第50話 誰だって不得意なことはある!
朝から甲冑達が2階の寝室のドレッサーの前に座る私の後ろをガチャガチャと慌しく動いている。
起きたら目の前には甲冑達がどこから持ってきたのかわからないが、女性の使用人が着るようなエプロンとヘッドドレスを身につけて私が目覚めるのを待っていたようだ。
隣に寝ていたルークはベッドからいなくなっていてもぬけの殻で、甲冑達と目があった?瞬間にベッドから起こされ部屋にあるテーブルと椅子へと急がされた。
どちらも可愛い白のフリル仕立てだが、甲冑がつけると何故か強そうに見えるなどと呆けて考えるのも束の間。
次々と手渡されるサンドウィッチを急かされながら口に運び、次はお風呂だと浴室に引っ張られて移動した。
なかなか出て行かない甲冑達にたじろぐと服を脱げと言わんばかりにジェスチャーをしていたため、さすがに甲冑達を追い出しお風呂は1人で入った。
その後、脱衣所から出て来た私を攫う様に寝室へと連れて行くとドレッサーの前の椅子に座らされ、私の髪を結ったり化粧をしたりと5人の甲冑は素早く動いて用意をして行く。
化粧が終わると身振り手振りの甲冑達からドレスを渡された。ルークが用意したものでこれを着ろと言っているようだ。
着方がわからないと話すとドレスをまた甲冑達にもどし、服を脱げとジェスチャーされ渋々下着になるとドレスの着付けをしていってくれた。
何故甲冑達はそつなくきちんとドレスを着せられるのだろうと、不思議で堪らない。
甲冑だからこそ以前はお城とかに居たんだろうか、など今必要のない事を考えてしまう。
目だけ動かしてドレスを見ると、ワンショルダーの青色と白色のドレスのようだ。
肩には白いリボンと銀色の小さな花の刺繍があしらわれ、スカートは床スレスレまで伸びており、白いフリルやレースが幾重にも重なり華やかに見える。
ドレスなんて着た事も無いもので裾を踏んで転んだらどうしようかと肝が冷えてしまう。
左肩が隠れるようなワンショルダーのデザインで、呪いの跡が見えなくてホッとしたが、あまり激しい動きをすれば見えそうだ。
このドレスで激しい動きなど出来ないだろうけれど。
甲冑の1人が私の肩をポンと叩くとドレスが着終わったようで、またドレッサーの前に座らされ最終チェックをするようだ。
5人の甲冑達が変わる変わる私を見ると全員でガチャガチャと拍手をし出したためこれにて終了という事だろう。
改めて鏡で自分の姿を見ると髪には白と青のリボンを飾られ更に器用に編み込みまでされており、化粧もされて睫毛は長く、眼はより一層ぱっちりに見えて、頬もほんのり色付き、唇には潤いが見える。
甲冑達の動きを全て見ていたのにどうやったのかまるでわからない。
私が仕上げられたはずなのに私じゃないみたい。
鏡に映ったのはまるでどこかの貴族のお嬢様みたいで居心地が悪い。
甲冑達にはとても好評でまたもや手を叩いて喜ぶものや、ガッツポーズをするもの、腕を組み頷くもの、手をあげて喜ぶもの、それに抱きつくものもいる。
「甲冑さん達とても器用だね…。
仕立ててくれてありがとう。私じゃこんな風に出来ないよ。」
私が身動きの取りにくいドレスに格闘しながらもなんとか笑顔でお礼を言うととても嬉しそうにガチャガチャと甲冑を鳴らしていた。
◇◇◇
ルークはきっと下にいるだろうと転ばないようそっと廊下を歩いて階段を目指す。
階段まで来ると先程まではいなかったルークが玄関ホールにはいるものの、正面を向いて昨日の魔道具のオウムと話している為こちらには気付いていない様子だ。
ぎこちない歩きを笑われる前にギコギコと階段を降りてルークの後ろに立つ。
「ああ、支度が終わり次第向かう。もうそろそろ終わるだろうから茶でも飲んで待っておいてくれ。」
【くすっ。ああ、そうだな。では待っているぞ。】
会話が終わるとオウムは鮮やかな色を金色に変え魔道具に戻っていく。
「お待たせ、終わったよ。今の誰?」
「おっと、ロティいたの…」
ポンポンと肩を叩くとやはり私に気づいていなかったようでルークは驚いている様子だ。
それにしても口まで開けて驚かせてしまったのだろうか。
ルークはなかなか動きもしない。
「…ルーク、大丈夫?動ける?」
「ロティ、その格好で行くのか…。」
「え!?ルークがこのドレス選んだんだよね?
甲冑さん達これ着てって渡して来たよ!?
違うの着るのは…ちょっと…。ドレスって着るの大変だし、私1人じゃできなくて化粧だって髪だって甲冑さん達やってくれたから出来たんだよ!?」
ここまでやっておいて初めからやり直し、はとてもじゃないが耐えられない。
私は焦り怒り気味にルークに訴えるとルークは参ったと言わんばかりの表情で片手で目を覆った。
「いや…そうじゃなくて…。はぁ…。
ロティ、また違う日にドレス着て欲しい。」
「えー…うーん…。なるべくなら着たくは無いけど、なんで?」
手で覆った目から瞳が見えてぞくりと体が震えた。
ルークの目が狙いを定めた猛禽類の瞳になっている。
「可愛くて綺麗で官能的で…堪らない…。このままここに閉じ込めておきたい…。やっぱり王宮行くのやめようか。このままロティと屋敷で過ごしたい。とりあえずキスしていい?」
私の両肩を優しい手付きで掴んだが私はそれを全力で止めた。折角出来上がった物を崩されたら甲冑達だって涙目ものだ。
「別の時に必ず着るから今日は王宮に行こう!!
キスは駄目だよ!折角の化粧が崩れちゃうよ!ほら、行こう!」
私はルークの手を引き、歩きにくいドレスの事も忘れて外に繰り出した。
いつもなら屋敷の前には普通の道があるだけなのに、今日は何故か黒色のシックな馬車が1台止まっていた。
車輪や装飾品、縁などが金色で、中のカーテンは赤く車体には竜の紋章が書かれている。
この紋章には王都の紋章の筈だ。
私の顔から血の気が引き、顔が強張りながらルークを見つめた。
「ルーク…まさかと思うけど、これ…。」
「王宮の馬車だな。さっさと乗って向かう事にしよう。早期の帰宅を目指そう。」
「えっ!」
先程と反転し私が今度は手を引かれる。
王宮に行く覚悟はなんとなくしたものの、馬車で行くのは想定外だった。
歩いてスカートを引き摺りながら行くよりかはましかと思うが、礼儀もマナーも何も知らない私が行けるものなのだろうか。
心配と不安とで心臓が押し潰されそうだ。
◇◇◇
王宮の1番初めに通ったゲートは近衛兵達が丁寧に頭を下げていて、それを見た私はそこから固まってしまい動けなくなった。
広大な敷地に平らに舗装された道。
周りには短く揃えられた芝生に、生垣は美しく整えられ、花は多種多様に咲き誇り、庭の真ん中の噴水は金色の竜から綺麗な水が噴き出ている。
動けない私は目だけの必死に外を見つめて豪華な景色を無表情で瞳に写している。
中々情報が頭の中に入ってこなくてパニックなのがバレてないといいが。
一方向かい側に座るルークをチラ見したら足と腕を組み目を閉じていた。今から王様に会うのだと言うのに、どれだけ肝が据わっているのかとこちらの肝が冷え切るような気がしてならない。
暫くするとカタンと僅かに揺れ、ゆっくりと馬車が止まったようだ。完全に止まると扉が開かれルークは先に馬車から降りた。
ドレスと格闘しながら私も降りようとするとルークの手が私に伸ばされていて、にっこりと微笑んでいる。
「ロティ、手を。」
「あ、ありがとうっ!」
ルークが助けてくれなかったらきっと降り方が大変な事になっていただろう。感謝しながら手を取るとルークの方が嬉しそうに満面の笑みを見せていた。
降りた先には1人の40代位の男性が待っていて、私達に向け頭を下げている。
私達が歩いてその近付くと男性は頭を上げ、優しく笑顔を見せながら私達に話し掛けてきた。
「ルーク様、ロティ様、ようこそおいでくださいました。」
「ハインツ。急ぎで連絡したにも関わらず対応させてすまんな。」
ルークは普段通りの話し方で余計私の緊張がぴょこんと跳ねた気がする。
顔が引き攣らないよう頑張ってはいるが、今自分がどんな顔をしているのかわからない。
緊張により表情筋が死んでしまったのだろうか。
血の気が引く様な感覚の中、そんな私を1人置き去りにしてルークに謝られた男性は綺麗な微笑みで話す。
「ふふ、陛下共々昨日は少し頑張りましたので、少しですが時間を作る事が出来ました。
ロティ様。お初にお目にかかります、私は陛下の側近のハインツ・ヘルバルトと申します。
ルーク様より以前からロティ様の事はお伺いしております。ふふっ、どうかそんなに緊張なさらず。」
「は、は、は、はいっ初めまして…ロティ・キャンベルです!よろしくお願い致します!」
穴があったら入りたい。
無くても隠れたい気持ちでいっぱいだ。出来れば早く帰りたい。もう帰りたい。
だがさすがに帰れない事は百も承知だ。
ハインツが手を王宮へ指すとゆったりと口を開いた。
「陛下は中庭におりますので、ご案内致します。」
いよいよ王様に会う時が来た。
体がガタガタと震え出しそうだがなんとか耐えてくれと必死に自分に言い聞かせながら、先導切って進むハインツの後を私達も着いて行く。
だが王宮の廊下を歩いている時に私は少し躓いてしまい、心で大絶叫を上げた。
すかさず気付いたルークが腕を貸してくれたのがありがたいが、私の心臓は既にお疲れ気味だ。
こんな感じで陛下に会うだなんて出来るのだろうか。胃液が上がってこないよう祈りながらスカートの裾を踏まない様足を動かした。
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