第31話 ごめんね。◆
◆◆◆
次の日スザンヌは魔法での鴉を作り、魔力が溜まった事を伝える手紙を持たせてルークを呼び出した。
暫く返事を待つだろうと思っていたが、あろうことか数時間後鴉は戻ってきた。
ルークの書いた手紙と共に。
【数日のうちに行くので待っていて下さい。】
と短くだけ書いてあり、色々と考えが過ぎる。
3年間会わなかったルークはどうなっているのだろう。
私の事を想う気持ちは多少変わったのだろうか。
あのグニーとどうなったのだろうか。
想像するとドキドキして緊張してしまった。
それから待つ事、11日。
スザンヌとお茶をしていると玄関の扉が叩かれた。
またお客さんかなと思い玄関へ急ぐ。
なぜスザンヌのお客さんだと思うのか。
それは数日のうちに行くと言うルークの言葉を信じて待ってはいたが、一向に扉の向こうにルークの姿が無かったからだ。
扉が鳴るたびに緊張しては落ち込みの繰り返しで心臓が疲れてしまっていたのだ。
手紙を貰った後の1番最初のスザンヌを訪ねていたお客さんになんて、勢い良く扉を開け過ぎて悲鳴を上げられてしまったし。
その後も何度か悲鳴や驚きの声を上げられて私のメンタルは結構削られた。
手紙から1週間近く経ち、漸く落ち着きを取り戻したのだ。
またスザンヌのお客さんだろうと思い扉を静かに開ける。
「はい、どちら様で…。」
「こんにちは、ロティ。約束通りきました。」
「ル、ルーク…。」
予想外のルークの姿に私の心臓は、掴まれた魚の様にジタバタと暴れ回っている。
会いたかった、大好きな人。少しまた大人びている。
3年間1日足りとも忘れなかった。
その胸に飛び込んで縋れたらどんなにいいのだろう。だが、記憶がない彼にとっては迷惑な話だ。
記憶が戻っても、拒否されないとは限らない。
私は自分を最大限に抑え込みながらなんとか言葉にした。
「長い間…、待たせてごめんね。お待たせしました。ここまで来てくれてありがとう。」
優しく、微笑みながら言ったつもりだが、綺麗に笑えているのか全くわからない。
ルークは余裕のある顔で微笑む。
「いや、冒険をしていたからあまり待っている感はなかったんです。
俺が記憶を望んだのだし、魔女の手伝いをしてくれるのはロティなんだからそこまで気にしないで下さい。
数日と言ったのにこんなにかかってすみません、
区切りのいいとこまでパーティメンバーに付き添っていたら遅くなってしまいました。」
ルークが頭を掻きながら申し訳なさそうに話すが、それが気に入らなかったのか私の横からスザンヌがぬっと現れて口を出した。
「本当だよ、数日と言ったからワタシはてっきり2.3日だと思ったわ。ロティが扉を開けるたびに落ち込んでいたのだから反省しな!」
「ちょ!?スザンヌ!!」
そんな恥ずかしいことを言わないで欲しかった。
危うくスザンヌの口を押さえるとこだ。
ルークもそれを言われ気まずそうな顔になる。
「うっ、それは本当にごめんなさい。ロティ。」
「い、いいの。気にしないで…。」
「…全く。ルーク、あんた記憶が戻ったら100%後悔すると断言してやる。」
「ほぅ。それは、100%とは。記憶が戻るのが楽しみですね。」
ルークの態度にスザンヌは苛立っているようだ。
私が言わずともルークを愛していることをきちんと理解しているからだろう。
それをルークが軽く考えている事がスザンヌは許せない、と言った様子。
きっとルークは記憶をそこまで重要視していないのだ。
このままの様子だと記憶が戻っても
「うーん、なるほど。大した事ないですね。」
とか言われそうで血の気が引く。
″———”を信じてはいるが、この人は今ルーク・ロイヴァとして生きている。
魂は同じでも育った環境や周りの人が違えば性格は大きく変わる。
例え私と離れる道を選ぼうがルークの意思を尊重したい。
1度私は踏み外しているのだから。
ルークの判断に覚悟をしておかなければ。
スザンヌは険しい顔をして杖で外を指しながら悪態をついた。
「っけ!余裕かまして、今に見とけ。とりあえず外に出な。記憶を戻すのは外でやる。ルークに記憶を返した後、家の中でワタシの生まれ変わりの儀式をやるからね、ロティ。」
私には優しく言うスザンヌ。
ルークとも仲良くしてもらえればもっと嬉しいのだが。
だが何故ルークは外で記憶を戻すのだろう。
「なぜ外なの?いつも家なのに?」
「生まれ変わりのときはこの家ごとを巻き込んで冬眠みたいにするんだ。
ロティにギリギリの所まで手伝ってもらったら、家ごと結界を張って完全に周囲の感知が効かなくするようにするのさ。
ここで記憶を戻したら記憶を戻した反動で動けないルークを私ら2人で動かさなきゃならん。それは面倒だからね。
最初から外でやればいいだけさ。
なんせ魂からの記憶を引っ張って頭にぶち込むんだ、頭も割れるくらいには痛いが我慢しな!ふんっ!
ロティ、生まれ変わってワタシが動けるようになったら結界を外すよ、数十年後またこの場所に尋ねておいで。」
ルークはスザンヌに苦笑していた。
これ程まで牙を剥き出されるとは思っても見なかったのだろう。これは当分仲良くは無理だなと私は頭を悩ませた。
家の外に出る。スザンヌも足を引き摺りながら。
外はまだ午後で少し暖かい日で緩く吹く風が気持ちが良い。周りが森のため少し開けたこの場所に風が多少入るのだ。
少し家から離れたの木の側に3人で移動すると、スザンヌはルークに指示を出した。
「木の根元に座りな。そこで魔法を掛けてやる。
それが終わったらロティ。やるからね。わかったかい?」
「…うん。ッッ、スザンヌ…!」
私はスザンヌに抱きつくとスザンヌもまた抱き返してくれた。
今まで楽しかった日々を思い出し、涙を堪えながらお礼を伝えた。
「…今までありがとう。また会いに来るからね。」
「ああ、おいで。ワタシが戻ったらいつでも来るといい。」
スザンヌは優しく言う。
するっと私はスザンヌから体を離すと、スザンヌはルークに手を翳した。
「頭が本当に割れそうな位には痛むが、あんたは死にはしないから大丈夫だろう。気合いで戻っておいで。精神を狂わせるんじゃないよ。
決してロティを1人にするんじゃない。」
「…努力します。」
そう言うとルークは目を閉じた。
「じゃあ、受け取りな。」
スザンヌが言うと掌から赤い光が出て、ルークの体を包み込む。赤い光に包まれるルーク。
その赤い光が徐々にスザンヌの掌に青い光になりつつ還っていく。
球を成すその青い光は段々黄色くなり、大きさも増していく。
どんどん色を変え、白い眩い光に目が眩みそうだった。
西瓜ほどの大きさになった魔法の球をスザンヌはルークに押す仕草をした。
光はルークの頭にするっと入ると一瞬ルーク自体が光った。
「…終わりだ。」
スザンヌは一言そう言うと目をそっと開けたルーク。
「…。
…??
なんとも、ない?どうなって…。」
言いかけたルークが突如頭を押さえ、徐々に姿勢が低くなり丸まって唸っている。
「う、あぁあぁああ!あああああ!!!」
頭を抱えて蹲り痛そうに絶叫するルーク。
その絶叫に耐えられず私は駆け寄ろうとした。
「ルークッ」
「触るんじゃ無いよ、ロティ。あんたはこっちだ。
ルークに今は触れるんじゃ無い。記憶が混濁しかねないからね。」
すかさずスザンヌが杖で私を止めた。
絶叫し、痛みに耐えるルークを介抱したかったが、スザンヌに手を引っ張られる。
絶叫するルークを残し私は家の中まで連れてこられ、ルークが見えなくなってしまった。
「ルークは死なないんだろう?平気さ、頭が割れるほど傷むが割れる訳じゃない。ロティもルークを信じな。
記憶は与えた、対価を貰らうよ。」
スザンヌはロッキングチェアに座ると私の手を離した。
スザンヌの周りに魔法の光が煌めく。
それは糸のようで一本一本スザンヌを包み込んでいくようだ。
「ロティ、徐々にワタシに魔力を注ぎな。
あんたの持ちうる限り全てを貰う。暴走はさせるんじゃないよ。ゆっくり、丁寧に。」
「う、うん……。」
私は感情が溢れ涙ぐみながらもスザンヌに魔力を注いだ。
スザンヌの顔は穏やかだ。まるで今からお昼寝をするかのような。
「あぁ、いい魔力だ。前と同じで優しく心地の良い…。そのまま続けておくれ…。終わりの時は教えるからね…。」
スザンヌは目を閉じて集中している様子だ、私も全力で魔力を注いだ。
◇◆◇
どれくらい時間が経ったのだろう。
部屋全体が繭の様に魔法の糸で紡がれているが玄関の扉だけはまだはっきりと見えている。
スザンヌ自身も後は目と鼻と口を覆えばもう全て隠れてしまう。
ふいにスザンヌが目を開けると私をじっと見つめて虚ろに懐かしむ口調で話す。
「魅了の魔女の次は聖女…。魔女の魔力もまだ残って…つくづくあんたは運がないね…。
幸せになってほしいよ…。
もう今世のワタシは終わるよ…。ありがとう…ロティ。
さぁ…、最後に魔力を全て出し切ったらおいき…。
幸せにね……。」
スザンヌが目を閉じる。
私は何も言わず、涙を流しながらも今ある全ての魔力をスザンヌに渡した。
スザンヌがそれを受け取ると魔力の糸で全て隠れてしまった。
「おやすみ…。ありがとう。スザンヌ。またね…。」
聞こえないであろう友に別れの言葉を述べ、私は留まらないよう足早に玄関扉から外に出た。
扉を出ると先程の位置にルークが見えた。
すっかり日も暮れていて、見えにくいが膝を抱えて座っているようだった。
小走りでルークに近づく。
近づくが、顔が全然見えない。
痛がっている様子も唸ってもいない。
まだ触ってはいけないのかわからないため、触れないギリギリの位置で地面に座った。
動かないルークにそっと声を掛ける。
「…ルーク?大丈夫…?」
私に声を掛けれてルークは肩をびくつかせると、腕で隠れた顔がゆっくりと上がる。
その顔は可哀想になるほど泣いた後の様な顔だった。眉が下がり、酷く不安そうな顔で私を見た。
「ルー」
名前を呼ぼうとしたらルークの手が伸びてきて私を自分の元へと強く引っ張るとその腕の中に捕まえられてしまった。
懐かしくて触れて欲しかったルークの腕の中。
少し息が苦しいくらいにぎゅうぎゅうに抱きしめられていると自然と目が潤んでしまう。
「ロティ、ロティ、ロティ、ロティ…。
ごめん…。
忘れていて…ごめん。本当にっ。
全て思い出した…。
なんでこんなっ大事な事を今まで忘れていたのかっ…。
情けなくて…、悔しくて…、自分に苛立つ…。」
泣き声のような、掠れた声でルークは話した。
また更に私を抱きしめる腕に力が篭る。
…全て思い出してくれたのだろうか。
涙が溢れてしまう。
「思い…出してくれた?
思い出さない方が今のルークは幸せでいられたのかもしれないのに…。ごめんね、離してあげられなかった…。大好きなの…。″———”。」
私も僅かに動かせる手をルークに回し、頭をルークに擦り寄せる。
やっと縋れたその体は前世とはだいぶ違っていたのに、私が求めるそのものだった。
ルークは叫んでいたせいか、若干枯れた声のまま私の耳元で話す。
「思い出さない方が…いいなんて事は…絶対にない…。
この記憶がなかった事が…悔しい……。
忘れたくなかったのに……。
俺を…探してくれてありがとう…。
ロティ…愛してる…。」
体に込められた力がぐんと緩まったと思ったら、ルークの手が私の頬を包む。
まだ涙が溜まるその青い眼が可愛くて愛おしい。
涙で濡れた髪が顔に付いていたため、私もルークの頬に触れ髪を整える。
また貴方に触れられる事がこんなに幸せとは知らなかった。
最悪、私はルークが思い出してくれただけで満足だったのだ。
思い出して、私がいらないなら諦めようと思った。
今世を自由に生きたいと言うのなら、私は貴方を手放して好きに生きて貰おうと思っていた。
だがそれも無理になる。
貪欲な私は、また私を抱きしめてくれた貴方をもう手放せないだろう。
私は涙ぐみながら微笑む。
こんなにルークを愛してる。溢れてやまないこの感情はいつか止まる事があるのかわからないくらいだ。
濡れた頬も、泣いて崩れた顔も、私の頬に触れる震えた手も。全部大好き。
「今度はちゃんと、2人で生きていきたい…。」
「ああ…。今度は誰にも邪魔させない。」
言い終わると同時にルークの顔が近づいた。
一瞬目があったと思ったら呆気なく私はキスされた。
その後も暫くルークは私を離してくれなかった。
物理的に離れないルークになんとか動けるように体勢を変えてもらいスザンヌの家の方を見た。
スザンヌの家はもうそこには何もなく、ただの森の空き地がぽつんと出来ていた。
畑もなく、ぽつんと虚しい空間があるだけ。
何年掛かるかわからない生まれ変わりだ。
気長に友を待とう。時々ここの様子を見に来たい。
またスザンヌに会いたい。
ルークはどうだろう。
まだ冒険者をしたいのだろうか。
私は魔力がなくなり、ただの人になった。
これからどう生きようか。
ルークと共に考えていこう。
◆◆◆
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