現代SNSのウロボロス
仇花七夕
偶然と必然の配信間隔
「今日も見に来てくれてありがとうございました。ではまた次の放送で会いましょう。お疲れさまでした!」
《お疲れ様でした》
《次のゲーム放送も楽しみにしてます》
《ガチ恋してます応援してます会いたいです》
《また放送お願いします》
男は視聴者たちの反応を待ち、コメントが減ってきたあたりで配信停止ボタンを押した。
「生配信を初めて二年が経つけれど、だいぶ人も増えて来て嬉しいなあ」
画面に表示されていた視聴者数の数字を思い出す。
胸に込み上げてくるものがある。
真面目にコツコツ積み上げてきた甲斐があるというものだ。
会話相手欲しさに始めた配信だったが、こんなに多くの人と交流できるとは思っても見なかった。
「にしても遂にガチ恋勢が出てきたか。自分で言うのもなんだけど、顔出しもしてないのに良く好いてくれると思うよ」
感謝と畏怖が入り交じった妙な感覚を噛み締める。
ありがたいとは感じつつも、理解は及ばなかった。
イケメン風営業し過ぎたか。アカウントのイラストもカッコ可愛いデフォルメキャラにしてある。
ちらっとSNSに来ているメッセージを見る
《ガチ恋してます応援してます会いたいです》
配信と同じ文言がそこにはあった。
毎配信毎動画に現れコメントを残していくだけでなく、ダイレクトメッセージも頻繁に送ってくる恐らく異性であろうアカウントに付きまとわれていたりしている。
現状彼女はいない。だからといってファンと付き合うのは炎上しそうで怖いところはある。
デスクチェアに勢いよくもたれかかり伸びをする。
配信するのもそういった意味では体力を使う。精神も摩耗するのかもしれないが。
「そうだ、あの子の配信を見に行こう」
最近密かな楽しみにしているお気に入りの配信者がいた。時間的にはもう生放送が始まっている頃合いだ。
アカウントを慣れた手つきで切り替えると、放送画面に急いだ。
裏アカを使わねば、なまじ知名度が上がってきたばかりにおちおちコメントも自由に出来ない。
繋がりや関わりをすぐ疑われる微妙に面倒臭い業界に辟易する。
「やっぱりかわいいよな。マスクはしてるけど絶対美人だと思うし。やべぇ、俺がガチ恋しちゃいそうだよ」
画面の中で手を振る彼女を見つめる。
今日は雑談と化粧品紹介の枠らしい。
正直コスメには全くもって興味はなかった。
だが、なんとなくに眺めてしまっているのは彼女を気に入っている証左に他ならないのだろう。
メインの視聴者層は女性なのだろう。本人も自覚があってのことか、媚びるような所作は見当たらない。
流れるコメントを見ても男性は少ないように見えた。
その点が自分の心を揺り動かしていた。
なるほどな。
先程は迷惑と感じたダイレクトメッセージ。応援する側に立ってみれば、案外送りたくなる心理は理解できた。
ただ自分が疎ましく思った方法で接触を図るのは憚られた。
おとなしくファンクラブにでも入って、せいぜい応援メッセージくらいに留めておこう。
ファンクラブの特典はどう見ても女性向けだったが、それでいいのだ。
彼女にしたい、付き合いたい、などは烏滸がましい。
「片思いが丁度いい」
《男ですが、毎配信楽しみにしています。楽しそうに放送していて、見ている私も気分がいいです。これからも頑張ってください。》
…我ながら男アピールが少しイタい気がしたが、深く考えないことにした。
自分のファンと向き合い付き合うよりも、自分が気に入った相手に思いを馳せる。
「健全でいいや」
『今日は放送に来てくれてありがとう!また近いうちに私が使ってるコスメを紹介したいと思いま~す。またね~!』
いつの間にか、かなりの時間が経っており配信は終わっていた。
そして俺はいそいそと次の配信の準備を始める。話題はある程度固めておいたほうが進めやすい。
「さあて、いい気分転換になったな。俺も気合い入れてこう」
今日も配信は行われる。
ある二人の配信が、同時間に行われたことがないのは偶然かあるいは必然か。
故意か恋かは蛇のみぞ知る。
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