第29話 私のため?貴方のため?◆
◆◆◆
ラロラン町から南下して3日。
やっと目的の【記憶の魔女】の家に着いた。
ここまでの道のりはルークと一緒で嬉しい反面、呪いを掛けてしまった事への後悔はあるし、記憶がないルークはどこか一線を置かれ必要以上の会話なく、野営の時もお互いはわかるが遠すぎない距離で寝泊まりをした。
無視などはされず、話せば返事を返してくれただけありがたい、と自分に言い聞かせ目的地であるここまできた。
僻地にある魔女の家は森に囲まれており、やはり見つけるのも苦労した。
それでも魔女の情報があっただけましなのだろう。
2人で魔女の家の玄関の前に立つとルークがちらりと私を見た。
「やっと着いた事ですし、早速行きましょうか。」
「うん。」
そう言うと玄関の扉をノックする。
何の音もせず誰もいないのかと思ったその時。
「入りな。」
と中からと声がした為扉を開けて中に入った。
魔女の家、と言うよりも普通の家のようで暖炉の前にロッキングチェアがある。
それにテーブルセット、キッチン、本棚や食器棚などがある。物自体は余り多くはなく、暖炉の前のロッキングチェアが揺れている。
椅子の後ろしか見えず、顔が見えない。
顔は見えないが、いるのは【記憶の魔女】だろう。
「こんにちは。【記憶の魔女】殿、思い出したい記憶があるので来ました。お願いできますか?」
ルークはまだ見えない魔女に大きめの聞こえやすい声量ではっきりと言った。
ぴたっとロッキングチェアの動きが止まる。
「やれやれ。老婆を酷使しやがる。よっこらせ。」
力を入れて椅子から立ち上がり私達の方を見る女性は白髪に金色の瞳で険しい顔をしたお婆ちゃん。
杖を持って立っているその様子から随分とお年を召しているようだ。
ルークの顔をじっと見つめる魔女は尚一層顔色が険しくなったが、最後には目を逸らし、ふん、と鼻を鳴らした。
次に私の顔を見る魔女はみるみると目を丸くさせた。
「あん…たは…。」
「?」
魔女に見つめられ、首を傾げる。
会ったことのない【記憶の魔女】だが、どうかしたのだろうか、魔女は私から目を逸らしながら話す。
「…いや、…いい。なんでもないよ。それより思い出したい記憶はどんなのだい。こっちに座りな。」
足を引き摺りながら私達にゆっくりと近づく。
窓際のテーブルと椅子の方へ行くと魔女は椅子に腰をかけた。私達も魔女の向かい側に座る。
ルークは魔女を見つめ、淡々と話し始めた。
「改めて、初めまして俺はルークと申します。
こっちはロティ。知りたいのは俺の前世の記憶なんですが、思い出させて貰うことは出来ますか?」
ルークの質問に魔女は答えず、またルークをじっと見つめていた。
魔女の金色の瞳の奥が少し赤く光っているように見える。
僅かな間が空き、魔女はため息混じりの息を吐くと頬杖を付きながら話し始めた。
「出来ないことはないよ。
記憶の魔女と呼ばれるだけの力と技術はあるのさ。
だが、前世の記憶とは普通じゃあないね。
なんで思い出したいんだい。」
「えっと、ロティから聞いた話なのですが、前世ではロティと恋人だったらしくて。
ですが、全く俺には前世の記憶がないので…思い出せるものなら思い出してみたいな、と。」
「…あんたは前世の記憶があるのかい?」
ルークは他人事のように詳細を魔女に伝えるが、魔女はそれで理解したのか私を見つめ尋ねてきた。
魔女に見つめられて、気不味く私は机に目を落とす。
「はい、あります…。
ルークの事を探して旅をしていたのですが、ルークは私の事を覚えてなくて…。
色んな事が重なって…つい呪ってしまって…。」
前からガダンと椅子が動く音がした。
魔女が驚いてバランスを崩し掛けた様だ。
倒れなくて良かったとホッとすると魔女が驚いて口を開けていた。
「の、呪いをかけたっ?あんたがかい?」
「…はい。」
「どんな…。」
「不老不死の…呪いです…。魔力暴走しながら呪ってしまったので、魔力もほぼほぼ全て使ってしまって。あれから1週間位は経つのですが全然溜まる気配がなくて。魔法は使えるのですが、解術はできなくて…。」
私は肩を落とし気落ちしてしまう。
見かねたのかルークが代わりに話してくれた。
「俺としてはその呪いは然程気にしていないのです。
冒険者ですので、寧ろ都合が良いですし。
ですがロティはこの呪いはいつか後悔するから、と言うのでいつかは解術すると思いますが、解術する為には魔力を貯める時間が必要みたいなので、その間に記憶を戻して貰えたら嬉しいなと思いここまで来たんです。」
「なるほどね…。ただし記憶を与えるには対価が必要だ。それは量と質の問題次第なんだが、あんた達のは特殊すぎるからね。
どうしたもんか………。」
魔女は納得した様子で腕を組み考えている様だ。
数分沈黙の中、私とルークは考える魔女をじっと見入る。
魔女は机に落としていた視線を私に向けてきた為必然的に見つめ合う形になってしまった。
ふと魔女の片方の眉が上がる。
「…ああ…そうだ。これがいいね。
あんた達、魔女は生まれ変わりができる事を知っているかい?」
「俺はそんな話も聞いたことのある程度です。そもそも魔女は人族なのに長命ですし。それに断然希少な存在ですから。国に1人いるかいないかレベルの。」
「私はわからないです…。」
「んじゃあ教えるよ。魔女は生まれ変わりが出来るんだ。どうやるかはワタシもやったことないから教えられないが、本能的に出来るんだよ。
だが、生まれ変わりには出来る期間がある。
魔女も老衰すれば死ぬ。若い時にやれば1人で、すんなり生まれ変われるが、ワタシは期間が過ぎてしまっている。
もう生まれ変わりを1人ですることは難しいんだ、ワタシも魔力暴走をしかねない。
だが、一つ方法がある。他の魔力を使えば生まれ変わりの儀式ができる。ワタシが補えない魔力を貰うのさ。
それをロティ、あんたに頼みたい。
だがその代わり生まれ変わりの手伝いをすれば、制限がかかり今後生きている間は魔法は使えなくなるがね。もしかすると来世にまでも影響が残るかもしれないが。
どうする?それでもやるかい?」
魔女は交互に私達を見る。
すかさずルークは申し訳なさそうに言い出した。
「俺の記憶ですから、俺がやりますよ。」
だが、魔女は首を横に振った。
「駄目だ。あんたではね。ロティじゃないとワタシはこの依頼を受けないよ。」
「どうしてもですか…?」
「そこは譲れないね。絶対だ。嫌なら諦めな。」
魔女の顔は真剣で頑なに譲る気はないようで自然と視線は私に集まる。
注目される中、魔女をしっかりと見つめ私は返答した。
「……私がやります。やらせて下さい。私がルークに呪いを掛けたんだもの。私が手伝います。
でも、ルーク…。」
「なんです?」
「私が魔力を溜めたら解術するっていったのに、それができなくなってしまう…。
呪いを解く事と記憶を戻す事どっちを優先したい?
呪いを解いてから記憶を戻すとなると余りに時間がかかり過ぎるかもしれない…。それに…。」
私は魔女を見た。
90代にも見える魔女だが、長命の魔女は90歳を遥かに超えるほどの歳だろう。
あまり長い間待たせる事が出来るとは思えない。
そんな事を魔女も考えていたのか少し呆れ気味に魔女は口を開いた。
「そうなりゃワタシが死ぬ可能性もなきにしもあらずだ。
あんたの魔力が溜まるのは数年単位だろうし、ワタシはそんなに待てないよ。記憶か解術か選ぶ事だね。」
「なら、一つですね。記憶です。この呪いはかかったままでも構わないですから。」
ルークは何一つ迷わず即答した。
今のルークにとって呪いは歓迎的な効果なのだろう。
だがその呪いは大怪我をしたり、長い間生きてみないと、なぜそれが呪いと言われるかわからないものなのだ。
今のルークにはわからないだろう。
言ってもあまり効果はなさそうだし、どちらにせよ記憶をとってくれるならー……。
「…。わかった。じゃあルーク、呪いは私が来世に解いてもいいかな…?きっと私はまた来世でもルークを覚えていると思うから。それまで待ってくれる?」
「はい、大丈夫です。不老不死ならいつまでも待てますからね。それとロティの魔力が溜まる間、俺はまた冒険者をしていても構いませんか?」
ルークの言葉に私は息を呑んだ。
またルークと離れるという想像を一切していなかったのだ。悲観しそうになるが、すぐに答えを出さなければならないだろう。
私が答えられないままでいると魔女が話に乗ってしまった。
「ああ、いいとも。ロティはワタシの側にいるといい。
その間に魔力を溜めな。他に魔法を使わない様見ておいてやる。その方が幾分かはたまりやすいだろう。」
魔女がふんっと鼻を鳴らして答えを出してしまい、私はそれにぎこちなく頷く事しか出来なかった。
◇◆◇
「それじゃ、俺は行きますね?魔力が溜まったら連絡下さい。」
ルークは軽く微笑むと別れの挨拶をしてきた。
本当なら一緒に居たいところだが、今組んでいるパーティを無理に数日抜けて私と一緒に来てくれたのもあるから我儘も言えない。
私はグッと堪えてなるべく笑って手を振る。
「うん、わかった。ここまでありがとう。気をつけて冒険してね。怪我しないように…。じゃあ…。いってらっしゃい…。」
ああ、嫌だ。鼻の奥がツンとする感じ。
真っ直ぐルークを見ることが出来ず、俯き気味になってしまう。そんな私の何かを察したのかルークは私の頭に手を置き一度だけ撫でてくれた。
「じゃあいってきます。」
手が離れるのが名残惜しい。
もっと触れられていたかった。無情にも今のルークはそんなことはないみたいで手はすぐに頭から離され、玄関から出ていった。
古びた木の扉がバタンと閉まる。
それは決意と贖罪の開始の音のようでもある。
悲喜交交の波が押し寄せるようだ。
またしばらくの間ルークと離れなくてはならないのは寂しいし、不安だ。
だがここに居るのはルークの記憶を戻して貰いたいが故のこと。
ルークも記憶を望んでくれたのは嬉しかった。
だがやはり、ルークとまた離れ離れになってしまったと言う悲しい気持ちの方が大きいようだ。
グッと耐えつつ隣にいる記憶の魔女を盗み見る。
パッと見は私よりも背の低いお婆ちゃん。
魔法をまだ見ていないせいか記憶の魔女とも信じがたいところだが。
記憶の魔女も私を見てきた為ばっちりと目が合う。
「…あんたは魔力が溜まるまでの間、ワタシの助手としてここにいとくれ。部屋は空いてるからそこに住むといい。
ワタシは生まれ変わるにあたっての準備も多少なりともあるからね。やることが沢山だ。さあて、魔力が溜まるまでどれくらいかかるかねぇ。
下手に魔法は使うんじゃ無いよ、その分遅くなるからね。
あんたの魔力は莫大だからもしかすると5年以上かかるかもしれないねぇ?」
「え!?それは流石に…。困るというか…。」
5年も経ったら私は26歳ではないか。
その間ルークに会えないのも嫌だし、なんというか勿体ない気がしてならない。
だが魔女はキレ気味に叱る様な口調で咎めてきた。
「あんたの魔力がすっからかんになるほどの強大な呪いを使ったんだ。自業自得だろう!
あんたじゃなかったら術者は死ぬレベルなんだから生きてるだけましだろう!本当に昔から規格外な人だよ!」
「ううぅ…それを言われたら…確かにそうなんですけど…。だって…ルークが初めて浮気してたんです…。そりゃあ私だって怒りますよ…。
というか昔からってどういうことです?私前にお会いしました?」
「昔から、というのはおいおい話してやるよ…。
だが呪いまでかける阿呆がどこにいるってんだい。
惚れられた方も大変なもんだっ。」
「ですよねぇ…。…あぁ〜〜本当に馬鹿な事したぁ…。」
私は頭を押さえる。
視線を冷たくした記憶の魔女はふんっと鼻を鳴らし片方の足を少し引き摺りながら歩いて、机と椅子がある方に行く。
椅子に座ると机を杖で叩いて私に向かって言う。
「ほら、あんたもおいで。お茶くらい入れられるだろう。そこにあるから用意しな。」
杖でキッチンを指した為、私は言われた通りにお茶を入れ始めた。
◇◇◇
「うん?なかなかうまいね。あんたも座って呑みな、そこにある菓子も食べるといい。」
お茶を啜った記憶の魔女は机の上にあったお菓子を私に勧めた。
「あ、ありがとうございます。失礼します。」
そう伝え私は記憶の魔女の向かい側の席に腰を下ろし、自分の分の紅茶とお菓子を選び記憶の魔女と共に一息ついた。
記憶の魔女もチョコレートがたっぷりかかった小さいケーキを頬張る。
私も自分の選んだスコーンを食べ始めると、美味しさに笑みが溢れた。
「っ美味しいです。」
「そりゃあよかった。それで住むにあたって多少条件というか、約束がある。
一つ、ワタシに敬語はいらん。
二つ、名前で呼ぶ事。記憶の魔女さん、なんて嫌だからね。
三つ、ワタシが生まれ変わるのはこの体がもうガタがきているからだ。あんたの魔力が戻ったらワタシの生まれ変わりの手伝いをさせるが、その時はどうあれ拒むんじゃない。わかったね?
四つ、あんた達みたいに思い出したい記憶の為に来る客がいるが、どんな対価をワタシが望もうと対価については口出ししない事だ。ワタシの気まぐれだからね。
後はワタシの言ったことを手伝いすれば魔力を戻す手伝いも多少してやるから。」
記憶の魔女は照れ臭そうにいいながらまたケーキを頬張った。
魔力を戻す手伝いまでしてくれるとは思っておらず、私は嬉しくて笑顔になる。
「ありがとう!えっと、名前はなんて言うの?」
「スザンヌ・ヴィクセイルだよ。」
「ありがとう!スザンヌ!」
「ふん、魔女の気まぐれさ。気にすんじゃないよ。」
そう言ったスザンヌの顔はとても優しく、大切なものを見つめる目をしていて、それが気まぐれならどれだけ慈愛に溢れた人なのだろうかと1人考えてしまった。
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