第5話 勧誘-大鬼-
「では、八時間後に職安へ行くようにな、二人とも」
「分かった。確かにぼくの姿も、レティシアの姿も、一般人には刺激が強いだろうからね」
「そうだ。そのまま出ては怖がられるだろう。俺が側にいるときが望ましい」
さすがに、首から下が骸骨の少女と、下半身が蜘蛛の女性が現れたら、きっとアリスは悲鳴を上げるだろう。
ユースウェインはまだ鎧を着込んでいるが、サイズの問題を考えなければ人間に近い。だからこそ、まだアリスの混乱も少なかったのだ。
「それで、あとは誰を誘う予定なの?」
「ひとまずはミナリアだ。あとは追々声をかけていこうと思っている」
「……まさか、十信徒の末裔全員?」
「全員ではないがな。一名だけは少々いけ好かん」
くくっ、とユースウェインは笑う。
アーデルハイドのように、娯楽を求める者は多い。そして、平行世界への戦力の派遣により、それが一般人の娯楽になっている部分もあるのだ。
だからこそ、その娯楽を本来楽しむことができない者。
「十信徒の末裔を九騎集めても、まだ九百万だ。一億の魔力量の前では、まだ動じるような数字ではない」
「確かにね。全員、特に何もしてないし」
「そうだ。日々の無聊を慰めてばかりの輩に、娯楽を提供するのも悪くはないだろう」
ユースウェインは、全員が来るだろう、とさえ思っている。
そうすれば、建国王と十信徒――それが異世界で再現されることになる。
それは、喜び以外の何であろうか。
「では俺は行く。また後でな」
「ん。また後でね、ユース」
「それじゃ、また。わたしも準備してこなくちゃ」
「ぼくも久しぶりに、倉庫から『焔腕』を持ってこようか。錆びてなければいいけど」
「さすがに錆びることはないでしょ」
二人の軽口を背に、ユースウェインはアーデルハイドの屋敷から出る。
すぐに全員を揃えても面白くないだろう。
むしろ、いきなり八人も増えてはアリスが混乱するかもしれない。
ならば、まずは三名くらいから様子を見てもいいかもしれない。
「さて……」
だが、アーデルハイドとレティシア以外に、もう一人は必ず必要だ。
アリスは皇帝になる、という目的を掲げている。だが、ユースウェインにはどうすれば皇帝になれるのか分からない。
ならば、それを分かりそうな者を連れていくのが、一番だ。
向かう先は、アーデルハイドの屋敷よりも遥かに遠い。
それはティル・ナ・ノーグの端にある、暗黒領域と呼ばれる、陽の差さない地域に居を構えているからだ。
別段本人が陽の光を嫌う、というわけではないのだが、何故か気に入って暮らしている。
暫し歩き、ようやく目的の家へ。
アーデルハイドの屋敷よりも遥かに巨大で、しかし部屋数の少なすぎるそれは、一人で暮らしている彼女のものだ。
建て付けの悪い扉を、ごんごん、と乱暴にノックする。
「あー、はいはーい!」
そして、ノックと共に出てくるのは、女。
簡素な服に身を包んだ、やや褐色の肌をしている女だ。体つきは全体的に細身だが、出るところはきっちり出ている。ぱちくりとした目とすらりとした鼻筋、小さな唇、と保護欲をかきたてる見た目をしており、黒髪を左右で分けて縛っている姿は、さらに年齢よりも幼く感じさせる。
もっとも、その全てが額から突き出している、鋭い角と。
そして――巨人であるユースウェインよりも頭一つ高い大きさによって、台無しになっているのだが。
「あれー、ユースじゃん。久しぶり。どったの?」
「久しいな、ミナリア」
「ま、いいや。上がって上がって。お茶はないけど、水ならあるから」
彼女こそが、ミナリア・エクリプス。
建国王の覇業、その政治面を最も側で支えたとされる『闇の宰相』の末裔にして――鬼である。
全体的に巨大な家具の中で、ユースウェインは自分よりも大きな椅子に座る。大抵の場合はユースウェインに合うサイズの椅子がないのだが、ミナリアの家だけは話が別だ。ミナリアはユースウェインよりも大きい、数少ない存在なのだから。
そんな高いテーブルへと、置かれる罅の入ったグラスと、水。
「……相変わらず吝嗇だな」
「節約家、って言って欲しいかな。無駄なことに
「節約せずとも、使い切れぬほどにあるだろう。俺たちの祖先はかの十信徒だぞ」
「別にいいじゃん。いつかすっごい必要になる日が来るかもしんないし」
「……まぁ、いいか」
与えられた水を一口、飲む。
どうやら自覚していなかったが、割と喉は渇いていたらしい。
「んで、どったの? ユースがうち来るなんて珍しいじゃん」
「ああ……お前に、いい話を持ってきた」
「お金が入る話ならいい話だよね。うん」
節約家という名のドケチであり、守銭奴のミナリア。
だが、かつて宰相として建国王を支えただけの存在であり、これからのアリスに必要な『知』がそこにある。
「建国王の十信徒は、職安で紹介をされないだろう?」
「あー、うん。アレね。いっぺん行ったことあるけど、ウチの
「俺もそうだった。だが、ようやく俺が契約できる主を見つけてな」
「……それ、マジ?」
やはり食いついた。
ミナリアは守銭奴でありドケチだが、かといって娯楽に興味がない、というわけでもない。
そして娯楽が
「ああ。そんな主の
「へぇー……確かアレ、一時間で二千マナだっけ?」
「そうだな。夜間は二千五百マナに上がる」
「ふむふむ。いいじゃん。いい話じゃんね」
「ああ。主の人間性だが……」
「あ、そーゆーの別にどうでもいいよ。ウチはお金が貰えて、腕を活かせりゃそれでいいし。相手がどんな極悪人でも、別にきっちり仕事はこなす自信があるから」
「まったく、お前は……」
人間性としては信用できるのだが、考え方が極端なのがミナリアの悪癖だ。
金と命を天秤にかけられて、恐らく金を選ぶであろうほどに、この女は極端すぎる。
だが。
それゆえに、裏切らない。契約である限りは、決して。
「我が主だが、戦乱の世の中で、農奴として生まれた少女だ。だが、これからその国における王を目指すつもりだ」
「わぁお。建国王じゃん」
「だからこそ、かつての宰相の末裔であるお前に、仕えてほしいのだ」
「いいよん」
あっさりだった。
もとより断ることはないだろう、と考えてはいたが、あまりにもあっさりすぎる。
「んで、いつから?」
「……今から七時間後に、職安に行ってくれ。その際に、カエル顔の職員に、ユースウェインの紹介だ、と言ってくれ」
「分かった。んで、ウチはその子を王にするための方法を考えればいいんだね」
「話が早くて助かる」
ユースウェインを超える巨躯だが、ミナリアの専門は荒事ではない。
その智謀こそが、ミナリアの武器なのだ。
ユースウェインもアーデルハイドもレティシアも、そのあたりの知識はからっきしだ。だからこそ、かつての宰相の末裔であるミナリアに声をかけたのだが。
「んじゃ、まずは民衆の心を掴むことからかな。世論を味方にすれば大きいからね。あとは食いっぱぐれないように良い政治さえしてりゃ、人は逆らわないよ」
「……そのあたりの機微は、任せる」
「んだね。まぁウチもこんな見た目だし、怖がられないよーにしなきゃね」
四人目――『
順当に揃ってゆく、アリスの配下に。
ユースウェインは唇が釣り上がるのを、抑えられなかった。
「多分、気付いてないよね。ま、しょーがない。ウチがフォローしとくか」
だから、気付かなかった。
ミナリアがそう、ほくそ笑みながら小さく呟いた言葉に。
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