第51話 これで胃に穴が空いたら犯人は1人。2人?
重そうな光が零れ落ちるシャンデリアや豪華絢爛な内装は目が潰れてしまうかと思うほどの煌びやかな光を放っていた。
凝視するのも憚りなんとか無表情を保つ。
というよりも無表情のまま表情筋が壊れたみたいだ。
慣れない事はするものではない。
暫く歩くと中庭に着いたようで少しホッとする。
ドレスで歩くだけでも疲れるのに更に王宮ともなると足枷を何個も付けて歩いているような感覚になってしまう。
表の庭も美しかったが、中庭はまた別の空間だった。赤い薔薇で統一されたこの空間は空気が違うように感じる。
庭の真ん中に豪華なテーブルと椅子がありその椅子に1人座っている人が見えた。
(間違いなく…陛下だよね…。うっ。内臓が口から飛び出しそう…。)
その人に近づくとその人は笑顔で手を振っていた。
「待ってたよ、ルーク。ロティ、王宮にようこそ。
これは謁見ではない、この場は非公式にした。
堅苦しくなくていい。発言も自由にしてほしい。」
30代くらいの金髪の碧眼のその人は満足そうに笑って話している。正装にファー付きのマント、これに王冠があれば絵に描いたような王様の姿だ。
そんな人を目の前にルークはふてぶてしく言い放つ。
「元より堅苦しくするつもりもないがな。」
陛下でほぼ確定しているであろう人物に、そんな態度を取れるルークが信じられなくて私の目玉はどこかに飛んでいきそうだ。あまり驚くような発言は私の心臓を爆発させかねないので辞めて欲しい。
なのにその人は怒りもせず、くすっと笑いを見せた。
「くすっ、お前はな。ロティは今にも口から心臓が出そうだぞ。大丈夫か?ルークから聞いてはいたが、本当に美しいな。
一応挨拶をしておこうか。メルニア王国の王マルグリッドだ。」
スローモーションのように、だが一瞬の出来事で私の頭はさっきから置いてけぼりで目が回りそうだ。
失礼のないようにしたいのに礼儀など知らない私はさっきのハインツの言葉を思い出して急いでお辞儀と挨拶をする。
「おはつにおめにかかります、ロティ・キャンベルともうします。よろしくおねがいもうしあげます…。」
ちゃんと話せたはずだ。
少々硬くなりすぎたかもしれないが、噛まなかったのは偉い、私。
そんな私を見てまたもやくすくすと綺麗に笑う陛下がいる。可笑しかったり失敗はしてないはずだが、冷や汗が出そうになってしまった。
陛下はにっこりと微笑むと私に優しく伝えてくれる。
「本当に可愛らしいな。
おっと、そんなに睨むんじゃない、ルーク。
ロティ甘いものは好きかな?料理長が作る菓子はどれも美味だ、遠慮しなくていい。さ、座って食べながらでも話そうか。多忙なものでな、あまり長い時間はとれない。さっさと本題に入ろう。」
陛下が着席を促すと、すっとハインツが椅子を引いている。
陛下が椅子に座ると柔かにもたれかかっていて、私達が座るのを待っているが、王宮の椅子は豪華過ぎて座ることすらも怖い。
息を呑んだが、拒むことも出来ないため大人しく座る。
ルークはなんなく座るとハインツは全員に紅茶を入れてくれた。
目の前に置かれると陛下は紅茶を優雅に飲みながら申し訳なさそうに眉を下げて口を開いた。
「さて、ロティの情報を止めていた事については本当にすまなかった。ルーク、ロティ。
だが、わかって欲しい、この王国は古代竜に護ってもらっているのだ。中途半端な相手をすると竜の機嫌を損ねる。それは避けたかった。
埋め合わせをすると言っていたが公式な謁見と褒美と称号の授与式は無くそう。お前は嫌いだろう?
褒美は勿論与える。後はついでに叙爵なんかはどうだろうか?」
眉を下げても笑顔を絶やさない陛下と真逆の顔の顰めっ面のルーク。
ルークはケーキスタンドから勝手にケーキやマフィンを取り皿に取ると、フォークでそれを刺しながら鋭い目付きで呆れた様に言う。
「2年も情報を止められていたのにか?
それに俺はあれほどあの女を逃がさないよう、きつく言いつけていたはずだ。なのに逃したな。その埋め合わせはどうなる。
謁見はそれでいい、褒美は貰う。だが爵位に至っては本当に必要ない。貴族の付き合いも夜会などにも出たくはないからな。面倒だ。」
言い終わるとルークはケーキを頬張った。
よく緊張もなしにいられて、更には食べ物を食べる余裕すらある事が信じられない。
私の胃はぎゅうぎゅうに掴まれているというのに。
ハインツが静かに私にもケーキを取り分けようとしたが首を振って遠慮したが、私の事は置き去りに2人の会話は進んでいく。
「褒美と賠償は言ったものを用意するから怒らないでくれ。本当に一介の冒険者だな。お前は昔から叙爵を嫌って、父も祖父も嘆いていたぞ?
グニー・アレグリアの件はこちらでも血眼になって探している。看守を5人も殺されたのでは黙っていられない。
だが中々見つからんのだ。どこに隠れているのやら。
連れて行かれた看守もどうなっているのか…。
こちらが捕まえた際にはお前の手で処分を決めて貰おう。好きにするといい。」
「あの女は近くにはいると思うがな。
あの女からロティが呪いを掛けられた。またロティを殺すつもりなのだろう。
俺がロティを守るが念には念を入れたい。いつもの3倍の褒賞金と魔導具を寄越せ。それが今回の報酬でいい。」
チラリと哀れみの目で陛下が私に視線を移しながら話を続ける。
「ロティが呪いを…。それは厄介だな…。なに、本当に謝罪の気持ちはある、5倍の褒賞金は出すさ。魔導具は帰りに王宮の魔導技巧師の所に寄るといい。好きなものを持っていくように。ハインツ、技巧師に言伝を頼む。」
「かしこまりました。」
陛下に言われると、素早くハインツが他の使用人のところへ行き言伝をしているようだ。
テンポよく会話する2人に私は固まりながらなんとか紅茶を口に運び頂く。
折角の高そうな紅茶も味がわからない上に手が震えて飲みにくいったらありゃしない。
耳では会話を聞いてはいるが、この2人の会話の中に入れる気もしないと思っていたのに、陛下はこちらを向きにこりと笑って言う。
「さて、ロティ。君は欲しいものはあるかな?ルークと会う事を止めていた詫びだ。」
「…ホシイモノ。」
「ロティ、まだ緊張しているのか?」
片言の私に驚きを見せるルーク。
自分は更に別のお菓子を取ろうとしてる始末だ。
私は陛下がいる事を忘れ怪訝な顔をルークに向けて言い放った。
「…というより何故ルークはそんなに陛下に太々しいの…?この国の王様だよ?」
ルークは陛下をチラ見したが、すぐに私に目線を戻し若干困った顔で話す。
「100年以上もこの国の為と言いつつ冒険者をやっていれば、自然と冒険者の等級も最上級にはなるし、王族を警護する事が何度もあったからな。それにこいつとは赤ん坊より前から知っているから今更畏まる気にもなれない。」
ルークの発言は今の私には吹雪のようで酷く肝が冷える、というよりもう凍ってしまいそうだ。
陛下が怒るのではないかと盗み見ると、ルークにあんな事を言われたにも関わらず笑顔で頬杖をつく陛下。
「まぁ私もそうだね。人が居ない時にはこうして話してくれた方が気が楽でよい。
王に友人など滅多にいないものなのだが、ルークは父の代からの友人だ。
ルークは本当にこの王国の役に立ってくれた。ルークがいなければ、なし得ない事も沢山あったからな。
ルークが私に向ける態度は親友であるからこそと自負はしているよ。
余り気にしなくていいと言ってもどうしても気になるだろうね。それが普通の反応だよ、ロティ。
とりあえずそれは置いておいて、欲しいものがあるなら遠慮なく言ってみなさい。
ルーク以外の男は用意しても無駄に終わるだろうからそれ以外ならなんでもいいぞ。」
寛容と爆弾を同時に見た気分だ。
ルークは陛下を睨み怖い顔をして、今にも舌打ちをしそうな勢いを見せている。
「ロティに変な入れ知恵をするようなら俺は今後一切王国に手を貸さない…。」
「ほら、見ろ。用意しても始末されかねん。
昔からルークはロティ一筋だ。厄介なのに惚れられたなぁ、ロティ。」
「い、いえ、私もルークが好きなので厄介とは思ってないです…。それと、陛下、私…まだ欲しい物が思い浮かばないので…。」
辞退したい。本当に本当に辞退したい。
また王宮に来て陛下とこうやって話すのは何度もあっては私は耐え切れない。
ここで初めて陛下の笑顔が崩れ、一瞬その顔に驚きをみせた。
「ほお。何とも健気だ。では何か欲しいものがあったらルークに言いなさい。ルークから私に伝えた方がロティも気楽だろう。」
それなら、と私は頷いた。陛下は納得したのかまた綺麗な顔で笑顔になる。
なんとか話はまとまった様で、私は僅かに安堵してしまった。ふとキィッと小さな音が聞こえたと思ったらハインツが懐中時計を開いて見て音の様だ。
穏やかな表情でハインツは陛下に頭を下げ声を掛けた。
「陛下、そろそろお時間です。」
「そうか、早いな。では私は失礼する。ゆっくりして行っても良いし、技巧師の元へ行くのも良い。
そういえば勇者達もルークに会いたがっていたな。
勇者達にも会うと良い。では、またな。」
するりと椅子から立ち上がり陛下はテーブルを離れた。
私も慌てて椅子から立ち上がりお辞儀をすると通り過ぎる時に陛下に頭を撫でられた。
「!」
「ルーク、嫉妬のし過ぎは格好悪いぞ?」
そう言いながら笑って逃げるように陛下は早足でその場を去っていく。
その後ろ姿をルークは怒ったような気不味そうな、なんとも言えない顔で睨んでいた。
❇︎王国の監獄は王都の左下の端にある。王宮管轄でギルドも一部協力をしている。
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