第31話 歌

 さあ、いよいよ夜がやって参りました。

 大熊亭の隣には冒険者ギルドがあるので、食堂は広めの作り。普段から昼はランチ、夜はお酒を飲む人達でかなり賑わっている。賑わっているんだけど・・・今日賑わいすぎじゃない?立ち見があるのは何故?


 1階に降りた後こっそり食堂を覗いていた私は、普段より多すぎるお客さんの数に圧倒されていた。

 嘘でしょ?知り合いの前で少し歌って楽しもう!みたいな気楽なものじゃなかったの!?


 私が物陰から出るに出られずにいると、後ろからポンッと肩を叩かれた。思わず悲鳴が出そうになったけど、何とか飲み込む。

「アンナさん!!はぁ~ビックリした~。」

「アハハハハハ!ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなくてさ。それよりこんな所で何やってんだい?」

「何だか私が思ってた以上にお客さんがいるので、正直ビビってます。もっとこうお気楽な感じだと思ってたので・・・。」

 人生経験それなりに積んでいても、さすがに趣味程度の歌にこれだけの人が集まると緊張するのも仕方ないと思います。


 弱音をはいた私の背中を、アンナさんがポンポンと叩いてくれる。

「ごめんな。私もレオも、今夜の事を思いっきり宣伝してたんだよ。」

 犯人発見!何でそんなことを!?

 私から向けられる非難めいた視線に気付き、アンナさんが申し訳なさそうな顔になる。


「俺らはちゃんとした歌なんて、今まで聞いた事なかったんだ。ここに集まってる奴らも。そういうのは貴族が楽しむもので、俺らには縁のない事だった。だから2人共相当楽しみにしていてな。あまり責めないでやって欲しい。」


 いつの間にか話を聞いていたガインさんが、紅茶の香りが漂うカップを持って現れた。そっとカップを手渡される。

「責めたりなんてしませんよ。むしろ楽しみにしてもらえるのは嬉しいです。ただ緊張がすごくて。」

 貰った紅茶を一口飲む。優しい香りとほんのり甘い紅茶にホッとする。少し気持ちが落ち着いてきた。

「取り乱してごめんなさい。女は度胸!楽しんで歌ってきますね!」



 2人に見送られながら、食堂一番奥のセンターへ移動する。

 途中レオさん、ギムルさん、ミレイユさんの姿を発見したけど、お客さんを待たせてるので、今は軽く会釈だけに留めておく。終わってからまた挨拶しよう。


 まずは来てくれたお客さんへ簡単にご挨拶。

「今夜は私の歌を聞きに来てくれて、ありがとうございます!楽しんでもらえると嬉しいです!」


 1曲目は昔活動していた女性ボーカルの3ピースバンドの曲。別れや夢を彷彿とさせる力強いメッセージが込められた、春に聞きたい疾走感のある歌を歌う。

 私の大好きなバンドの曲を最初に歌ったおかげで、緊張も和らいで楽しく歌えた。


 2曲目は社会に揉まれた男達が、白球を追いかけていた少年時代の熱い気持ちを取り戻す曲。全力で歌おう。

 何やら厳つい男達がノリノリで騒ぎ出した。楽しんで貰えてて何よりです。


 3曲目はお菓子のCMに使われたPOPでハジケた曲。落ち込んだ時に聞きたい歌。最後は楽しく終わりたいので、あえて1番ノリの良い曲に。

 踊りながら歌うと、手拍子してくれる人や見よう見まねで踊ってくれる人も。


 最後まで楽しく歌いきり、ぺこりとお辞儀をすると、大音量の拍手が沸き起こった。

 喜んでもらえて良かった~!それに何より私も楽しかった!


 聴きに来てくれたお客さん達から、握手を求められたり、お礼や労いの言葉をかけてもらったりしていると、レオさん達がやってきた。

「桜!!!やっぱりあんたスゲーよ!!!今夜も楽しかった!!!」

 レオさん大興奮。少し照れくさいけど、喜んでもらえて嬉しい。


「私は初めて聴いたけど、本当に良い歌だったわ!桜ちゃんまた聴かせてね!」

 ミレイユさんも少し興奮気味。


「いやー楽しかった!!レオが言い出したんだって?珍しく良い仕事するじゃねーか!」

「おやっさん、そりゃねーよ。」

 ギムルさんが大笑いしながら、レオさんの背中をバンバン叩いてる。仲良しだね!


「つーか急に言葉が話せてるんだが、どうした!?」

「それ私も気になってたのよ。急にここまで話せるようになるかしら?」

 ですよねー気になりますよねー。3人にも他言無用と約束してもらい、言語理解のスキルを得た事を伝える。


 レオさんとミレイユさんは、レアスキルすごい!ぐらいの反応だった。だけどギムルさんだけは顔を強ばらせた。

「桜、このスキルは他の奴にはもう言うなよ。絶対だ。レオ!ミレイユ!お前らも他言無用は必ず守れ。良いな?」

 ギムルさんの唯ならぬ気迫に、私達はピンっと背筋を伸ばす。

「「「必ず守ります!」」」



 その後は皆で夜中まで大宴会。席がない人達は立ち飲みで。知ってる人も、知らない人も、皆で大騒ぎ。

 私は皆から歌のお礼にと、お酒やら食べ物を奢ってもらった。こっそり影から顔を出したコタロウとリュウに、ご飯をお裾分けしたのは内緒です。

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