やきとり

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

第1話

 小舟が 一艘漂着し、フラフラとした足取りで白い着物を着た者たちが降りてくる。

 何艘かに一艘の割合で、小舟がこうして漂着してしまうのだ。だから、迷子にならないようにと案内人がいて、誘導している。

「はいはい、進路はこちらですよ」

 フラフラと小舟を降りた者たちは、声に従い正しい道へと歩いて行く。


 白いフードを被った案内人は安堵からか、ため息を吐いた──のは、束の間。立ち止まった男を見つけた。

 その男は、ドシリとした足取りで案内人に近づく。そして──。


「焼き鳥はどこだ?」

 食ってかかってきそうな勢いの男に、案内人は背筋を伸ばす。

「焼き鳥、ですか?」

「そうだ、焼き鳥だよ! 今、まさに食べようとしていたのに……」

「おかしいですね」

「ああ、おかしいよ」

「あなたがです」

「俺が?」

 案内人はうなずく。

「ここは黄泉の国です。ここにくる皆様は、生前の記憶を忘れてやってくるのに」

「俺は、死んだ……か?」

「そうですね」

「おかしいだろ!」

「そうですか? ほら」

 男に『見ろ』と言わんばかりに、案内人は右手で小舟を示す。

「何だか、みんな……死んだような目をしているな」

「まぁ、お言葉の通りですからね」

 にこりと案内人の口元があがり、男は目を点にした。


 空間は真っ白だ。立体感などまるでない。音もなく流れる川と、プカプカと浮かぶ小舟。それに、言葉を忘れたかのようにフラフラとした足取りで歩く何人もの白い着物を着た人々。

 案内人は男かも女かもわからないような声色で、話し動いているが、まるで生きているような色見はない。

 男はまじまじと己を見る。着ている白い着物は、フラフラとした足取りで歩く者たちと同じ──そんな現実に打ちのめされ、発狂したのか。男は無のような空間に叫ぶ。


「焼き鳥はどこだー!」


「よほど未練があるのですね」

「未練?」

「はい。たとえばですけれど……お名前は言えますか?」

「俺のか?」

「はい」

「自分の名前くらい言えるさ。俺は……え? 俺は……誰だ?」

 男は突然、オロオロとし始めた。

 案内人は変わらずに淡々と言う。

「そうなんです。生前の記憶は、ないはずなんですよ」

「いやいやいやいや! ド忘れくらいあるさ! 住所なら……住所?」

「もうやめませんか。覚えていることに意味はありませんから」

「焼き鳥は?」

「未練です。そもそも、『焼き鳥』とは『何』ですか?」


「わからない」


「わからない、ですか」

「食べようとしていたし、すごく楽しみだったのは覚えている。けど、味とか、見た目とか……何一つ覚えていない!」


「では、もう諦めては?」

「断る!」

「なぜです?」

「俺が、すんごく楽しみにしていたことだからだ! ……そうだ、焼き鳥が登場する物語はないか?」

「物語……ここには書物はありません。ご覧の通り、ここは真っ白なところです。生前の記憶を失った者たちが三途の川から閻魔様への謁見に向かう途中の道ですから」

「書物でなくてもさ、あんたが知っている物語を話してくれたらいいんだよ!」

「わたしが? そもそも、わたしには『焼き鳥』がどのようなものなのか……まったくわからないのですが」


 ポカンと男が口を開いた。


「あ~……進路はこちらですよ~」


 男ばかりを構ってもいられないと言うかのように、案内人はフラフラと歩く者たちを誘導する。

 ふと、男がうめき声のようなものを言い、頭を抱えた。

「く~っ! 何てことだ! ああ……このままじゃ、死んでも死にきれない!」

「もう、手遅れですけどね」

「そうだ! 俺は作家だったんだ! よし……『焼き鳥』も、思い出せそうな気がする!」

「よくない傾向ですね」

「ないのならば書く! そして、それをあんたにくれてやろう!」


「わたしに、ですか?」

「そうだ!」

「なぜです?」

「作家はな、物語を書いたらそれを読んでもらうのが楽しみなんだよ!」

「はあ。……でも、三途の川を渡ってから七日間以内に閻魔様に会わなければ成仏できませんよ」

「なに? じゃ、成仏しないってのは……」

「お勧めはできませんが、まぁ、成仏しないにしても、ここに留まることはできません」

「わかった。じゃ、締切りは七日間だな!」

「いえ、ここから閻魔様のもとに行くのに、最低三日は……」

「なんだと? じゃ、あと四日か……最低三日なら一日猶予があった方がいいかもしれないし……三日! 締切りは三日後か! 死後にも締め切りがあるなんて、燃えるな!」

「もう、灰になってますしね」

「まだ燃え尽きてない! 今、燃えたばかりだ!」

「おかしいですね」

「おかしい解釈をあんたがしているだけだ! ……よし、どう書くか……あ!」


 男はフラフラと歩くひとりの者に声をかける。

「すまん、その手に持っているのを譲ってくれないか?」

 虚ろな瞳で手に持つノートを見、髪の長い人物は『いらない』と言うように、男にノートを差し出した。

「ありがとう!」

 感謝の言葉が聞こえていないかのように、髪の長い人物はまたフラフラと歩き始める。

 男はそれでもまた感謝の言葉を言い、キョロキョロと周囲を見て、また同様に声をかける。

「すまん、その手に持っているのを譲ってくれないか?」

 白髪の人物は虚ろな瞳で手に持つペンを見、『いらない』と言うように、男にペンを差し出した。

「この恩は死んでも忘れない!」

 男の言葉が聞こえていないかのように、白髪の人物もまたフラフラと歩き始める。

 男はその背に再び感謝の言葉を言い、雄叫びを上げる。

「よし、これで書けるぞ!」


 男は案内人の近くに戻ってきて、鼻息荒くその場に胡坐をかきノートを広げた。『やきとり』と書き、案内人を見上げる。

「あんたには、新しい楽しみを冥土の土産にやるからな!」

 楽しみを見つけた子どものように笑うと、まるで呪文のように『やきとり』と同じ言葉ばかりを書きなぐる。


「楽しみ……」

 案内人はが何かと知っていた。は『煩悩』と言われるモノのひとつであり、黄泉の国には不必要なモノ。

 けれど、案内人は黄泉の国にいる者として、相応しくない返答をした。


「に、していますね。『焼き鳥が登場する物語』を」

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やきとり 呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助) @mikiske-n

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