。献上した物だから別に良いんだけどね?少しは人の話を落ち着いて聞いてくれないかな。
「おおぉ!確かに冷える!上の扉は更に冷たいな!これは興味深い・・・。」
「魔道王様!そろそろ私達にも調べさせて下さい!」
「お一人だけ狡いですよ!」
「待て待て!まだ私も試しきれていないのだぞ!」
待ちきれなかった魔道具師達も加わり、現場は更にカオスな状態へと移行したのだった。・・・もう帰っても良いかな。
それから小一時間ほど私の存在をすっかり忘れ去り、目の前で熱い議論を繰り広げていた魔道王とその仲間達。
その間私はと言うと、立ったまま待つのに疲れたので、手頃な椅子に勝手に座らせてもらい、収納袋から出したティーセットとお菓子をクレマンと食べながら待っていた。
クレマンが淹れてくれた美味しい紅茶と、新作のチョコチップクッキーが実に合う!美味しい物にはイライラを忘れさせてくれる癒し効果があるよね。
「ふぅ。久々に有意義な議論であったな!」
「本当に!これから暫く忙しくなりますね!」
冷蔵庫の検証が一通り終わり満足したのか、魔道王とその仲間達がキャッキャとしている。いい加減今が同盟締結の為の話合いの最中だと思い出してもらいましょうか。
「それは喜ばしい限りです。そろそろ同盟の話しを勧めさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「「「「「 あっ!! 」」」」」
やっと私達の存在を思い出したか!普段温厚なクレマンの額に青筋が見える気がする。早く話しを進めないと、クレマンの堪忍袋が切れそう。
「そうであった!先ほど冷蔵庫を出した袋も魔道具であろう?その魔装具も研究に大いに役立つであろうから、是非とも献上してくれ!」
「・・・・・はぁ?」
私達が差し出すのがさも当然かの様に、驚くほど尊大にふんぞり返っている。
これだけ待たせておいて謝罪するどころか、収納袋までよこせ?見たいというなら、今後量産できる可能性を残す為に見せるだけなら構わない。それをあろう事か献上しろだって?
「桜様・・・こやつに罰を与えても?」
「いや、駄目だからね!!??」
隣に居るクレマンが物騒なことを言い出した。思わず怒りで我を忘れそうになっちゃったけど、私よりキレてるクレマンのおかげで少し冷静になれたよ。渡す事はもちろん出来ないけど、温泉街の為に落ち着いて冷静に対応しよう。
そうだ!彼は新しい玩具が欲しくて駄々をこねてる子供と同じだと思おう!駄目な物は駄目だと教えてあげないとね!
「あれは収納袋という魔道具です。カティアダンジョンの階層ボスを倒して手に入れた、たった2つしかないレアな魔道具なんです。ダンジョン攻略にはもちろんの事、魔物の素材の売買等にも欠かせない為、大変申し訳ありませんが献上することは出来ません。」
同盟を持ちかけている国の王様の頼みを断るのだから、頭もしっかり下げておく。隣をこっそり見ると、クレマンも一緒に頭を下げてくれている。今のところまだキレてはいないようで良かったよ。
「そうであったか。であるなら買い取ろう!それなら良いだろう?」
ビキッ
隣にいるクレマンから、何か不吉な音が聞こえた気がする。これは危ない。話が通じない魔道王も、そんな魔道王に今にも斬りかかりそうな殺気を放っているクレマンも、両方やばい。
魔道具師達を見ると、青ざめた顔でオロオロしている。と言うことは、今この場で現状を把握できてないのは魔道王だけという事だ。
お願いだから君たちの王様の暴走を止めてくれないかな?と言う視線を投げかけると、ブンブンと音がしそうなぐらい首を横に振っている。駄目か。
「売ってくれぬのなら、同盟の話しは無しだ!」
ブチッ
ここまで我慢したクレマン偉いよ。もう私には止められない。というか止めたくない。さすがに調子に乗りすぎだよね。
「桜様。」
「うん、良いよ。」
私の応えを聞くや否や、どこからか取り出した縄を手に持ち、あっという間に距離を詰めると、魔道王を縛り上げ押さえつけてしまった。さすがクレマンだね!
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