ぬらりひょんの焼き鳥
白鷺雨月
第1話ぬらりひょんの焼き鳥
その老人とは月に一度会う約束をしている。
その老人はぬらりひょんのような風貌をしている。
目は傷口のように細く、頭部には毛が一本もない。小柄で古びた着物を着ている。
着物は古いが決して不潔ではなく、清潔であった。
そのぬらりひょんのような老人と出会ったのは今から約三年前のことだ。
仕事帰りに僕はその老人に背広のすそをつかまれた。
「腹が減った。何か食わしてくれないか」
しわがれた声でぬらりひょんは言う。
ふりはらって帰宅してもよかったが、どうにも見捨てることが出来ずに僕は、近くの焼き鳥屋にはいった。
たまたま入った店であったがかなり美味しい焼き鳥を出す店であった。
とくに継ぎ足して使われているたれは甘く、それでいて肉の旨さを引き立てていた。
店員の話では精肉店と姉妹店なのでいつも新鮮な鶏肉が手にはいるとのことであった。
チェーン店ではお目にかかれない部位も食べることができた。
ぬらりひょんの老人と僕はその店でおおいに食べ、そして飲んだ。
食事中にした老人との話はとても面白いものだった。
彼の話のなかには今ではもう歴史上の人物といっていい政治家や経済人、芸能人らの名前が次々とでてくる。
たぶん、ぬらりひょんの作り話だと思うがとても面白いので食事のあと、毎月一度一緒にご飯を食べる約束をした。
その日も僕はぬらりひょんと食事をすませた。やはりこの店の焼き鳥は旨い。
とくにぬらりひょんのすすめで食べたきんかんというのが僕のお気に入りだ。
どうやら卵として生まれる前の部位らしく、濃厚な黄身の甘味がたまらない。
その後に飲むレモンサワーが最高だ。
ぬらりひょんもビールをごくごくと喉をならして飲む。そしてねぎまを口いっぱいにほうばる。
「やはり、歌は李香蘭が最高だったな。上海で聞いたあの歌声は今でも忘れられん」
しわがれた声でぬらりひょんは言った。
食事を終えた僕たちは店を出る。
もちろん会計は僕もちだ。
ぬらりひょんの話を聞くかわりに僕が焼き鳥を奢る。
この店がリーズナブルで本当によかった。
ある日の休日、僕のマンションにある人物が訪れた。
パリッとした高級そうなスーツを着た白髪の老人であった。
僕なんかにうやうやしく頭を下げ、僕の名前を呼んだ。
「よろしければわたくしどもの所に来ていただけますか」
好奇心にかられた僕は、その男性についていくことにした。
マンションの前にはハイヤーが止まっていて、老紳士の運転で僕はテレビでしかみたことのない超高級ホテルにつれていかれた。
ハイヤーを降りるとそのホテルの従業員たち全員が僕に頭を深くさげる。
いったいこれはどういうことだろうか。
僕はそのホテルの宴会場のような場所に案内された。そこには僕を含めた十数人の若い男女が集められていた。
「いやあ、君もぬらりひょんをご馳走したのかい。ちなみに私は月に一度オムライスを一緒に食べる約束をしていたんだ」
丸目がねの女性が僕にそういった。
やがてあのぬらりひょんが老紳士と共にあらわれた。
「会長こちらに」
老紳士は壇上にぬらりひょんを案内する。
「いやあ、今日はよく集まってくれた。毎月毎月この老いぼれのよた話に付き合ってくれて本当にわしは嬉しかったのだよ。しかも諸君らはなんの見返りもなくな。これはわしからの冥土の土産じゃ、好きなものを持って帰ってくれ」
ぬらりひょんはそう言う。
そして長大なテーブルを指さす。
そこにはこれまた見たことのない金銀財宝が並べられていた。
僕はその中から骨董品のような古い本を手に取った。墨で「妖怪大全集」と書かれていた。
「ほう、そいつを手にするか。そいつはのその本に載っている妖怪妖魔を現実に使役することができる本なのじゃ」
いつのまにかぬらりひょんが僕の服のすそをつかみながら、そう言った。
ぬらりひょんの焼き鳥 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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