第30話 親友に歳は関係ないね。◆


◆◆◆

ゆっくりだが確実に時間は過ぎていく。


まだ溜まりきらない私の魔力。ここに来てから1年半が過ぎた。時々スザンヌに魔力を貰いながら私は暮らしている。



スザンヌの手伝いは主に家事や畑仕事だった。

私自身家事はそこそこ出来るためそこまで苦にならない。


庭にある畑を一緒に弄ったり、時々森にきのこや野草を取りに行ったりと足が悪いスザンヌの代わりになれるようしっかり動く。


一緒にお菓子を作ったり料理をしたりすると寧ろそれが楽しくて充実して過ごせている。

見た目はお婆ちゃんだが、なぜか友達に近いような感覚で接して来てくれるためすぐに緊張は感じなくなり、毎日笑顔でいられた。




今は編み物を一緒にしているが、スザンヌは上手だ。

私はスザンヌに教えてもらってやってはいるものの、所々変なとこがある。

初めてだから下手なのか、向いていないから下手なのかはわからない。


編み物から目を離さずにスザンヌは私に話し掛けてきた。


「…あんたは前世の記憶があると言っていたね。

その前は覚えていないのかい。」

「うん、前世だけだね。覚えているのは。」


「まぁ普通は前世も覚えていないのが普通だよ。死んだ時に全て忘れるのさ。

異常なんだよ、覚えている方が。」

「異常って…言い方…。」


私は唇を突き出し抗議したが、スザンヌは私を見ず変わらないペースで編み物を進める。


「異常なもんは異常だ。そこをどうこう言ってもしょうがないだろう。」


編み物から目を離し私を見たスザンヌの金色の瞳はまるで私を見透かすようで怖い。


ふいにスザンヌは目を細め先程より少し小さな声で話す。


「前に口を滑らせた、昔から規格外だと言う話は覚えているかい。」

「ああ、うん覚えてる。気になってたもん。」


「絶対、人に口外しないのなら教えてやる。もちろんあのルークというやつも含めてだ。」

「ルークもかぁ…。わかった。言わない。」


私の返答を聞くとまたスザンヌは編み物を始めた。

器用に次々と毛糸を紡いでゆく。


「あんたの前前世は【魅了の魔女】と呼ばれていて私とも会ったことがある。

だから最初にあった時驚いたさ。


あんたの姿も名前も変わっていなかったんだから。

前世のあんたは基本ベールで顔を隠していたから、顔は一度しか見たことはないが覚えていた。

記憶の魔女と呼ばれるだけはあるのさ。


【魅了の魔女】と呼ばれていた時のあんたは沢山の人を繋ぎ合わせていたよ。

無理強いしない優しい魔法だった。

人の魅力を高めたり、その人の良いところを探し当てたりして人を際立たせる魔女だった。


時には戦争を止めるほどの事もしていたさ。

そんなあんたをワタシは尊敬していたんだ。

だが、あんたは徐々に力を抑え切れなくなっていった。自分の魅了が他に漏れるほど。


それであんたを奪い合い争いが起きたんだ。

そこまで規模はでかくはなかったが、

何人かは重症や致命傷を負い、1人は亡くなったと言っていた。


それにあんたは耐え切れなかった。

人の幸せを願うあんたは【魅了の魔女】の生まれ変わりをしようとしたが、出来なかった。

精神が安定していないと生まれ変われないからね。


1人だが、死んでしまった事に絶望してしまったんだ。


だから魔女をやめることにしたあんたはワタシのとこに来たんだよ。

終わらせて欲しい、終わりたいと願う記憶以外の全ての記憶を消して欲しいとな。


ワタシは嫌だったんだがあまりにアンタが可哀想だったからね…。

終わりたい以外の記憶全て消したよ…。


その後すぐにあんたは亡くなったさ。

悲しかったがあんたの望んだ事だ。


ワタシも何度も生まれ変わりをしようとしたが、アンタのことが気になって出来んかった。

魔女はエルフとも並ぶ長命だが、老いはする。そのまま老いれば後は普通の人間と一緒で死ぬだけだ。

ワタシは生まれ変わらず自然と朽ちようかと思っていた。

あんたが亡くなってどのくらい経つのかも覚えてもいないしね。



なのに、あんたがまた現れたじゃあないか。

同じ容姿をして、奇跡だと思ったわ。

魅了の力はなくとも、魔力容量はそのままだし、違う形でだが、魔法も使える。


魔女だった時の記憶は消してしまったからもうないが、前世を覚えてるのも容姿も名前も、全て魂に根強く刻まれているのさ。


人族にあり人族ではない魔女とは異常で、異端そのものだ。元魔女だったんだ。異常でも仕方ない。


よかったんだか、悪かったんだかね。


まあ、ワタシはチャンスだと思ったさね。

こんな体をいつまでも引き摺りたくはないからね。

今度はワタシが手伝ってもらうことにしたんだよ。

こんなよぼよぼの婆で生まれ変わるのは魔力暴走を起こしかねないからね。


あんたなら今世魔力を使い果たしても、来世に多少影響があろうが、元魔女のあんたなら大丈夫だろうと思ってね。


前世の時に対価を貰い忘れたから今世は多少我慢おし。

ワタシもあんたに悩まされたんだかね、カッカッカ。」


開いた口が塞がらない。目が飛び出していきそうなほどだ。


私が魔女だった?前々世から同じ名前に姿?前世からこの容姿と名前だったのは確かに違和感を感じていた。わたしだけ記憶が保持していたことにも。


頭の中がぐるぐるする。

記憶を辿れど、魔女の記憶は一切ない。

スザンヌが消したというんだから思い出す事もないのだろう。


編み物の手がスザンヌの話の途中から全く進んでいなかったが気にする余地もなかったが、一方のスザンヌはかなり進んでいた。


「とりあえずはルークとやらに記憶が戻ってあんたとルークが幸せに暮らせればワタシは満足だ。

あんたは昔から人の幸せばかり望んでいたから。

ワタシだって友達の幸せくらい祈りたいじゃあないか。」


スザンヌはニカッと笑うその顔は混じり気のない私を想うものだった。


じわりと私の胸は温かみを帯びて、目頭が熱くなってしまった。



◇◆◇



「そんな対価払えるわけもない!!魔法なんだろう!?そんなに金がかかるはずもないじゃないか!」


男は椅子から飛び上がり驚く。

記憶を戻してもらう為の対価が驚くほどの金額だったためだ。


そんな男の様子など気にも留めていないようでスザンヌはしれっと話す。


「払えないのならお断りだ。

記憶ってのは引き出しだ。自力で思い出せることもあるんだから思い出すが良いさ。

ワタシの魔法にどれだけの対価をつけようとワタシの勝手だ。払えないなら帰りな。」



紅茶を啜るスザンヌは指で玄関を指差した。

そのスザンヌの様子から男は怒ったのか、顔を真っ赤にして怒鳴る。


「ー!!失礼するっ!!」


椅子を薙ぎ倒し大股でドカドカと歩いて喧嘩の扉を乱暴に開ける。


扉が閉まる前にスザンヌはすかさずに言った。


「…。もう来んな。《記憶削除》」


スザンヌから放たれた赤い光が閉まる直前の扉をから外に出た。


扉が大きな音を立て閉まったと思いきや、少し経つと扉のほんの僅かな隙間から青い光がスザンヌの元に漂ってきた。

スザンヌは片手でそれを包むと青い光の魔法は完全に見えなくなる。


「やれやれ、うるさい奴だったね。」


呆れた顔のスザンヌに私は首を傾げてスザンヌに聞いた。


「自分で隠した財宝がどこにあるかもわからないとはどういうことなの…?」

「あれは盗賊まがいの奴さ。追われて咄嗟に隠した所がわからなくなったんだ。

そんなやつに手を貸す謂れはない。

今頃外で自分が何故ここにいるかもわからなくて悩んでいるだろうね。ふんっ。」


さっきの男の記憶もスザンヌは読んでいるだろうと思っていたが当たりのようだ。


スザンヌが咄嗟に魔法を使ったのは記憶を与えず恨まれて襲われる可能性がある事からそうなりそうな怪しい人は帰る直前に記憶を消してしまうらしい。


一緒に過ごしてわかったのだが、スザンヌは大体の記憶に関する依頼は受けている。

依頼を受けないのはきちんと理由が言えない人だったり、犯罪だったりするものはスザンヌは一切受けなかった。


記憶を見る事が出来るスザンヌは長年の感も頼りに瞬時に依頼を受けるか見極めているみたいだ。



「じゃあこの間の女の人は?大切な記憶を消したいとか言っていたけど。」

「ああ、その女は失恋したのさ。恋心を忘れたいがために記憶を消したかったんだろうが、それは残しておいた方がいい。人間は成長する。その過程を消したらもったいないよ。」


スザンヌは遠い目をしている。

この表情だけ見れば年相応のお婆ちゃんに見えてしまう。



私はスザンヌのカップに新しい紅茶を入れて、渡しながら会話を続けた。


「前に来たおじいさんには優しかったね。

亡くなった奥さんの記憶を思い出したかったんだっけ。

対価も持ってきた果物だけみたいだったし?」

「…そういう奴もいたね。あの爺さんみたいなのはちゃんと手伝うさ。思い出の中しか会えないなら尚更だよ。」


紅茶を受け取ったスザンヌはゆっくり啜った。

小さく、うまい、と言われると私は嬉しくて笑顔になる。


「スザンヌはぶっきら棒に見えてとっても優しいよね。大好き!」

「おやめ、恥ずかしいわ。全く。ワタシは瞳を見ればそいつの記憶が覗ける。その記憶を魔力に乗せて脳に返すのがワタシの技なのさ。他の奴じゃできもしない。

ワタシにしか使えない魔法だ。

嫌な奴には力を貸したかないが、必要な奴には力を貸してやるだけさ。

優しい世界の方が…ワタシは好きだからね。


そういや、ルークの奴も前に覗いたが、ありゃあ、まあ、すごいわなぁ。」


「どういう意味で?」

「あんたは溺愛されとる。

きっと記憶が戻ったらルークは記憶がなかったことを後悔して、更に溺愛が増すと見たね!カッカッカ。

いつかはこの目で見たい!」


「…。」


机に頬杖をつきながらにやついてスザンヌは言う。

私は恥ずかしいやら、嬉しいやらでなんとも言えない顔になってしまう。


私からルークの話題を振ると惚気や愚痴になりかねない為避けているが、スザンヌは時々一回しか会ったことのないルークの話をしてくれる。

それがなんともくすぐったいが嬉しいのだ。


3年近くも経つとすっかり親友みたいなスザンヌ。

老婆の姿なのに、私と同じくらいの女の子に見えて仕方がない。可愛い可愛いスザンヌ。


ルークも大好きだが、スザンヌも大好き。


最近じゃスザンヌを見ただけで微笑んでしまう。

親友とはこんな感じなのだろうか。

前世から親友と呼べるのはきっと恋人でもあったルークだけ。

敬遠される事が多かったから仲のいい友達なんていなかった。こうしてスザンヌと過ごせるのは楽しい。

初めてルーク以外での安心して過ごせる場所だ。



スザンヌは機嫌の良い私の手を取り、哀愁を漂わせながら口を開いた。


「もうそろそろ…魔力が満たされるね。後数日ってとこだ。3年はかかったけど、ハイペースで魔力は貯められたほうだ。」

「え…。」


スザンヌの言葉に2つの意味で心臓が跳ねた。


この生活が終わりスザンヌと別れなきゃならない事。

ルークの記憶がとうとう戻せるという事。


嬉しいはずだ。

待ちに待った時が近づいているのだから。


魔法を使えばその分魔力が貯まらないと、怪我をしようがスザンヌが足を引き摺って歩いていようがスザンヌは魔法を使う事を禁じた。

さらに時々スザンヌの魔力を貰い補充して貯めた魔力だ。


約3年。

この時を待っていたのに。

どうしても視界が揺らいでしまう。


スザンヌは私の顔をじっと見つめ目を細め穏やかに話す。


「あんたの王子様を呼ぼうかね。記憶と引き換えにあんたには生まれ変わりを手伝ってもらうからね。よろしく頼むよ。」


嬉しいのに寂しい。

いつの間にかこんなに大切になったスザンヌ。

この世でたった1人の親友。

ルークを探すのに必死で友達作りなんてしなかった。


そんな大切な友に会えなくなるという思いから、私は想いが溢れ泣いてしまった。


スザンヌは席を立って、私を抱きしめてくれた。

私よりも背が低く少し背中が丸まったスザンヌ。


子をあやすようにトントンと背中を小さく叩いてくれた。


「ワタシの生まれ変わりを拒むんじゃ無いよ。

このままじゃ老衰だ。生まれ変わればまた会えるさ。

暫くはかかるけど会いにおいで。今度はあんたがお婆ちゃんかもしれないけどね。カッカッカ。

ワタシは全て覚えているからね、なんたって記憶の魔女だからね。」


私は泣きながらも必死で首を縦に振ることしかできなかった。

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