第158話 円座クッション

「さあさあ、今日はどんなレシピを登録したいんだい?」

 今私の目の前には、獲物を狙う獰猛な野獣が・・・もとい商業ギルド長のイザヤさんが目を爛々と輝かせて座っている。


 追いかけ回してきた冒険者達を転移で撒き商業ギルドへ行くと、扉の前で待ち構えていたイザヤさんに速攻捕まり今ここに居る。


 だがしかし!こうなる事は予想済!今回はちゃんと事前にレシピを作ってあるんだよね!前回イザヤさんが反応した座布団と、それを改良した円座クッションの2種類。円座クッションの試作品は、そのままイザヤさんへのプレゼント貢ぎ物


 鞄から円座クッションとレシピ2枚を出しイザヤさんの目の前に置くと、興味深そうにしげしげと眺めている。

「これは真ん中に穴が開いてるが、一体何に使う物なんだい?」

「これも座布団の様に椅子に座る時に使うクッションなんですが、腰への負担を減らしてくれるので、長時間椅子に座って仕事をしている人なんかに特にオススメなんです。」

「何だって!?」


 信じられないと言った表情のイザヤさん。イザヤさんも相当な腰痛持ちと見た!腰痛はどの世界でも人類共通の課題なのかもね。かくいう私も、日本に居た時は大変お世話になりました。


「試してみても良いかい?」

「もちろん良いですよ!その円座クッションはイザヤさんへ差し上げようと思って持ってきた物なので。」

「そ、そうかい?それなら遠慮無く・・・。」


 珍しく少しそわそわとした様子のイザヤさん。椅子に円座クッションを置き、その上にそっと座る。

「おぉぉぉぉ・・・。なんだいこれは!?本当に楽になったよ!」


 この世界の椅子は木や金属で作られた物しか無いのでとても固い。腰への負担も凄いだろうから、私の手作りでも違いが実感出来るのだろう。


「本当は丸形だけじゃ無くて、お尻に添う様な形の物や柔らかさも色々あるのですが、私の技術ではこれが精一杯で。」

「なるほどなるほど!それは職人達の腕の見せ所だね!任せておきな!こいつは売れるよー!書類仕事で机に齧り付いてる奴はこぞって買うだろうさ!」


 イザヤさんの目の色が変わった。むりろ目が金貨に変わった気さえする。とりあえず気に入ってもらえたようで何よりです!


「そういえばここに来る途中で、ローマン商会の建物を見かけたのですが」

「あぁ!そうそう!そいつについても礼を言わなきゃね。

あんな大きな商会がこの国に支店を出すなんて思っても見なかったよ。これならワインや牛乳が不足して困る事も無くなる。

何よりこの前桜がくれた疲れが取れるポーション!あれがいつでも手に入るから助かる!本当にありがとよ!」

「こちらこそ中々無くなる前に持ってくる事が出来なくて申し訳無かったです。」


 早々にローマンに丸投げ・・・手を打って良かった。まさかこんなに早く復興するとは思っても無かったから、ローマンのおかげで助かったよ。


「そうそう!ローマンさんはもう建物まで建てる手はずまで整えていたんですね!建物がすでに出来てて驚きました。」

「あぁ・・・そうさねぇ・・・。さすが大店の主だよねぇ・・・。」


 なんか歯切れが悪い。マイルズさんがイザヤさんが張り切ってたって言ってた様な・・・。

「まさかイザヤさん、勝手に」

「いや、まさか!さすがに勝手にやるわけ無いだろ?はははは・・・。」

 乾いた笑いでお茶を濁すイザヤさん。勝手にはやってないけど、準備は早めたって所かな?


「そういやローマン商会の会長さんは、今温泉街を拠点にしてるんだって?」

 私が悟ったのを流すかの如く、話を逸らすイザヤさん。いつもイザヤさんにはお世話になってることだし、ここは話に乗りましょう。


「そうなんですよ~。おかげで商品の売買ルートも確保出来るし、大助かりです!」

 私の返事にニヤリと意味深な笑みを浮かべるイザヤさん。あ、これは何か企んでいる時の顔だ。

「それじゃあ私はそろそろ」

 椅子から立ち上がろうとした瞬間、イザヤさん言葉を遮られる。


「そのローマン商会長から聞いたんだが、酒も料理も食べた事の無い絶品料理ばかり。温泉も入り放題なんだって?」

 あぁぁぁぁぁぁぁ。ローマンさん、何言っちゃってるかな!?そんな事言っちゃったら・・・。


 イザヤさんがにっこり笑っている。あ、駄目だ。これは逃げられないやつだ。

「今度桜の温泉街に視察へ行かせてもらえないかい?」

「はい、喜んで。」

 こうなったイザヤさんには、Yesしか言えない。それなら接待役は、興味を引いたローマンに任せるとしよう!

 後日改めて迎えに来る事をしっかりと約束し、商業ギルドを後にしたのだった。



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