相喰む蛇はそれに気付かない
「今日は放送に来てくれてありがとう!また近いうちに私が使ってるコスメを紹介したいと思いま~す。またね~!」
《紹介ありがとうございました》
《同じシリーズのグロス買います》
《――ちゃん可愛いね》
《お揃いの色のやつ欲しいです》
女は視聴者さんたちの反応を待ち、コメントが減ってきたあたりで配信停止ボタンを押した。
「最初はその日買ってきた可愛いものを自慢するために始めたけど、案外楽しくなってきたわね」
承認欲求を満たすためという単純な目的から、インフルエンサーとしての自覚がある程度芽生え始めていた。
最近では企業から案件の打診も増えている。
ただこちらにも個人的なポリシーやプライドがある。
私のブランディングや明らかに視聴者層と離れた商品は断っている。
それくらいは弁えているつもりだ。
「やっぱ私くらいの規模になると男性視聴者も増えてくるようになるわよね」
100%女性向けのつもりで活動を行ってきた。
配信も、自分のコーデ紹介と新作化粧品紹介ばかりだ。
顔を隠すのは手間なのでマスクで済ませてはいるが、男性を釣る系の行為はしていないはず。
やはり名が売れると見つけてくる人には見つかるものなのかね。
別に迷惑はしていないし、そのままで構わないか。
ところで私はファンクラブを開設している。
普段の配信よりも私個人にフォーカスを当てており、よりコアなファン向けになっている。
例えば、私生活の一部を公開したり、雑談配信やコメント募集なども行っている。
新着のコメントに目を通す。
《男ですが、毎配信楽しみにしています。楽しそうに放送していて、見ている私も気分がいいです。これからも頑張ってください。》
んー。
このコメントはファンクラブ開設当初から会員になっている、いわゆる古参から貰ったものだが…。
男性だとは思っていなかったというのもあるが、わざわざ言うその神経がよくわからなかった。
応援してくれるのは嬉しいが、異性であることを主張してくることに違和感を覚えた。
「はぁ…」
大きなため息を一つ。
「気分でも切り替えたいわ。推しの配信見ないと。」
リア友が教えてくれた、最近人気になりつつあるゲーム系配信者。
彼もよく生配信を行っていた。だがその時間帯は、私の放送時間と被ったことがない。
というよりも、被らせていない、の方が正しい。事前の確認は欠かせない。
アカウントを慣れた手つきで切り替えると、放送画面に飛んだ。
「やっぱり、この人の声がいいのよねぇ~。いい気分転換になるわ」
どうやら前回のゲームの続きかららしい。
特段中身には興味はなかった。
ぼーっと画面を見つめ、どちらかといえば耳に神経を注ぐ。
視聴者層はどうやら男性と女性でちょうど二分されているようだ。
からかうようなコメントや、黄色い声援も伺える。
その点が自分の心に火を付けていた。
なるほどね。
先程貰ったファンクラブ会員からのメッセージ。異性アピールに違和感を覚えたことは追憶の彼方。
そんなことはもはや頭にない。
彼氏にしたい、付き合いたい、などは当たり前。
「片思いじゃ終われない」
《ガチ恋してます応援してます会いたいです》
…これじゃあ必死に頼み込んでるみたいじゃない。
後から反省したがその時は無我夢中だった。
「もういいわよ」
『今日も見に来てくれてありがとうございました。ではまた次の放送で会いましょう。お疲れさまでした!』
いつの間にか、かなりの時間が経っており配信は終わっていた。
そして私はいそいそと次の配信の準備を始める。紹介したい化粧品はどれだっけ。
「さて、いい耳の保養になったわ。私も頑張らなくちゃ」
今日も配信は行われる。
女にとって、ある二人の配信が同時間に行われたことがないのは必然だった。
だがある二人の配信者が相喰む蛇、ウロボロスであったことは女にも知り得なかった。
喰っているのか喰われているのか。それは蛇のみぞ知る。
現代SNSのウロボロス 仇花七夕 @adabanatanabata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます