第41話 隣の母は青く見える?


「そういえばロティ、遅くなったがタルソマの町の宿を引き払いに行かないか?」

「あ!!引き払い忘れてた!!ひぇ〜…。悪い事した…。」


タリスにはアリリセの依頼の為にシュワールの森に行く事は伝えてあった。

遅くても2日位で戻ってくるとも。

冒険者が何かの理由で戻らない場合や死亡した際にはギルドから連絡が来たり仲間が荷物の回収をするのだが、私は無事であることはギルドが知っている為、タリスは何の連絡もなく心配を掛けさせているだろう。


焦る私とは裏腹にルークは落ち着いた様子で話を続けた。


「後はギルドにも。今後は安全面を考えてここを拠点にするつもりだからタルソマの町は中々行かなくなると思う。ギルドの人に挨拶したいだろう?」

「あ…そうだよね、分かった。ルークも一緒に行ってくれるの?」


「勿論行く。呪いの件もあるし、ロティの1人行動はなるべく控えたいのもあるからな。」


ルークは私の頭を撫でながら優しく言う。ルークの優しさに心が温かくなる。


「ありがとう、ルーク。」


笑顔でお礼を言うとルークは顔を赤らめ、じっと私を見つめた。


「認識阻害の魔法があるから大丈夫か…?いや、でも…。」

「どうかした?あ、認識阻害って知り合いにも効く魔法なのかな…?」


ルークは私の質問に何かを悩むのをやめた様子で答えてくれる。


「ロティに掛けたのは望む人にのみ自分を認識させる認識阻害魔法で、初対面の人や会いたくない人が会ってもロティを認識出来ないんだ。

特殊魔法の使い手や魔導具で認識阻害魔法自体を中和するやつもいるが、そんなに多くはない。

心配ならもっと強力にするか?」


「ううん、このままで大丈夫かな。じゃあ出かける用意するよ!

っていってもこの服のまま鞄持つだけだけど。いいかな?」


私は視線を服に落とす。

私は基本動きやすい服ばかりであまりオシャレをしてこなかった。それは前世もだ。

冒険に行かない時くらいには可愛い服も着たいとは思ってはいたが、お金に余裕もなく毎日を過ごしていたものだから、折角ルークが沢山の服を用意してくれたのだし、たまには可愛い服も着てみたい。



ルークが揃えてくれた服は私が好きそうな服もあったため着るのが楽しみになってしまう。


「ロティが自由に着ていいんだ。

どんなロティも可愛いが、ワンピースを着ているロティは前前世を思い出すからずっと見ていたいほどだけど。」

「前前世…えっと、まだ思い出してないから私はわからないんだけど、聖女みたいだった時の事かな。どうして聖女みたいだったのかまだ聞いてなかったね。教えてくれる?」


「話すとまた長くなると思うけど話してもいいのか?」

「そうなんだ…じゃあ帰ってきてから聞いてもいいかな?今は町の方を優先にする!ローブとってくるね。」


そう言うと早足で私は鞄を取りに廊下を歩いた。



とりあえずタルソマの町に借りっぱなしの宿、【戦乙女の金蝶亭】に行くことにしよう。

引き払っていない為、私の大体の荷物はそこにある。タリスには申し訳ない事をした。

心配を掛けさせていないかそれが心配になった。



◇◇◇



タルソマの町まではルークが転移魔法で移動してくれた。

私はいつもならフードを被りスカーフをするのだが、認識阻害魔法を掛けてもらっているのでフードもスカーフもなしで町を歩く。



守りが薄くなったようで心許ないが、視線が来ないところを見ると本当にちゃんと魔法がかかっているのだと安心し、ルークと手を繋ぎ宿を目指す。


だが、歩いているとまた別の問題が静かに発生しているのに気付いてしまった。

それはルークに女性の視線が集まっている事。

英雄だからなのか、その見た目からなのかわからないが好意の眼差しである事は確かだ。



本人は全く気にしていないようなので、今度こっそり言ってみようか。私の嫉妬みたいなものなので伝えにくい気もする。




【戦乙女の金蝶亭】の前に着き、私は宿の扉を開けて中に入る。中には茶髪の巨腹の男性がカウンダーに座り、自分に紙で風をパタパタと送っていた。


ここの息子のモーリスだ。


私よりも2つ年上の19歳だったはずだが、本人も言っていたがその体格からは19歳には中々見られないらしい。



ルークに手を離してもらい、認識阻害魔法の事を意識しながら話しかける。


「モーリス、ただいま!タリス母さんはいるかな?」

一瞬目をパチクリとさせながら驚いた様子で私の問いに答えた。


「お?ロティじゃないか。帰ってこないから皆で心配してたんだぞ!僕が1番心配していたけどね!……ところでそっちの人って……もしかしなくても…最強魔導師のルーク様…?なんでロティと一緒に…。」


モーリスは細い目を大きく見開かれていてルークを見つめている。見返すルークは鋭い目つきで黙っていた。


ここで見つめ合いをしているよりもタリスに会いたい気持ちが勝りカウンターを軽く叩きながら私はモーリスに催促した。


「とりあえずタリス母さんを呼んで欲しいの。お願い、モーリス。」

「ああ、今呼ぶから。おぉーーーふっくろおぉーー!」



カウンターの後ろの扉に向かってモーリスはとんでもなく大きな声を出してタリスを呼び出す。


するとその後すぐにドタバタと足音が聞こえてきた。

扉が勢いよく開けられると鋭い目つきのタリスが現れた、と同時に持っていた紙束でモーリスの頭にスパンッと叩き下ろしたものだから良い音が部屋に響き渡る。


「呼ぶ時はいつも扉の中に入ったらと言っているだろう!馬鹿息子!!何回言えばわかるんだ!」

「いやぁ、つい忘れちゃうんだよね。ごめんごめんおふくろ。それよりほら!ロティだよ!」


モーリスは痛くなかったのか朗らかな表情で私を指差す。

タリスは私を見つけると鋭い目は和らぎ、急いでカウンターを飛び出して私を抱きしめてきた。


「ロティ!!何日も帰らないで心配したんだよ!」

「心配かけさせてごめんね、タリス母さん。帰るのが遅くなっちゃった。

ちょっとトラブルがあってね…。でももう大丈夫だからね!宿代もちゃんと払うから。

私の荷物は部屋?」


私から体を離したタリスを見ると薄らと目に涙を溜めていた。やはり心配を掛けさせていたようで申し訳なくなる。

タリスは流れる前に涙を拭い、優しげな表情で私に言う。



「宿代は泊まった分だけでいいよ。荷物は保管室に入れてあるから。」

「保管室じゃなくて僕の部屋でもいいよって言ってたんだけど、おふくろがオーガみたいな顔で怒るからさ。

ロティっていい匂いするでしょ?荷物を僕の部屋に置いておいたらきっと部屋もいい匂いになって名案だと思ったんだけどなあ。」


横から口を出したモーリスは柔かに機嫌良さげだ。

だがそれに対し、私を含む他の3人の表情は引き攣った様に感じた。



このモーリスの言葉は以前からちょいちょい気に掛かってはいたのだが、お世話になっているタリスの息子であるが為あまり強く言えなかった。


タリスはパッと私から離れるとモーリスをまた紙束で叩いた。先程よりももっと痛そうな音が部屋に響く。

鬼の形相でタリスはモーリスを睨むとさすがのモーリスもまずいと思ったのかその大きな体をカウンターに縮こめた。



「タリス…。戦乙女と言われたお前が母親とは立派になったな。息子は立派かどうかはわからんが。」


不機嫌なルークがタリスに話しかけるとタリスは漸くルークの存在に気付いた様で、驚きで鋭い目が溢れそうなほど開かれる。


「……なっ!ルーク様!?っっ!!

っ申し訳ありません!ロティの事しか見えておりませんでした。一緒におられるのはルーク様とロティは知り合いですか?」


タリスは驚きながらもルークに向かって敬礼した。

縮こまっていたモーリスもその様子には反応し、目をパチクリとさせている。



「ああ、そうだ。ここの宿を引き払って俺の屋敷で暮らす事にしようと思ってな。」


タリスの敬礼をルークは手で止める様指示すると素直にタリスは手を下ろす。

だがタリスはまだ緊張しているようで、顔は硬いままだ。


そんな2人を見合わせて私はルークに尋ねた。


「ルーク、タリス母さんを知ってたの?」

「タリスは昔、戦乙女の名で王宮の近衛隊の副隊長をしていたからな。魔術師団との合同練習の時に手合わせをした事がある。」

「…最も1対1の手合わせでルーク様に勝った人などいませんでしたが。2.3人纏まってかかっていかないと一発も入れられませんでしたし。」


ふっと呆れた様にタリスは笑った。


タリスにそんな経歴があるとは知らなかった。

この宿を選んでいたのはギルドで安全な宿を聞いた時にここを紹介されたからだ。

経歴を聞くと更に納得がいく。


タリスは私とルークを見て言う。


「ロティ、ルーク様と一緒ならもう安心だね。私はロティが心配でならなかったんだ。

初めに来た時は子猫の様で放って置けなくてね…。ルーク様…ロティをよろしくお願い致します。」



自分の母よりも母らしく、タリスはルークに頭を下げた。


感慨深く、私は心が綻んでしまう。

それだけでは飽き足らず、顔を上げたタリスは優しい母の笑顔を見せていて、モーリスに嫉妬してしまいそうな程、母の存在が羨ましいと思ってしまった。

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