第1章②
ニカ様の最初の訪問から三週間が
いや、私だってニカ様の事は好きだ。ニカ様は、同じ王族として未来に王を支える立場として兄として、俺様殿下セス様の
その為、ニカ様にはいまいち攻略キャラという意識よりお世話になった優しい人という印象の方が強い。こと内心で
でもニカ様の存在はあまりにも私の平民ライフに支障を
「あのよく来る
そしてミシェルさんに困った誤解をされかけている。
「違うんです、ニカ様が会いに来られたり良くしてくださるのは…私への負い目ですから」
ニカ様は昔から私に優しかったけど、それは前提として私が俺様殿下の婚約者だったからなのだ。そして今も、間接的に弟の婚約
そこに断じて
「妹のようだった私を心配してくださっているというのもあるとは思いますが…すみません、
「そりゃ構わないけど…本当にそれだけかねぇ?」
ミシェルさんはにやにやと笑う。私は
「お、
私は複雑な
パン屋の前で止まった平民の町には場違いな馬の鳴き声や車輪、要するに馬車の音が聞こえても、私は
「失礼する。…すまない、
ミシェルさんと私からいつもより注目されている空気を察した、王族なのに平民に
…平民相手にこうも
「むしろその逆の話をフィーちゃんとしてたところだよ」
ああミシェルさん、その通りだけど言って欲しくはなかった言葉…! しかもその言い方だとあたかも私もニカ様を
「それは光栄だ」
ニカ様の
せめて
…もし私がレディロを単純にゲームとして楽しんでいたというより、ゲームキャラに本気で恋していたタイプの
「じゃ、彼氏のお
「いえそんな関係ではありませんし、まだ仕事も終わっていません」
「ちょうど閉店時間だし、残りのパンは貴族のお兄ちゃんが引き取ってくれるらしいし、後は十分ぐらい閉店仕事すりゃいいだけだからいいんだよ。ほら帰った帰った」
私はにやにや笑っているミシェルさんに半ば追い出される形で店から出た。続いて護衛二人にパンの入った
王族と、平民の焼いたパン袋を持つ護衛達。なんというミスマッチ。
「どうした?」
「…いえ、その引き取ったパンっていつもどうされているのかと思いまして」
「はは、パンは食べるに決まっているだろう」
「ですよね、平民の焼いたパンですから捨てているに決ま……はい?」
はいぃ? なんて言った、この王族?
お金を
「…護衛や使用人に
「義務として毒見はさせているが、私が食べている。私はあの平べったいチーズパンが好きだ」
おい王族ッ!
私は半ば
何諦めてんの!? それ職務放棄だよ、大問題だよちょっと…! だいたいお前等、私に週一でニカ様が会いに来るのからして危険
「どうした? フィー」
「…何でもありません。職場の商品をお気に入り頂けたようで嬉しいです」
あなた様がどうしたなんですよ。と言いたいけれどさすがに本人には言えないので、私は猫をかぶり直してふんわり
「フィーもそのうちパンを作るようになるのか? 楽しみだな」
私はにこにこと
さっきからニカ様
私の心配をよそに、ニカ様はパン談義を始めた。この人はどこに向かっているのだろう…。
● ● ●
ニカ様の事は放置する事に決めた。
それに何より、
だけど今日は仕事が休みです。
働かせて欲しい…働かせてください…馬車馬のように働くから、私に開店前と閉店後パンを焼く練習をさせて欲しい…。
家に居てもずっとそう考えては
すると、
「フェリシア姉上、お久しぶりですね」
とりあえず二度見する。こんな所に護衛も連れずシェドが居るはずがない。だって義理とはいえ
彼、シェド・スワローズは殿下と私を
私はそんなシェドとの遭遇に急速に血の気が
「…あれ、もう敬語じゃなくていいのかな?」
うーん、とマイペースにシェドが首を
…落ち着け。落ち着け私。まずはシェドが
「…何故此処に?」
「ん? 元気にしてるのかなーって思って」
そんなフランクな理由で私の心臓に必要以上の仕事を
…いや待て待て待て。あの、レディロのトラップボーイと名高いシェド・スワローズが、本当にそんな理由だけで私に会いに来る訳がない。顔からも声からも感情を読み取れないせいでこっちの方が
「私の家にでも来ますか? スワローズ家の一番小さい部屋の半分程度の広さですけれど」
「へぇ、フェリシア姉上は犬小屋に住んでるんだ。うん、いいよ。見てみたいし」
という事情を、レディロのお陰で私は知っているから良いけど、もし知らなかったら
そう、私がシェドにびくびくしているのはそんなちゃちな理由じゃない。
「…ほとんど話した事の無い元義理の姉に会いに、よくこんな遠くまで来ましたね」
私は大好きなゲームの
普通、そんな元義理の姉で今他人な女に軽い気持ちではるばる会いに来るか…? 来ない。絶対来ない。
「学園ちょうど夏休みだったし、
……。
シェドを見る。相変わらずの無表情で、こいつ意識あるのかってぐらいの死んだ目で歩いている。お人形のような
……。
三分経過。
…ちょっと! それに、何!? 言葉の続きはどうした!?
明らかにおかしなタイミングで言葉を切ったのはそっちの
私のもやもやした気持ちを知ってか知らずか、シェドは結局その後私の家に着くまで一言も言葉を発する事は無かった。これは性格は悪くないという評価を
「犬小屋より狭い」
そして家に着いてからの第一声がこれである。
私はニカ様に頂いたお高い紅茶を
「…美味しい。このビスケットって高いのだよね? 何で平民のフェリシア姉上がこんなの出せるの?」
「ニカ様に頂いたんです」
「ニカ様…ニコラス・キャボット? 何であの人がフェリシア姉上に?」
「私への
「ふーん」
一応
俺様殿下が直接的に私にした事は婚約
問題は、両親が下し私が大喜びしている家から
普通なら、上に立つ者として貴族としてしか生きて来なかった者が、たった一人で知らない場所に放り出されて平民として暮らして行ける訳がない。プライドの問題でどうしても出来ない事も多く、それを乗り
私が幸せに暮らせているのは、この世界とは違いも多々あるものの前世で平民暮らしを経験しており、さらにこうなる未来を十年前から望み、人知れず平民の暮らしを
つまり、ニカ様が私に同情しても
「ニコラス様とよく会ってるの?」
「たまにですよ」
具体的な数を言わない限り、それは個人の主観に過ぎない。仕事の場ではこういう主観による意見の
話している間にいい感じに
「フェリシア姉上、なんか生き生きしてるね」
「ええ、貴族暮らしより此処での暮らしの方が案外性に合っていたみたいです」
「ふーん、楽しい?」
「はい」
なんか傍からはそこそこ良好な仲の
「俺もなんかやらかして追い出されちゃおっかなー。フェリシア姉上、その時は
絶っっっ対に
私はシェドの無表情ながらも
「シェド、スワローズ家の
「自分は
私は動揺を
カマをかけられただけ…か? でも話の流れが嫌な方向に行っているのをひしひしと感じる。
まるでそんな私の考えを
「フェリシア姉上は昔からずっとそうだね。さすが
あっ…あっ…私、これと似た
レディロシェドルートの
「俺さ、姉上の事ずっと、」
その続きは聞きたくない。
私は無我夢中ですぐ近くに置いていたものを引っ
「うぶっ…! な、…パ、パン?」
シェドが私の投げたそれを見て、
そうだ、パンだ。顔に当たってもソフトなタッチで
今の言葉の先を言われるとシェドルート確定から平民さらばまでの
「パンを食べましょう…!」
「え、は、は?」
「シェドが変なのはお
「いや違、」
「
「えっと、」
「いただきます!」
「……いただきます」
やった! 話題の頭の悪さが
……シェドの言葉の続き。あれが例えば「だって、姉上の事ずっと愛していたんだ…!」なんて言われるのだったらまだ
「姉上の事ずっと飼いたかったんだ」です。
そんな告白吞み込めるわけねぇだろ、このトラップヤンデレマンめが! お前のルートだけバッドエンドが
絶対に今後も言わせないから
元義理の姉弟な公爵家跡取りと平民で向かい合い無言でパンを食べ終えるという
「ではシェド、元姉弟の心温まる交流も終わった事ですしもう夜
「…うん」
我ながら
外へ通じるドアまで歩いて行ったシェドは、私を振り返り何か言いたそうな顔をした。
「何でしょう?」
ヤンデレ発言以外なら発言を許そう。言うがよい。
「あの、フェリシア姉上って…あー…パン好きなの?」
「はい。今の目標はパン作りを
「そ、そう…」
発言キャンセルにパン投げを使ったせいか、シェドがどことなく私に引いているような空気をひしひしと感じる。異様にしおらしい。そして絶対聞きたかった事はそれじゃないと思う。私の平民パワーに
「えと…また来るね」
いや来ないで。
そんな無表情ながらちらちら
「ええ、また」
あ。名前フェリシアからフィーに
まったく、今日は酷い休日だった。
…でも、何で今になってシェドのルートフラグが立ったんだろう。
レディロで公式に
だけど今までほぼ話さえせず暮らして来たのに、人目を
不自然といえば、やっぱりニカ様の様子もおかしい。パン美味しいってもぐもぐしているだけだから、シェドと違って王族としては問題でも私に実害は無いんだけど…。
──まさか、私がシナリオと大きく外れた行動を取ったせいで
……。
な、無い無い! だっていくら前世の乙女ゲーム世界とそっくりどころかほぼ同じとはいえ、私も皆も生きているし! システム上の問題でバグなんて、そんな機械的な話にはならないに決まっている!
婚約破棄のくだり以外にも実は私は一つ、どうしてもやむを得ず必要に駆られてゲームの展開を
レディローズは平民になりたい こおりあめ/角川ビーンズ文庫 @beans
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