第11話 それはどなた?え?知らないの私だけ!?
会議室は大きなローテーブルと皮張りのソファがあった。
壁には魔物の角や大きな斧、剣、槍、盾。
本棚には綺麗に整頓された本が所狭しと並んでいる。
豪華すぎる装飾品は、建物と比較して見ると趣が違い、少し似つかわしくない。
ゲオーグが部屋に置いてあるソファの1番奥に置かれた1人掛け用の椅子に座る。
ゲオーグから見て左サイドにアリリセ、右サイドにルークと私で座る。
何故ルークと私が一緒なのか、それは一向にルークは私を離してくれないためである。
自由に動けないのは地味に辛い。
咳払いをしたゲオーグが私とアリリセを交互に見ながら口を開いた。
「さて、シュワールの森に出現していた、大型の犬の様な魔物。結局はなんだった?」
ゲオーグが尋ねると私とアリリセが変わる変わりに答えていく。
魔物は魔狼であったが、大きさが普通の魔狼より2.3倍は大きかったこと。
目が合ったら突進し、襲われたこと。
火魔法を使っていたこと。
攻撃を受けたアリリセではなく私に向かってきて、ヘイトが取れなかったこと。
魔狼にロティが噛まれたたが、その傷はルークがポーションで治したこと。
魔狼が見せた笑顔みたいな表情のこと。
最後はルークが魔狼を倒してくれたこと。
その魔狼の死体はルークが持っていること。
「あと、ギルドには交戦しても逃げたって情報だったけど、逃げるどころか向かってきたよ…。」
私が顔を顰めて話すとゲオーグもまた顔を顰めながら顎に手を当て考えるポーズを取った。
それと私からもう一つ報告がある。
シラーから聞いた苦しんでいた魔狼も話さなくてはいけないが、シラーから口止めをされているためアリリセの前では言えない。
「うーむ…。ロティも怪我する程だったのか…。危なかったな。ルーク様が居てよかった。
その大型の魔狼を倒したのなら、シュワールの森は大型の魔狼が現れる前に戻ったと考えたいが、複数いないか調査しなくてはな。
ただの魔狼ならシュワールの森の深くにも生息はしている。だが今回はただの魔狼ではない点がいくつかあるな。
魔狼は風魔法を使うが火魔法は聞いたことがない。
ヘイトが変わらない件も、不気味な笑みの件も。」
「調査が終わるまで、他の冒険者に注意喚起を出す事は出来ますか?」
アリリセが強張った顔をしているゲオーグに尋ねた。
ゲオーグはふーっ、と息を吐いた後、眉間の皺を解きアリリセに返答を返した。
「ああ、掲示板に張り出しておこう。
後はすぐに調査に向かわせる。
後日また何か聞き取りをするかもしれないが大丈夫だな?アリリセ、ロティ。」
「はい、大丈夫です。」
「うん、大丈夫。」
「では、今日はこれで解散しよう。疲れただろうしな。特にロティ。聞いていたがエルダーの花も加工してやったんだろう?」
「う、本当にいつからいたの?ゲオーグさん。」
私が物言いたげな顔をして言うとゲオーグは腕を組み自信満々に言う。
「俺はギルマスだが、冒険者でもあるからな。気配を消す事位できるぞ。
お前は淡白ぶってはいるが、お人好しだからな。
俺の傷も直しとるし。あ、そうだ。アリリセ、帰る前にウルカのとこに行け。
剣士募集のパーティの依頼がついさっき入ってたんだ。
お前でもいけそうなやつだったから行けそうなら行くといい。」
傷が無くなれば気付くとは思うが案外バレるのが早かった。アリリセにパーティを紹介するゲオーグの顔はれっきとしたギルドマスターの表情だ。
アリリセもパーティを紹介されたのが嬉しいのか表情が明るくなっていた。
「わかりました。早速行きます。……ロティ。」
アリリセは返事をしながらスッと立ち上がって私に手を差し出した。
私は首を傾げてアリリセに尋ねた。
「なに?アリリセ。」
「…本当にありがとう。この事は絶対忘れない。
ありがとう。」
「うん、お疲れ様でした。これでパーティ解散だね。
またどこかで会おうね。」
握手を求められていることにハッと気付いて私はアリリセの手を握り返した。
ルークに片手を繋がれ封じられたままを気遣ってくれ、空いている手の方で力強く別れの挨拶をした。
隣でルークが静かにしていたが視線が刺さってくる。
ぎゅっと一瞬握る力が強くなったと思ったら直ぐに離れた。
にこりとアリリセは微笑むとそのまま部屋を後にした。
アリリセの退室を見送り、ドアが閉まるのを確認して私は切り出した。
「さて、実はゲオーグさんにもう一つ言いたいことが。」
「うん?なんだ?」
「アリリセの妹さんのシラーから聞いたの。
家族に口外しないでって言われたから黙っていたんだけど、シラーが瘴気を浴びた時、魔狼が苦しんでて可哀想だから撫でようと思って近づいて、撫でたら瘴気をもらってしまったみたい。その後はすぐに魔狼は逃げたって。」
「危ない事をするやっちゃなぁ。
俺からもアリリセに妹をきちんと教育するよう伝える。
それにしても魔狼が苦しんでいた…か。
何か毒にでもやられていたのだろうか?それとも瘴気自体が魔狼を苦しめていた?」
ゲオーグは顔を顰めながら首を傾げ、ちょび髭を撫でた。
ルークは私をチラッと見ると、自分の顎に手を当て何かを考えているよう仕草を見せつつゲオーグに話し掛けた。
「ゲオーグ、解体室は空いてるか?」
「はい、空いてますよ。魔狼を出しますか?」
「一度死体をよく見ようと思う。
ロティ、疲れているところ悪い。もし歩けない様なら抱き抱えるが…。」
「大丈夫!!歩ける!!余裕で!」
私は空いている腕を上げ、拳を握りしめて言う。
抱き抱えられたら、恥ずかし過ぎて死してしまう。
咄嗟に繋いでいた手を軽く引かれ、ルークが私の耳元に近づいた。
「残念、今度ね。」
と低い声で私に言い残すとせっかく赤面しないように頑張った私の努力は無駄になったようだ。
顔から火が出そうに熱い。
この人は砂糖菓子で出来ているのだろうか?と疑問さえ浮かんでくる。
「ルーク様、ロティがその内過剰摂取で死にますぞ。顔が赤くなりすぎて焦げそうな位ですな。」
「うーん、これくらいでそう言われてもな。」
ゲオーグにも憐れむかの様に言われたが、ルークの顔は真剣そのものだった。
◇◇◇
3人で解体室に向かった。
ルークが魔法鞄を使うから、とやっと手が解放された。
手汗かいちゃうし、ルークは気持ち悪くないのだろうか。
解体室の扉を開けて中に入ると、中の壁には所狭しと
色々なサイズの刃物がギラついて掛けられていた。
たまにしか入らない解体室だからか中にはどうやって使うのかわからないものまである。
今の時間を言えば夕方の17時頃だろうか。
解体室は今日の分の作業を終えているらしく、綺麗な状態だった。
解体室のテーブルは会議室にあったテーブルの何倍もの大きさで作業がしやすい様に高さ調節もできる。
ルークは高さを調節しないまま、魔法鞄から魔狼を鉄のテーブルの上に取り出した。
ギルドに向かう最中に聞いたが、ルークが持っている魔法鞄は大きさや個数制限がなく好きなだけ入れられて、しかも時間経過もないという最上級の魔導具だそうだ。
勇者パーティのみ陛下より与えられるもので、英雄6人はこれを持っているらしい。
頭の中話が逸れたが、取り出した魔狼は森で死んだままの姿で一瞬私はたじろいでしまった。
そんな私の前にルークが来て魔狼をじっと見つめながら口を開いた。
「気になる点をまとめた。サイズはともかく…。
目が合い襲われた事。
ターゲットがロティだった事。
使えないはずの火魔法を使っていた事。
表情が変わった事。
魔狼が苦しんでいた事。可能性として一つ浮かんだことがある…。」
そう言うとルークは手に火の玉を出した。
魔狼の首あたりの毛をその火玉でジリジリ焼いていく。
本体まで焼かないよう絶妙な加減だ。
ここまでの火力を調整するのは難しいはずだが、ルークにとってはなんのこともないのだろうか。
「やはりな。チッ!」
焼き終えたルークが悪態をつく。
初めて見る悪態に内心身がすくんでしまいながらもルークが顔を顰めて見てるものを私も見る。
魔狼の首に雷に打たれた傷のような模様がぐるっと首に一周出来ている。まるで首輪の様な模様だ。
ゲオーグは目を見開き、驚きながら声を出した。
「これは…召喚証…?この魔狼は召喚獣ってことか!?」
「召喚獣…って召喚士が出す魔物のことだよね?」
「そうだ。こいつは召喚されて使われたんだろうな。しかもターゲットはロティだろう。
ロティを傷つけたとたんに表情が変わったのは、あの女とリンクしたのかもしれない。
火魔法は攻撃力が高いから後付けされたんだろうな。
ロティを確実に狙えるように。
魔狼が苦しんで瘴気を出していたのは、無理矢理火魔法を使える様に体に魔石でも入れられたからではないか…?」
そう言うと魔狼の腹あたりをルークは魔法で切り裂いた。
手を振り翳しただけに見えたのでびくっと体が驚いてしまったが、ルークは魔狼の体の切り裂いたところに手を突っ込み中を探り始めた。
中々にグロいが私はなんとも平気だ。
冒険者になりたてはきついかも知れないし、あまりにぐちゃぐちゃしているものは目を覆ってしまうが、何度も魔物を解体すると多少は慣れてしまう。
「ん、これかな。」
ルークがそう言うと中から血の塊を取り出した。
血の隙間からメラメラと火の様に燃えているように見える。火石だ。
一見綺麗な石だが、そのまま触ると火傷する危ない魔石の1つだ。
「性悪女め…。あれほど逃すなと言いつけていたにも関わらず……。だが、これで分かった事がある。
やはりロティが確実に狙われていた。あの女の差金だ。」
この数時間、ルークと行動を共にしていたが、これ程静かに憤怒する様子を見るのは初めてで背筋が凍りそうだ。
そして、今日は訳がわからない事ばかりだ。
何をどう聞いていけば良いのかも整理がつかない。
私は顔を歪めているが、ゲオーグは平然とルークの話に混ざっていく。
「グニー・アレグリアですな。ルーク様が長年に渡り王国の監獄にいれていた…。
脱出不可能と言われた王国の監獄から脱獄した女。
詳しい事は知らされておりませんが…。
どう脱獄したのでしょうな。悪魔でも呼んだか…。」
2人とも難しい顔をしながら考え込むが、私は1人キャパオーバーに達してしまった。
「ね、ねぇ…申し訳ないのだけど…色々頭が追いついてないのって私だけなの??
そろそろまた気を失いそうなんだけど…。」
目眩がしてくる。
情報量の多さと、意味のわからなさでくらくらしているとルークが慌てて、私を引き寄せようとするがその手は血でべったりだし、火石も危ないのでなんとか踏み止まり倒れないようにした。
すかさずルークは血と火石を自分の水魔法で洗い流す。
火石は水が当たりジュウジュウと蒸発している音がした。
綺麗になった手と火石。
火石を魔狼の方へ向けると、魔法鞄を取り出し2つともするりと鞄の中に入り込んでいった。
ルークはゲオーグに私の手を取りながら伝えた。
「ゲオーグ、俺はロティに色々話さなきゃいけないから今日はこれで帰ることにする。なにかあれば教えてくれ。」
ルークと私の足元が光った。
また転移魔法なのだろうか。先程1度経験したから今度は恐怖がない。
ゲオーグの方を見ると私に手を振ってくれていた。
「はい、わかりました。じゃあなロティ。しっかり休め。」
ゲオーグは強張った表情ながら労ってくれた。
確かにしっかり休みたい、今日は色んなことがありすぎて頭パンクしそうだ。
私も手を振りかえして慌てて返す。
「う、うん。またね。ゲオーグさん。」
そう言うと直ぐに足元の光が目の前に来て体全てが包まれてしまった。
❇︎召喚獣は召喚士により、呼び出された魔物。召喚獣は召喚証を体に刻まれる。
魔力を糧に生き、魔力を与えなければ死ぬ。召喚獣は服従し、召喚士が自由に操る事ができる。
召喚士よりレベルが高い召喚獣も呼び出すことは可能だが、服従はせず召喚士を襲ったりする時もある。
高レベルな召喚士なら複数体使役する事が可能。
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