第49話 お寝ぼけさんには内緒のキスを。
「ルーク、それはっ…本当に駄目っ!」
「少しだけでも、完全には入らないから…。」
なんとしてでも阻止したい。
優しいキスをくれたのはいいが、なにも5分以上くっついたり離れたりを繰り返してしなくても良かったと思う。
途中から甘い空気に息を吸う事を忘れ、ふらふらになってしまった私をルークがお風呂に付いてこようとしている。お風呂で倒れないか心配する気遣いがあるなら酸素を取り入れる気遣いをくれる方が嬉しいところだ。
「もう大丈夫だから!本当にお風呂は1人でいいの!」
そう言うと私はルークを脱衣所から出して鍵を閉めた。
さすがにお風呂は恥ずかしいを飛び越して抵抗がある。
「はぁ…私の心臓よくもってるよ…。」
独り言を呟き服を脱ぎ浴室へ入っていった。
◇◇◇
心許ないナイトドレスの裾を伸ばしてみたが無駄だった。ここに来て初日のナイトドレスより更に数センチ短くなった裾に不満を抱く。
上着はあったが来ても下まで伸びないし、今回のはボタンもついていない物で前も隠せない。ぎりぎり胸元が見えないだろうが、露出の多い服など着ないためどうにも落ち着かない。
リボンやらレースやらがあしらわれ可愛いデザインなのに、これでは用意してくれた嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまう。
「やられた感が半端ない…。ルークめ…。」
他に着替えもないため諦めてお風呂を出て廊下を歩く。
なぜか甲冑達がいつもの場所にいなくて、なんとなく寂しい玄関を通り過ぎそのまま寝室に向かった。
扉を開けるとルークがベッドで枕にもたれかかり本を読んでいて、扉の外から睨む私に気付き手招きしている。
「ルーク、選んでおいてくれたのは嬉しいんだけど、これは短すぎると思う。安心感がないよ。」
少し大きめのはっきりとした声で扉の所で抗議する。
くすっと笑いが漏れるとルークは本を置き、ベッドから立ち上がり私の近くまで来た。
「どうせ布団に潜れば見えない。どうしても嫌なら着替えるか?」
少し残念そうに言うルーク。
選択の余地を与えてくれたように思えるが、私がそれをしない事を見抜いているからこその言い分なのだろうか。
短いため息を吐き対抗するのを諦め、私は部屋の中に入り扉を閉めた。
ルークは簡易のシャツにパンツと楽そうな寝巻きだ。
可愛さはないが、私も今度から同じようなのがいいかと考えていたらルークからごくりと音が聞こえた。
ルークに視線を移すと私の脚を穴が開くほどじっと見つめていた。部屋にはライトがあるがルークによって光は遮られているしそもそもそんなに明るくないためルークの顔色が見えない。
「ルーク?寝るんでしょ?」
「っっねっ!………寝る…。」
「じゃあ寝よう?」
「待ってっ…。」
何をそんなに驚いたのかはわからないが、ルークの横を通りベッドに向おうとすると焦った様な言葉と共にルークに素早く手首を掴まれた。
「どうかしたの?」
「そこまででいいから俺に連れて行かせて。」
訳がわからず目をパチクリとさせたが、ルークの真剣な表情から冗談ではない様だ。
「なんで…?すぐそこだよ?」
「すぐそこだから…連れて行かせて?」
同じ言葉で返され笑いそうになったがぐっと抑えた。
ルークの希望を少しづつ無理のない範囲で叶えていけば少しは不安の解消になるかと思い、僅かに拒否したい気持ちがあったが私は小さくこくりと頷く。
私の了承を見るとルークは嬉しそうに笑って、ひょいと私を抱き上げた。
「…重くない?」
「これで重い訳がない…。軽すぎて心配になる…。」
ルークと一緒にいるから食事もきちんとしているが、以前なら忘れたり面倒になったりお金の関係上我慢したりと食事を抜く事もあったからだろう。
重くないと言われただけ安心した。
ベッドの側に行くと魔法で布団を避け、ルークが私を抱き上げたままベッドに入った。
頭が枕にぽすんと降ろされると何とも言えない安堵感が体に広がる。
その横にルークも体を転がしながら2人に布団をかけてくれた。
前世は狭くて広いベッドで寝てみたかったのに、今は少しだけルークと距離があってその隙間がなんだか寂しい。手をほんの少し伸ばせば届く距離なのに寂しいだなんて変な気持ちだ。
私は手を伸ばしてルークの服を掴む。
「どうした?ロティ。」
もう少しだけ近づいて欲しい。
きっとそれを言ってもルークはきっと笑わないで私に近づいてくれるだろう。
けれど、なんとなく言い出しづらくて言葉に出来ない。
何も言わない私にルークはふと笑って抱き寄せてくれた。欲しかった温もりが言わずとも貰えた事に心が満たされるように温かくなる。
「ロティ、もう眠い?」
「まだ、かな…?」
「じゃあ、眠くなるまで俺の知らないロティの話を聞かせてほしい。ロティからまだ聞いていなかったから。恋人はいなかったとは聞いたが。」
恋人がいたのか心配したのだろうが、私は作る余裕なく過ごしてきたのだ。
幼馴染のシーヴァも好きにならなかったし、シーヴァは私が13の時に村を出て行ったからそれきり会っていない。今の今まで好きな人という者も出来なかったのだから恋人はもちろんいなければ、恋も知らなかった。
こうなればルークの知らない私を知ってもらおう。
「じゃあまずは生い立ちから?」
と尋ね、私の過去をルークに話した。
大した話はない親の事。大切だった祖母の事。
ギルドに登録して冒険者として生きていた事。
苦労話ではないものの、少し変わった私の話を順を追って話して行く。
「生まれ育った村にはね、もう何の未練もないし。
行くつもりも予定もないから私はそこだけには近づかない事にしてるの。
間違って親になんかあったら大変なことになるかもしれないし。
だからその村以外ではタルソマの町を拠点としていたけど、色々冒険に行ったんだよ。
まぁそんなにパーティ長続きしたことないけどね。」
短く終わるかと思ったら結構1人で長く話してしまい、ルークは少し眠そうにしながらも私の話を最後まで聴いてくれた。
「そうだったのか…。ロティも大変だったんだな…。俺がもっと早く気付いて…探して…一緒にいてあげられると、よかったのに…。」
「それは難しいでしょ?何処に転生するかもいつ転生するかもわからないでしょ?王国だけならまだしも下手すればこの大陸中だよ?探すのは時間かかるよ。」
姿と名前がわかっていてもこの広大な大陸をしらみ潰しながら探していたらそれこそ何十年とかかるだろう。
そんな事をするのは狂気の沙汰に近い。
「…ああ…時間かかったさ…。」
「うん?どういうこと…あれ?ルーク、寝ちゃった。」
時間がかかったと言い残したままルークはどこか悲しそうな顔をして寝てしまった。
まるで本当に探したみたいだが、ルークはしていないはずだ。真相は分からないがきっと寝ぼけていたのだろう。
ルークの少し下がった眉をした寝顔に内緒でキスを落として小さく呟く。
「おやすみ…ルーク。」
願わくば今日も前世で夢を見れますようにと祈りながら私は眠りについた。
◇◇◇
昨日の寝る間際の祈りとは裏腹に何も夢を見る事が出来なくて、がっかりして目が覚めてしまった。
眉間に皺を寄せ顰めっ面をしていると隣からくすっと笑いが聞こえ、顰めた顔のままそちらを見るとルークが眠そうな顔で優しく笑っているのが見えた。
「何も聞かなくても…今日は不発に終わってしまった事がわかる顔だ…、おはよう。」
朝からルークの笑顔を見れて嬉しい気持ちがある一方、前世を思い出せなかったのを笑われたような気持ちだ。
更に眉間に皺がより、ルークの方を向いていた体をくるりと反転させサイドテーブルの時計を見るとまだ5時半前時を指している。
ルークがいつから起きて私を見ていたのかも気になるところだが、夢への苛立ちとルークへのもやもやが晴れず、私はふて寝を決め込む事にする。
まだ眠気が残っていた為直ぐに夢の中へと落ちてしまいそうだ。
「また…寝る…?」
後ろから切なそうなルークの声が響く。
反応しようにも眠気に逆らえない体。
本当にそのまま眠ろうと思った。のに、ルークは器用に私の首の下の隙間から手を伸ばし、さらにはもう一方の手で体を自身の方へ引き寄せた。
優しく、ゆっくり、寝ている所を起こさないようにと私を抱きしめるルーク。
引き寄せられて振動もそれほどなかったのにそんな事をされたのは初めてで、私の目はぱっちりと開いてしまった。
頸にルークの息が当たるのがくすぐったくて、体が窄まってしまう。
「…ルーク、さすがにこれじゃあ寝れないよ…。」
気恥ずかしさを抑えた少しだけ不機嫌な声での抗議。
ぴくりと動いたルークは僅かに腕に力を入れて更にくっついて来た。
「まだ早い…寝ていいよ。」
「こんな身動き取れない状態じゃ寝れないもん。」
「離さないから…体勢を変えるか、慣れて。」
「…朝から無理難題過ぎる。」
「くす…。ロティの匂い…変わらなくて安心する…。
他の奴になんて近づかないで。減ったら困る…。」
「匂いは減らないと思うけど…?」
くすくすとルークが笑うとその息すら近すぎて体が熱くなるようだ。
ルークの表情が見えないが、なんとなく違和感がある。
起きがけに見た時には目は開いていたが、もしかしてまだルークも眠いのだろうか。
確かめるために私は体をまた反転させ、ルークに向き直り、顔を見ると今にも閉じてしまいそうなほど目を細め、とても嬉しそうに笑い離れた分の体の隙間をいそいそと埋めた。
その様子が可愛くて心臓がぎゅっと捕まれた気がしてならない。眠るどころか私は完全に起きてしまい、ルークの寝かけを見守る様にじっくりその美しく幸せそうな表情を見つめる。
艶やかなその顔を撫でたい所だが起こしてしまったら可哀想かと伸ばしそうになった手を元に戻した。
「ロティ…。」
「…ぅん?」
一瞬寝言かと思ったが少し驚いて返事をすると、私の頭に頬を擦り寄せるルーク。
やはり寝言かと抱きしめられた体に擦り寄った。
眠れるか分からないがまだ早い時間だし、この状態じゃ何も出来ないため私も再び目を閉じようとすると、ルークがぽつりと呟く。
「……好き。」
「………!!」
突然聞こえた呟きに、ルークに気付かれないよう口を塞いで必死に自分を抑えた。
きっと私の顔は真っ赤だと思う。
私はルークに顔を見られないのをいいことにその蕩けているルークに話しかけてみる事にした。
「…どこが?」
「優しくて…強くて…安心させて…くれるとこ。
沢山…気遣って…くれるし…なにより…俺を…そばにいさせて…くれたとこが…大好き…。」
「〜!」
外見じゃなく中身だけを褒めてくれたのは、予想外過ぎて心臓が高鳴ってしまった。
この人はどれだけ私の欲しいものをくれるのだろう。
貰ってばかりなのは私のほうじゃないか。
貰いすぎて溢れてしまいそうで、零さずに全て掬い取りたい。
言い終わって満足したのかルークは寝息を立て始めた。
緩んだ腕からそっと抜け出し、静かにルークの耳元でそっと囁く。
「ルーク…私も大好き…。」
軽い触れるだけのキスをルークに落として私もルークの腕の中に戻りもう一度目を閉じた。
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