第151話 常識

「それじゃあ早速行こうか!」

「「 えっ!?」」

 折りよく外は暗くなり始めていたので、建物ごと温泉街へ転移する。まあ、いつもの流れだよね。


「到着!ここが温泉街だよ!」

「・・・・・・・え?」

 呆気に取られている2人を建物の外まで誘導する。


「ようこそ温泉街へ!」

 にっこり笑顔で2人に歓迎の言葉を伝えるも、呆然と街を見続けるお爺さんと俯いて肩を震わせるリアム君。思ってた反応と違うかも?


「・・・・・桜さん。これはもしかして転移スキルか何かですか?」

「うん、そうだよ。住み慣れた家があった方が良いと思って、家ごと移動したの。」

「なるほど・・・で、何故こんなに急いで転移したのですか?それも家まで・・・。」

「善は急げとも言うし・・・あれ?リアム君もしかして怒ってる!?」


 プルプルと揺れるその肩に、不穏な空気を感じる。

 そういえば今まで何かから逃げて転移する事が多かったから、つい今回も決まってすぐ転移しちゃったけど・・・性急すぎたのか。


「そもそもあの家は村が所有している家です。家賃などは無いですが、借家です。今この状態は窃盗に当たります。非常にまずいですよ。」

「窃盗ーーー!?」

 予想外の事態に軽くパニック状態。せっかく楽しくなってきたのに・・・どうしよう。


「幸い夜ですし、気付かれてはいないと思います。すぐに元に戻せば大丈夫だと思います。それとご近所さんや知り合いに村を出る挨拶をしたり、蕎麦を運ぶ準備もしたいので、迎えは3日後にして下さい。」

「はい!了解しました!」

 事態収拾に向け淡々と説明するリアム君が頼もしい!


 急いで家を元の場所へと転移させる。外の気配をMAPで確認するが、気付かれた様子もなく一安心。


「良かった~!バレてなかったよ~!」

「はぁ~・・・桜さん。まさか今までもこんな危険な事をしてたんですか?本当に気を付けないと厄介事に巻き込まれますよ?もう少し危機意識を持って行動して下さい。」

「すみません・・・。」


 リアム君がお説教モードへと突入。全くぐうの音も出ない程のド正論で怒られた。

 日本にいた頃に、先輩社員からお説教された時と同じ感覚。

 そうか。そういえばリアム君は、日本にいた頃は40歳のおじさんだったんだった。何だか懐かしい気分だな。


「桜さん、ちゃんと聞いてますか?」

「はい!聞いてます!」

 しばらくの間、昔の気分に浸りながらリアム君に怒られ続ける事になるのだった。




 約束の3日後、リアム君とお爺さんを帆馬車で迎えに行くと、準備万端で待っていた。荷物の中には、蕎麦の実と種、石臼等も入っているらしい。

 これで温泉街でも蕎麦を育てられるし、美味しいお蕎麦がいつでも食べられるね!


「ふふっ、今日は帆馬車なんですね。」

「これなら何の問題も無く、出立出来るよね!でも村から見えなくなったら、転移するよ。」

「了解です。」


 村の人達総出でお見送りに来てくれていた。その誰もが目に涙を溜めている。

 どれほど慕われていたのかが、この光景を見れば一目瞭然だ。引き抜いちゃって、すみません。


 村から出ても、見えなくなるまでは帆馬車で進む。相変わらずの乗り心地だけど、仕方ない。ちなみに今日御者を務めてくれているのはクレマンだ。


「馬車って・・・こんなに揺れるんですね・・・。うおぇ。」

「そうなんだよー。乗り心地を良くしたいけど、スプリングとか私にはよく分からなくて。」

「なるほど・・・。落ち着いたら最優先で改良案を提出しますね。」


 おお!さすがリアム君!優秀だね!これならフェデリコの手網もしっかりと握って・・・いやいや。フェデリコの補佐をしっかりと務めてくれる事でしょう!


 リアム君達が出立の準備をしてる間に、実は私も温泉街で迎える為の準備をしておいた。住む場所は宿舎があるから大丈夫なので、蕎麦屋をドワーフ達に頼んで作ってもらったのだ。この世界では珍しい掘りごたつ式のお座敷席も作ってある。


 またも見た事も聞いた事もない造りに興奮したドワーフ達が、意気揚々と作ってくれた。

 時間を忘れ作業を続けようとするドルムとボルグを止めるのは一苦労だったけど、素晴らしい蕎麦屋が出来たと思う。お爺さんが喜んでくれると良いな!


 村から見えない位置まで来たので、温泉街まで転移する。

「改めて、ようこそ温泉街へ!リアム君、お爺さん。これからよろしくね!」

 こうして明るい日差しの中、新しい従業員なかまを迎えたのだった。



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