告白の同窓会

箕田 はる

告白の同窓会


「俺さぁ、実は焼き鳥がトラウマなんだよね」

 同窓会の二次会の席で、俺は何となしに呟いた。

 居酒屋の長机の上には、皿に盛られた焼き鳥がある。それを前に、ついつい苦い笑みがこぼれていた。

 俺のぼやきに、隣に座っていた永瀬がこちらを向く。眼鏡越しの目が、真っ直ぐに俺を見つめていた。

 小学校の時から大人しい奴だったけど、それは今も変わっていないようで、同窓会の席でもあまり口を開いていないように思える。

 二次会どころか同窓会に来るのも、驚きだった。話せば返ってくるし、別にいじめられていたわけじゃない。仲の良い奴もいたし、そいつらが来るから顔を出そうと思ったのだろうかと、余計な想像まで膨らませていた。

 だからこそ、仲の良いメンツの近くに座るかと思っていただけに、俺の隣に来た時は正直驚いていた。

 黙っているわけにもいかず、何となしに話しかけてみて、永瀬が今は有名な企業で経理で働いていると知った。見た目通り過ぎて、想像の範疇だったことに俺は内心苦笑すらしていた。

 真面目で大人しく、頭が良い。そんな印象がそのまんま、今でも引き継がれていたからだ。

「いやさぁ……覚えてるか分からないけど、小学四年の時だっけ? 小屋から鶏が消えた事件があったんだけど――」

 もう十年以上も前のことだから、永瀬は忘れていてもおかしくはない。だけど俺はあの事件以来、焼き鳥がトラウマで食べることはなくなっていた。

 だが予想に反して、永瀬は静かに「覚えてるよ」と頷いた。

「確か朝の会だっけ? そんな感じの時に先生が、険しい顔で鶏が居なくなりましたって言ったんだよ。それで大騒ぎになってさぁ。犯人探しだのなんだのあって、生き物係……まぁ俺とかが、疑われたりして」

 結局は先生が最後に鍵のチェックをしていると分かり、生き物係の人は無罪になっている。あの日の当番は俺じゃなかったけれど、疑われたときは本気でゾッとした。

 だけど、問題はそこじゃなかった。

「で、何が一番やばかったって、その日の給食が焼き鳥だったことなんだよ。まぁー焼き鳥っても、串に刺さってなくてネギと鳥を焼いたやつなんだけど」

 目の前の皿に盛られた焼き鳥は、世間一般で認識されている串に刺さったネギマだ。

「それでみんなが、給食に出てるのが小屋にいた鶏だと言い出して……今考えればそんなはずはないんだけど、俺は本気で信じてて。だから、食うのが凄くしんどくてさぁ」

 一部の女子の間でも、俺と同じ気持ちだったようで残す子がいたが、さすがに俺は揶揄われるのが嫌で無理やり食べた記憶がある。

 それが仇となって、後でトイレで吐いたのは言うまでもない。そのことがトラウマで、俺は焼き鳥が苦手になっていたのだ。

「まぁーそんな事言ったら、じゃあフライドチキン食うなよとか、豚は? 牛は? ってなるんだけどな」

 俺は決まり悪さを誤魔化すように笑い、ビールに口をつける。

 くだらない思い出話だけど、と言おうとしたところで、「ごめん」と永瀬が呟いた。

 俺は驚いて永瀬の顔を凝視する。俯いている永瀬の目は、深刻そうに沈んでいた。

「は? なにが?」

 何を謝っているのか分からず、俺は呆気に取られつつも問う。

「僕なんだ……鶏を逃したのは」

「えっ?」

 俺は絶句した。永瀬がそんな事をするようには見えない。大人しくって、先生から怒られた姿だって一度も見た事がなかったからだ。

「あの日から、ずっと言えずにいた。だから、先生や君に謝りたくて今日来たんだ」

 俺は唖然として、永瀬の悄然とした顔を凝視した。彼はもう一度、ごめんと言って頭を下げた。

「ちょ、ちょっと待てよ。いまさら別にいいから。てか、何で俺なんだ? 俺はあの時、そんな素振り見せなかったはずだ」

 トイレで吐いた時も、ただ朝から調子悪かったからと友達には言っていたはずだ。可哀想だとも言ってないし、多分子供らしく強がっていたように思える。

「分かるよ。だって僕が犯人だから。あの時はバレるんじゃないかって、人の言動に敏感になっていたんだ。そこで君は強がっていたけど、実際は凄くショックを受けてるってすぐに分かった。それに今の話を聞いて、やっぱり今でも、トラウマになってるんだって」

「でも、なんで、鶏を逃したりなんかしたんだ? 永瀬がそんな事するようには見えないけど」

 悪戯心でやるにしては、代償が大きいようにも思える。魔がさしてやったというなら、何となく分からなくもないが。

「可哀想だと思ったから」

 想像の斜め上をいく返しに、俺は「可哀想?」と聞き返す。

「あの狭い小屋に入れられてたら、飛べなくなっちゃうって、あの時は本気でそう思っていた」

 永瀬は居た堪れないと言った面持ちで言った。

「……鶏って、元々飛べないだろ」

「進化の過程で飛べなくなったんだ。人に飼われて閉じ込められているうちに、飛ぶ必要がなくなるから。だから、ここにいる鶏たちは本当は飛びたい、自由になりたいんじゃないのかって……」

 悔いるように背中を丸める永瀬に、俺は責めるようなことは出来なかった。それにベクトルは違えど、鶏が好きだったことは俺と通ずるところがある。

「そうだったのか。まぁー小学生が考えることだから、仕方なかったんだろ。それに戻って来たしな」

 確か数日後に、迷子の鶏が大量に見つかって、保護されたはずだ。それが本当にうちの学校のか分からないが、それで事件は解決となっている。

「でも、君にトラウマを植え付けたのは事実だ。本当にごめん」

 何度も謝る永瀬に周りが気づき始め、訝しげな顔をする。俺はまずいと思って、慌てて「もう良いから」と顔を上げるように促す。

「でも、困るだろ? 焼き鳥を食べる機会って結構多いし」

 今にも泣きそうな永瀬に、俺は皿に盛られた焼き鳥を見た。茶色のタレがかかった焼き鳥は、鶏の面影はない。ただの肉片として、ネギと共に串に刺さっている。

 俺はそれを手に取ると、永瀬が絶句する前で口に運んだ。

 程よく弾力のある肉と甘いタレが絡み合い、俺は目を見開く。それからもう一口食べると、今度はネギの甘みとタレの仄かな酸味が混じり合った。

「うまい」

 思わず声が漏れていた。こんなに美味いとは、想像だにしていなかったからだ。

 それから俺はただひたすらに、串に刺さった残りの焼き鳥を咀嚼した。

 串だけになったところでやっと、「美味かった」と永瀬に向かって言った。

「お前の告白のお陰で、こんなに焼き鳥が美味いものだと知れたんだ。この歳で、そんな感動を得られることはなかなかないだろ」

 俺はそう言って、笑ってみせる。

「だから、もう謝んなくたっていい」

「……ありがとう」

 やっと永瀬も笑顔を見せる。

 俺はホッとしつつ、早々に焼き鳥に手を伸した。


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