第37話 どう伝わっているのか。髪とか眼とか?◆

◆◆◆

「ルーク、せめて一緒のベッドならもう少し広い方がいいね?」


歩きながら軽く肩を回すと音がしそうなほど体が固まっている様な感じがした。

私が体を動かす中、ルークはキョトンとしてその様子を眺めている。


「そうかな?俺はロティを抱いて眠れればなんでもいいけど。」

「…ルークは狭くないの?私体ギシギシしてるよ。」


「それは多分俺がずっと抱いてたからだと思うよ?」


あまり街中でする会話でもないが、声量とすれ違う人に配慮しながら話しているのでセーフだと思いたい。


ルークは昨日と打って変わってかなりの上機嫌だ。

目がキラキラしていて、時折すれ違う女性が2度見したり、口を開けっぱなしにして惚けてるのが横目に見える。

″———”の顔もルークの顔もどちらも好きだが、ルークの顔は見た目がいい分不安になる。


かく言う私は昨日の事を踏まえて顔をフードとスカーフで隠している。

昨日の話の続きのため2人でまたギルドに向かって歩いていく。



◇◆◇



ギルドに着いた為、一応フードのみ取るとそんな私を見た初めて会うギルドの職員に声を掛けられ応接室に通された。


お茶を渡され、飲みながら待っていると数分後扉がノックされ、書類を持った男性が現れた。

私達を見るなり深々とお辞儀をし、頭を上げると難しい顔を見せている。


「セサル・レデールと申します。ここのサブギルドマスターをしております。

昨日は大変不快な思いと、ご迷惑をお掛け致しました。

本来ならギルドマスターが対応する件なのですが、勇者様のパーティの護衛として古代竜の交渉戦に出ておりまして…。

どうか、私でご容赦ください。

昨日の事について軽く報告は頂いてますが、ロティ様より詳しくお聞かせ願えますか?」


男性の話に私は頷き、私は昨日の事を話した。


私からの話が終わるとサセルは昨日即急にギルドで決まった事があるとその内容を私達に話してくれた。


まずはギルドの内での人攫いの件を公表。

それによりギルドの質を上げ今回の事件より犯罪者はより一層厳しい罰を与えることになったとの事。

出入り口には防犯用の魔導具なども配置され、怪しい人などのチェックやピックアップもされるそうだ。



「あの男達が何者かわかったのだろうか?

ただの遊び人にしては手慣れている様だったが…?」


飲み物を飲みながらルークはサセルに尋ねた。

確かにあの2人は連携が取れていたようだし、ただの人でもあるまい。

少なくとも冒険者ではないのだろうか、と考えが過ぎる。



サセルは書類の束をパラパラと捲り目を細める。

チラリと私を見ると、書類を閉じテーブルの上に置いて太ももの上で手を組んで言った。


「…あの後事情聴取とギルド登録者かどうかや犯罪歴を調査しました。

犯罪歴はないものの、ここ最近王都に来た冒険者のようで地方では有名だったみたいです。2つの意味で。」

「2つ?」


私が聞き返すとサセルはこくんと頷く。


「1つは地元では強い部類の冒険者で、等級はB級でした。

魔物を討伐することに関してはギルドも頼りにしていた位の冒険者だったそうで……ですが、もう1つは不特定多数の女性に声を掛けて店や個室に連れ込んでいたようで、それがトラブルの種だったみたいです。


ギルドに連れて行かれた女性や女性の交際相手や配偶者からの数件苦情が入っていたのですが、その地方であの2人がほぼトップの冒険者でいなくなられては困ると強く注意も出来きなかったようです。


ここ数ヶ月で違う冒険者が現れ、トップに立ったようで厳重注意をする事が出来る様になった為、王都に流れてきたという事です。


これは直接本人達からの聴取なのですが、王都は色々な店があるからと楽しんでいたそうで、そろそろ金が尽きそうだと言う事でギルドに依頼を求めてきた所にロティ様がいたと言っていました。

とても綺麗な人だったから、ついここがギルドである事も忘れて攫おうとした、と。」

「…当分は監獄に入っている予定ですか?」


ルークの声のトーンがかなり低い。

その顔を見なくても怒っているのが分かる。

重い処分を求めるつもりなのだろうか。


サセルは組んでいた手を解き、両手を重ね合わせた。質問したルークではなく、私をまっすぐ見つめて言い出す。


「冒険者の等級剥奪と王国の監獄に3年は居て頂くようにと、ギルドマスターより申し付けられおります。


未遂事件でしたが、ギルド内で起こった事ですので刑も重くなっております。

今後はこのような事がないようしっかりと取り締まって行きます。


ですが、所用とはいえギルドマスターの謝罪が出来ず申し訳ありません。

また、このような事件を起こしてしまった事も重ね重ねお詫びを申し上げます…。


何かお困りの際はギルドにご相談下さい。

またロティ様の事はギルドの職員及び門衛に伝わっておりますので、有事の際はすぐに対処する様言いつけております。王都外に連れ出される事もないようにしております。」


サセルはまた頭を深々と下げる。

ギルドに入った時にすぐに声を掛けられたのはその為かと納得した。


頭が上がるのを待ち、サセルの目を見て話す。


「お気遣いありがとうございます。

以前は私自身魔法を使えたのですが、事情により今は使えなくて…ただの人間なのです。

私の事を気にかけて下さるのは心強いです。

ギルドは安心で安全な所であるように求めますので、大変だと思いますがよろしくお願いします。」



サセルは真剣な表情で返事をしてくれ、最後まで頭を下げていた。



◇◆◇



サセルの話の後からルークの様子はおかしくて何かを悩んでいるような浮かない顔をしていた。

大丈夫?と声を掛けてもああ、の返事のみで会話にならない中、少し重たい雰囲気で道を歩いていく。



宿に戻り、ひと段落してベッドに座った所でルークは私の前の椅子に座り私をじっと見つめてきた。

ぎこちない空気の中、漸くルークはその重たい口を開く。


「…王都…辞めようか…。」

「え?どう言う事?」


「色々考えていたんだ…。

王都にはグニーがいて、顔を鉢合わせたくない。

ギルドのパーティ募集には魔導士募集もあったけどやはり長期が多いからパーティも入りづらい。

それに人攫いの事件後でギルドの体制が固まるまでには多少なりとも時間がかかるだろう。


それならいっそ王都以外で暮らした方がいいかもしれないと。

魔女の家もたまに見に行きたいのならラロランの町はどうだろう…?

あの町は古代竜のお膝元ということもあり、強い冒険者もいるし何より住民の人柄が良い。

ギルドにロティの事を言っておけば、ラロランの町のギルドでも気にかけてくれるだろう。」



ルークがそんな事を考えていた事とは知らず目を大きくし驚く。

ルークを気遣わせてばかりで焦って謝ってしまう。


「ごめんね…。ルークにばかり気を遣わせて…。私がもっとちゃんとしないといけないのに…。」

「グニーも、人攫いのもロティのせいじゃないだろ?謝るのはやめてくれ。」


ルークは座っていた椅子から立ち上がり、私の隣に腰を下ろしながら少し困った表情で話す。

何も出来ない自分が悔しくなり、私は拳を握りしめる。

泣きそうなのを堪えて声を絞り出した。


「根本が私のせいだよ…。根本を間違ったから今こうなってしまってる…。」

「そんなの事を言ったら俺の記憶だってそうだ。」


「それは仕方ないんだって…!」

「じゃあ、何故ロティは覚えていた?何故来世も覚えていられると確信できる?」


「そ…れは…。」


痛い所を突かれた。

ボロを出すわけには行かないのに言葉に詰まる。


責め立てられれば話してしまうかもしれない。

そうすれば混乱を招く上に、【魅了の魔女】だった事がばれてしまう。

【魅了の魔女】の名前はあまりいい意味には聞こえないだろう。

私も詳しく知らない自分を聞かれても困る。


答えられずに言うとルークは息を吐いた。

溜息かと思い、ルークを見たがまだ困った顔のまま少しだけ笑って見せてくれた。


「ごめん。怒ってるわけじゃない。ただ不安で寂しかっただけ…。ロティはいつも俺の前を歩いてる…。置いていかれそうで怖いんだ…。」



お互いに同じような気持ちなのだろうか。

ルークに今すぐに縋りたくなる衝動を抑え自分の気持ちをルークに伝える。


「ルーク…。私も同じ気持ちだよ…。

ルークは私の前を歩いてる…。きっと私達は焦り過ぎてると思う。時間が足りてないんだね…。」

「時間なんていくらあっても足りない…。ロティが圧倒的に不足してる…。」


ルークの手が伸び私の頬を触る。

その手は愛おしいものを見るかのような目が優しくて安らぎを感じる。

頬に触るルークの手にそっと触れて私は目を閉じた。



(この温もりが愛おしくて、私はずっと探し求めていたんでしょう?)


僅かな時間で自身に問うと自然と口角があがる。

目を開けて微笑みながらルークを見つめた。


「……ラロランの町には教会あるかな?」

「確かあったかな…。」


「じゃあ……ラロランの町に行こう…。出来たら着いたその日に教会も行こう?」

「…。

いいの…?」


ルークが物欲しげな目で私を見る。

今にも噛み付かれそうな、なのに必死に抑えているような、そんな青い瞳で。


それもそうだろう。

教会で神様に誓ったら晴れて私はルークのものになる。

逆もまた然り。私もルークが欲しい。


「うん。私もそうしたいから。」


そう言うと間髪いれずに唇を塞がれる。

今ここで食べられてしまうのではないかと思うくらい荒々しい。

息が苦しいのにやめて欲しくなくて答えるが、酸素が足りず意識が飛びそうになってしまう。


体がぞくぞくする。

なのにもっと刺激を求めてしまう。体に触れているだけのルークの手に次の行動を待ち侘びて私の心を燻らせる。


感情はルークを求める一択なのに、それ以上はと踏みとどまって自分の中が慌ただしい。




ルークにやっと離された時には呼吸が上がってしまっていた。


「残り数日と考えるだけで堪らないのに、ロティが煽るせいで自分を制するのが大変なんだけど…。」


ルークも息を荒くして私をぎゅっと抱きしめてくれた。

私も抱きしめ返し、背中を摩るとより私を抱きしめる腕に一層力が篭る。



私も昂った感情を抑えながら静かに考えた。

ルークにまだ伝えていないが教会に行きたいのは誓いを立てる他、もう一つの理由がある。


私はルークに懺悔したい気持ちが収まっていない。

ルークにとってプラスであったとしても掛けてはいけない呪いだったのだ。


きっとルークも記憶が無くなっていた事に対する罪悪感はいくら言っても消えないのだろう。

形は違えど、お互い後悔しているものがあるのは一緒だ。そこで互いが赦し合えれば、ルークの罪悪感は多少なりとも軽くなるのではないのだろうか。


私は懺悔して赦されるかもわからない。

私の場合には来世まで消える事のない罪で、ルークには必ず寂しい思いをさせてしまう。


それがルークは呪いだと知らない。


他の解術者がいればいいが、この呪いは難解過ぎるのだ。

私が解術した相手も1000年以上探してようやく私が呪いを解いたのだから。


せめて、きちんとルークに呪いの事も伝えよう。

ルークが私の来世を待てるように。絶望しないように。




私達はそれから2日後ラロランに旅立つ事にした。

◆◆◆

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