第53話 1番の古株はこれでおしまい。

暫く王宮の煌びやかな廊下をルークにエスコートされながら歩くとある扉の前に来た。

他の部屋の扉よりか少しばかり扉の飾りが派手に見えたその扉をルークはコンコンコンとノックする。



「どうぞ!」


元気な返答を聞くと、ルークが扉を開けた。

そこは王宮の応接室なのか、大きなローテーブルと1人掛けのソファが10脚ほどあり、天井の真ん中には王宮を思わせる豪勢なシャンデリアが吊り下げられている。

窓は大きく外の景色もよく見え、緑豊かな庭が絵画の様に映えていた。


その部屋の中央にある大きなローテーブルの周りには5人の男女が椅子に座っていて、入室してきた私とルークは格好の視線の的だ。



1番奥に座っている1人が立ち上がり嬉しそうな笑顔を見せて手招きしている。


「やっと会えて嬉しいよ、ルーク。それにロティ。こっちで話そう。」


赤髪の黄金の瞳を持つ男性が私達を呼ぶ声が、昨日魔導具のオウムと話していた時の声と同じと言うことに気づいた。

だいぶ感じが違うが初対面でいきなり突っ込むのは失礼にあたるだろう。


ルークが無言のまま私を引き連れて部屋の中に入り5人の元に近づくと、その間に5人はソファから立ち上がって私達を待つ。


慣れないドレスに合わせてルークが歩調を合わせてくれているのがなんともありがたい。

じゃなきゃここで転べば赤っ恥だ。


テーブルを隔て5人の目の前で止まるとルークは軽く頭を下げた。


「急ぎで伝えもしないまま先に帰って悪かったな。

サイラス、リニ、ノニア。」


「…いえ、お気になさらず。ルークさんお帰りなさいです。」

「何を言ってるの!サイラス!私は許してないんだから!私も一緒に帰りたかった!お尻を痛くして帰ったんだから!フェイに乗って帰ればそんな事もなかったのに皆怒るし!」

「…ノニア煩い。ルーク、気にしなくていい。いつもの我儘だ。」


ルークにそう言われ3人の女性が一気に反応し返答していた。


1番最初に発言した人は奥ゆかしい感じで、眼鏡を掛けて茶色髪のボブヘアーの女性だ。

魔導師なのか杖を持っており、サイラスと呼ばれたその人は私とルークを穏やかな表情で交互に見ている。


怒り気味に話す女性はこの中で1番年下の見た目だ。

冒険者になりたての年齢に近そうなその女性はノニアと呼ばれ、薄ピンク髪のツインテールで如何にも可愛らしい感じだ。

まだ唇を突き出してぶつぶつと1人文句を垂れている。


最後に発言した人はルークの言葉からするとリニという名前の人だろう。

黒装束の衣装に黒髪の静かな女性。

ベリーショートだが前髪が長い上、私が前に使っていたようなスカーフを口元に巻いており、あまり顔が見えなくて表情が読めない。


ルークは私以外の顔を見回しながら話す。


「この中じゃロティを認識出来ているのはアレックスとサイラスとリニか。

エドとノニアには認識出来ていないな。」


「認識って何よ!魔法でも使ってるの!?そこの女の子。エドガーもわからないの?」

「ノニア…もう少し落ち着いて。

…そうですね、不思議な感じがします。

ルーク、名前は知っていましたが改めて紹介してもらってもいいですか?」


ルークは私の肩を抱き、柔かに私を紹介してくれた。


「ああ、俺が長年探していた人だ。

名をロティ・キャンベルと言う。ロティ、魔法解除して話して欲しい。」


ルークに促され認識阻害魔法を解くよう念じ、頭を下げた後表情を整え緊張混じりの声で話す。


「こんにちは、申し遅れました。ロティ・キャンベルです。よろしくお願い致します。」


「「!!」」


何を伝えていいのかわからず名前のみの紹介となってしまったが、エドガーとノニアの表情が一気に変わった。


この2人は私の自己紹介に反応したわけではないだろう。


この表情は見た事がある。

私がパーティに入る前にローブとスカーフを取った時の反応とほぼ一緒だ。

前回のパーティからこの反応を見ていなかったからか久しぶりに感じてしまった。


私を指差しながらノニアは呆けた様子を見せている。


「なによその子…。わたしくらい…いやわたし以上…?すごい美人じゃないの…。」

「…。」


エドガーに至ってはぽかんとした表情のまま全く動かずに私をじっと見つめていて少し怖い。

パンパンッと拍手が聞こえると、それはどうやらアレックスが手を鳴らした様で皆の視線は柔かなアレックスに集まっている。



「よし!ロティにもわかるように俺達を紹介しよう。

俺はアレックス・エズモンド、勇者だ。


今、口を開けて惚けてるのがエドガー・エーデルマン、勇者パーティ鉄壁のガーディアン。


そこの杖を持ってるのはサイラス・リジーナ、魔導師と治療師をこなせる天才だ。


そこのピンクの煩いのはノニア・ブロット、魔物使い。この見た目でもちゃんと成人してるからね。


顔が見えないと思うけどそこの黒ちゃんはリニ・ルロクバ、アサシンだよ。怒ると1番怖いから気をつけてね。


今の勇者パーティのメンバーだ。よろしくね、ロティ。」

「こ、こちらこそよろしくお願いします。」


私は頭を深く下げるとそれぞれ私にお辞儀を返してくれた。勇者パーティのメンバーを詳しく覚えていなかったため紹介されるのはありがたい。

失礼のないように覚えておかなければ。


紹介が終わるとアレックスがソファに座ると他のメンバーも同じように腰を下ろした。

ルークは私をソファの前までエスコートしてくれたため、大人しく私はソファに座るとルークもまた私の隣に腰を下ろし隣同士で席につく。



「さて、ルーク。正式的に話すんだろう?」


この間の魔導具で話した時の少しふざけた様な会話が嘘のようにアレックスは真剣味を帯びた顔をしてルークに尋ねた。

ルークもまた同じように皆を見据えて応える。


「ああ、パーティ加入時に俺から伝えていたと思うが、冒険者をしているのはロティがいない時のみで俺はロティが見つかり次第パーティを抜けると話していただろう?

本来なら2年前にロティが見つかっていたのだが、古代竜の交渉戦のせいで情報を止められていて会えなかったんだ。遅れてしまったが、俺は予告通りパーティを抜ける。」


ルークが皆に伝えるが誰も驚いた様子は見られなかったが反応は各自違っていた。


アレックスとリニは納得している様子、ノニアはそうだっけ?と言うような顔。

まだポカンとしているエドガーに、サイラスは眉を下げ拳を握りしめていた。



「確かに言っていた。遅くはなったが会えてよかった。」


僅かに重い空気の中、顔の見えないリニはふと柔らかい口調で言った。表情は読めないが、何故かリニが優しく笑っていっているように感じる。


ノニアは思い出そうとしているのか目を閉じ眉間に皺を寄せていた。


「そんな事も言っていたわねぇ。随分のことであまり覚えていないけど…。」

「ルークに続く古株だからね、ノニアは。

その見た目じゃ幼女にしか見えないけど、40歳超えてるもんね。」

「うっさい!アレックス!ハーフエルフなんだから見た目と年齢が合わないのは仕方ないでしょ!?」


随分幼く見えたのはノニアはハーフエルフだったからか。

ハーフエルフは妖精までとはいかずも長命だ。人間の2倍は生きたはず。


明らかに余計な事を言ったアレックスにノニアは一発入れようと拳を振り回して頑張っているがアレックスは余裕で避けていた。


その隣にいた伏せ気味のサイラスが顔を上げ、しんみりした顔で話す。


「分かってはいましたが…寂しいです…。ね?エドガーさん。」

「…。っは!

はい、はい?なんですか?…すみません、全然聞いていませんでした…。」


サイラス話しかけられたエドガーは、がくんと体をビクつかせて驚きを見せている。

今まで瞬きも忘れていたのか目を自分の手で擦っていてなんだかこちらまで目が痛くなりそうなほどだ。


パシッとノニアの手を掴んだアレックスがニヤニヤしながら顔をエドガーに向けた。


「珍しいな。エドのこんな様子見た事ないな。」

「そうね、堅物でもこれくらいの美人には興味があるみたいね?」


アレックスとノニアにそう言われたエドガーは顔を紅潮させ、私をチラ見したが目線はすぐに外れた。

その様子を見たルークが短いため息をついて口を開いた。


「…エド、お前はいい奴だ。だが、申し訳ないがロティはやれん。」

「はい、わかってます。重々承知しています。

ですが、すみません。このような方だとは思っていなくて…何度も話には聞いていたのに…。いや…参った…。」


手を目に当て完全に視界を塞いだエドガーは大きな体躯を縮こませていた。

その様子を見たアレックスは私を見て笑顔で言う。


「ロティ、すまんな、騒がしいパーティメンバーで。」

「いえ、皆さん仲が良い様で羨ましいです。」

「ここのメンバーで組んでから8年になりますから。家族みたいな感じですね。」


サイラスは感傷に浸りその年月を思い出してるかの様に優しい表情で言うと、今まで動きがなかったリニが手を顎に当てる仕草を見せた。


「8年か…自分も前線は潮時か…。」

「え!リニまで辞めないで下さいね?それを言うなら私だって同じなんですからっ!」


杖ごとソファから身を乗り出しサイラスは隣のリニを抱きしめた。杖がごりっとリニの頬に当たって痛そうだが文句も言わずにリニは物思いに耽っているようだ。


アレックスは掴みっぱなしのノニアの手を離し真面目な表情でルークに言う。


「ルーク、とりあえずは反対するものはいない。

今までありがとう。今度はロティと幸せに暮らしてくれ、と言いたいとこだがグニーの脱獄の件を帰ってから聞かされた。

逃がしてしまったのはいただけないが、これからどうする気だ?追うのか?それとも放置か?」



アレックスの言葉に今にも舌打ちをしてしまいそうなほどルークは顔を顰め、腕を軽く組んで苛立ちを見せた。


「追いかけっこは出来ない。

あの女は俺がロティに会う前にロティに自分の召喚獣を使って呪いをかけたんだ。

呪いは追跡の類でロティの居場所はあの女に丸わかりだ。

現れない限りはこちらからは手の出しようがない。

俺1人で探すのもいいが、その間ロティが1人になる。

屋敷で1人で居させるのも心配をかける。」


「呪いまでかけられたのか…。ロティは解術もできるんじゃなかったか?」

「ロティは今記憶の一部がないんだ。

だから本来使えていたはずの呪術も解術も使えない。記憶は戻る可能性があるからあまり心配はしていないが。

術まではわからない。」


「そうか…。

うーん…なら俺達と一緒にいた方がより安心なんじゃないか?なにかあってもその方が対処できるだろう?」

「ロティは回復は出来ても治癒師ではない。

まだC等級で、いきなり勇者パーティが行くとこについてこいと言われても困るだろう。」

「あー…そうかぁ…。うーん、なんかいい手はないもんかな。」


ルークが難色を示すと難しい顔をしたままボフンと柔らかいソファにアレックスはもたれかかった。


「今からベムのとこに行く。

魔導具でロティの身を守れそうなものは持っていくつもりだ。その後は魔術師団のとこへも挨拶に行く。」

「魔導具はいいな!この際良いものをもらうと良い。

俺達も出来る事があれば協力はするからな。

それとルーク、暫く遊べないだろうから手合わせだけ魔術師団の使う練習場でいいからしてほしいな?」


ルークの話を聞き、アレックスは身を起こし嬉しそうな顔で喜びと提案を示すと、その提案の方にパーティメンバーは目を輝かせ身を乗り出している。


「私、見学したいです!」

「面白そうだから私もいくわ!」

「なら、自分も行こう。」

「わ、私も…。行きます…。」


間髪入れずに私とルーク以外が乗り気になってしまい、ルークはOK以外の答えを提示する事が難しい状況になったようだ。

ルークは早々に諦めたのか溜息を一回ついた後、こくんと頷いて見せた。


渋々ながらも頷きを見せたルークにアレックスは立ち上がり喜んでいる。


「よし!じゃあ堅苦しいの終わりね!先に魔術師団のとこに行ってるから魔導具選んだらルークとロティきてね!さ、行こうかー皆〜♪」

「どっちが勝つかしらね?」

「もちろんルークさんです!」

「自分も混ざろうかな。」

「…。はぁ…。」


横にあった剣を抱きしめ、るんるん気分でアレックスが立ち上がるのに続き、他の人もぞろぞろと立ち上がり用意を始めたようだ。

私はルークを見つめて耳元で密かに尋ねた。


「アレックスさんの性格はどっちが本物?」

「…どっちも…だな。」



まるで子供みたいに喜ぶ姿はさっきの勇者の面持ちをする人物と別人のようだ。それは綺麗に仮面を付け替えている様にも見えた。

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