第150話 いかの塩辛と新たな従業員
「儂もかい!?」
「お爺様には是非温泉街で蕎麦屋を開いて欲しいです!もちろん他にも従業員を入れて、無理のない範囲でお願いしたいです!」
誘われるとは思ってもいなかったのか、お爺さんもリアム君も口をポカンと開けて驚いている。
「儂みたいな老人より、若いもんを雇った方が良いんじゃないかい?」
「何を仰いますか!リアム君と一緒に蕎麦屋を切り盛りされていたその手腕!是非活かして頂きたい!」
「だがなあ・・・」
遠慮しているのか、中々首を縦に振ってくれないお爺さん。それならとっておきのアレの出番だね!
鞄から出す振りをして、収納から日本酒の入った瓶を取り出す。お猪口はまだ無いから小さめの江戸切子のグラスで。
あてには定番のいかの塩辛。いかが手に入った時に、こっそり作っておいたんだよね。酒飲み達に出すと一瞬で無くなりそうだから、1人でこっそり楽しむ用だった秘蔵のあて。
「これは温泉街でのみ扱っているお酒です。他では飲めないお酒なので、良かったら飲んでみて下さい。」
「おぉぉ!」
グラスに日本酒を注ぐと、その透明度に感嘆の声が漏れるお爺さん。
あてと一緒に目の前にそっと置くと、ゴクリと喉が鳴る。
「せっかくのお気遣いを無下には出来んな。頂戴するとしよう。」
そう言うと、日本酒を一口飲むお爺さん。うんうん!やっぱりお酒好きだと思ったんだよね!
「こ、これは!美味い!こんな酒飲んだ事ない!それにこのあてと言うのも食べた事無い味だが、この酒に合うな!」
「これは・・・もしかして塩辛ですか?」
「大正解。いかの塩辛だよ。」
お爺さんのあてを見ていたリアム君が、目を輝かせながら聞いてきた。これはもしやリアム君も、日本では酒好きだった口かな?
「まさかこの世界でいかの塩辛に会えるとは思いませんでしたよ!!!」
「海に面した街なら、いかは比較的手に入りやすいと思うよ?」
私もハンメルの市で買ったしね。
「桜さん。魔物が跋扈するこの世界で、冒険者や金持ちじゃない一般市民は、他国へ行くのは難しいんですよ!」
この世界にある一般的な移動手段は、激しく揺れる馬車のみ。乗り心地も悪いし、時間も掛かるし、乗車賃も相応にかかる。確かに気軽に使える手段では無いね。
転移出来るからその不便さをすっかり失念していたよ。
「だから・・・塩辛僕にも少し味見させて貰えませんか?大好物なんです!」
「はい!喜んで!」
配慮にかけた物言いをしてしまった事に、罪悪感を感じていた私は、思わずそのお願いに飛び付いてしまった。
リアム君が笑いを堪えきれず、小さく肩を揺らしている。
そんな彼にいかの塩辛を差し出すと、勢い良く飛び付いて来た。
「頂きます!」
お馴染みの挨拶をしてから、箸を塩辛へ。凄く嬉しそうに塩辛を口に入れる。
「あ~・・・これこれ、この味です。お酒と一緒には無理でも、せめてご飯と一緒に食べたかった。白米が恋しい・・・。」
ご要望の白米を、そっとリアム君の前に置く。さすがに湯気が出ているのはおかしいと突っ込まれるかと思いきや、無言のリアム君の反応が怖い。
リアム君に目を向けると、彼の頬を大粒の涙が伝っていた。
「リアム君!?」
「桜さん・・・ありがとうぅぅ・・・本当に久しぶりで・・・・・白米・・・・・。」
シューレ王国では白米は簡単に手に入る物だったけど、帝国ではどうも手に入りにくいらしい。
相当米好きだったんだろうなリアム君。私も10年以上食べられなかったら同じ反応になる気がする。
ちびちびと日本酒を楽しむお爺さんと、噛み締める様にご飯を食べるリアム君。2人に最終確認をしてみる。
「温泉街には珍しいお酒が山程あって、従業員なら安く手に入れやすいよ!それと白米も、従業員ならいつでも食べられる!どうかな?2人共温泉街で働かない?」
「「 喜んで!よろしくお願いします!」」
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